しばらく自動車は渓谷を走り、やがて森の中に入った。
周囲はうっそうとして先ほどまでとは一転して暗くなった。
自動車は黒い門の前で止まった。
「試験の結果からコンピュータが君を選んだんだよ」
門が開いて再び自動車がゆっくりと中へ進みはじめると、長髪の男がウィリアムにそう言った。
「コンピュータが僕を?」
「そう、まだ世間には知られていない最先端のシステムでね」
「それはどういう仕組みなんですか?」
「さあ、コンピュータの思考回路は俺にもよくわからない。しかしそれは確実だ。膨大な情報から君が適格だと導き出された」
「コンピュータにそんなことができるんですか?」
ウィリアムの知る限りコンピュータにできることといえば計算や文字の打ち込み、最近では動画や音楽の再生ができるというくらいのものであった。
「技術は恐るべき速さで進歩している。君の思いもよらないスピードでね。そしてこの研究の主役はある鉱物だ。鉱物が発している情報を読み取る」
「鉱物の情報を、読み取る?」
「鉱物、それだけではなく地中から出てくるあらゆるものは様々なデータを提供してくれる。地球内部のこと、歴史、この世界の構成。そしてそれらは新たな技術開発のカギになるだろう」
長髪の男は流れるように語った。
「待ってください、それはどんな鉱物なんですか?」
「大昔の地層から出てきたもので、その鉱物が自然界では見たこともないような奇妙な電磁波を放っているんだ」
「電磁波?」
「その正体を突き止めるためにこれから鉱物と君をつなげる」
「つなげる!?」
「そう。そして君が受け取った情報を読みとって解析する」
説明をきけばきくほどウィリアムはわけがわからなくなった。
そこで別の質問をしてみることにした。
「それって安全なんですか?」
「問題ない」
「それは僕じゃないとダメなんですか?」
「最初に言った通りだ」
ウィリアムはため息を吐いた。
「今回は君だけだ。一応この研究は公にされていない。試験の目的も伏せられている。国は秘密裏に進めたいんだ」
その言葉にウィリアムは眉根を寄せた。
(それはなんのために?)
ウィリアムの脳裏に今朝の父の顔が浮かんだ。
そしていつか父が食卓で母にしていたある話を思い出した。
「新たな技術開発が必要だ」
ある日の食卓で父がそう言った。
「たとえばどんなもの?」
「もっと効率よく発電する仕組みとかね。今世界はエネルギーを必要としている」
「石炭、石油、太陽光、風力……、それ以外ってこと?」
「うん。またはそれらをさらに改良させたものなんかね」
数十年前、化学や量子力学に関する学問が急速に発展し、ラジオ、洗濯機、冷蔵庫、続いてテレビ、コンピュータが開発され世間に普及していった。
そしてそれに伴い電力の需要が膨大になり、世界中の国々で発電事業が推し進められたが供給が追い付かず、さらにそれに伴うエネルギー資源の枯渇も問題となっていた。
父はそのことについて母に語っていた。
そして父は続けた。
「戦争が起きるかもしれない」
その言葉にウィリアムは食事の手を止め顔を上げた。
「戦争ってもう終わったんじゃないの? もう戦争はやめましょうって世界中で約束をしたんだよね?」
ウィリアムは父に問いかけた。
しかし父は言葉を濁してなかなか答えを与えなかった。
一昔前の、ウィリアムの祖父母の時代に大きな世界戦争があった。
民族や宗派の違いによるもの、領土や資源の奪いあいによるもの、発端はいくつもあった。
そしてその時代に多くの兵器が開発され、数多の人員が動員され、民間人をも巻き込んだ大きな戦争となった。
争いは泥沼化し、甚大な被害と犠牲者を出し、疲弊した国家は互いに休戦協定や講和条約を結んだことでようやく現在、世界は落ち着きをみせていた。
「そうだね。でもね戦争の上にこの生活が成り立っている部分があるんだよ。そして人がこれ以上を望むのならまたいずれ起こるかもしれない」
これから行われる研究が何に使われるのかは不明だったが、長髪の男の発した「国が公にしない研究」という言葉にウィリアムは不安を覚えた。