放課後、学校の図書室には数人の生徒がいて本を読んだり勉強をしたりしていた。
ウィリアムは中を覗いてルネとともに奥の席へ向かった。
「やあ」
先に来ていたポールが満面の笑みで迎えた。
「なんなんだ?」
ルネは戸惑ったようにウィリアムを見た。
「君にちょっと頼み事があるんだ」
ポールの向かいの席にルネを座らせてからウィリアムも隣に座った。
「この中見てくれるか?」
ポールは鞄から赤い表紙の書付けを取り出して机の上に置いた。
ルネは黙ってそれを受け取って表紙を眺めたあと、そっと頁をめくった。
はじめはゆっくりと、しだいに速度を上げて、最後までめくり終えると顔を上げた。
「これどうしたんだ?」
その目は驚きに見開いていた。
「僕のお祖父さんの家にあったものなんだ。何かわかったのか?」
ポールが身を乗り出した。
ルネはその勢いにおされながらも小さく頷いた。
「書いてある内容は理解できた。それより、これはいつ誰が書いたんだ?」
「わからないけど相当昔だと思う。これ書いたの、僕の先祖なんだ」
「君の?」
ポールは頷いて書付けを見つけた経緯と署名についてルネに語った。
「そうか」
そう言ってルネは何か考えるように口もとに手をやって再び頁をめくった。
そしてまたパラパラと中を見たあと顔を上げた。
「この内容に思い当たることがいくつかあるんだ」
それをきいて今度はポールが目を丸くした。
「ほんとか!?」
その声に周囲の生徒が振り向き、ポールは静かに腰を下ろし声を落とした。
「それで?」
「私の持っている本の内容と共通する箇所があるんだ。それは昔に書かれた文章を訳したものだった」
「どのへんが共通してたの?」
隣で見ていたウィリアムが尋ねるとルネは書付けの頁の一行を指さして見せた。
「ここ、マリという人物と白い衣、それから従者……」
「待って、その前に僕たちこの書付けの内容が全部はわかってないんだけど」
話し始めたルネをポールが遮った。
「そうか、なら説明する」
そう言ってルネはポールにもみえるように書付けを机の中央に置いた。
「まず、これは連合国とランス国の古語で書かれている」
「やっぱりそうか」
ポールが頷いた。
「ああ、で、この著者は仕えていた主のすすめで文字の練習のためにこれを書き始めたようだ。連合国の古語の方には主と旅した日々のこと、訪れた国や地域、天気などが書かれている」
ウィリアムとポールは同時に頷いた。
「そこは僕たちも訳せたんだ。問題はもう一方の……」
「ランス語の方か。少しずつ訳していこう。まずルイは名前からして男性だ。そして古ランス語の方の記述に詳細なことが書かれている。生い立ちや日々の記録、加えてマリから教わったという様々なこと。これを見る限りルイはランス語の方が得意だったんだろう」
そうしてルネは話し始めた。
内容はこうだった。
この書付けを書いたルイという人物は幼い頃に親とはぐれ彷徨っていたところをマリという女性に拾われたという。
ルイはそのとき本名を忘れていたため、マリにこの名前を与えられた。
出会ったときにはすでにマリは年老いており、その体に似合わぬ重たげな白いマントに身を包んでいた。
ルイは彼女に連れられて様々な地を旅し、その中で太陽や月、星の動き、計算の方法など様々なことを教わった。
「文字を扱えるようになりなさい」
ある日そう言ってマリはルイに記録をつけることを提案した。
その日からルイはマリから文字を教わりつつ記録を始め、従者として旅を続けた。
マリは旅して出会ったその土地の人々に様々な話をしてきかせていた。
そして時折、革袋から球体と箱を取り出して太陽の下で何かをしていた。
不思議に思ったルイがマリに尋ねてみると、自分も記録を残しているのだと言った。
あるときランス国のとある村を訪れた。
その村はマリの故郷であった。
村は雨が少なく昼間は灼熱の太陽が照りつけた。
ルイとマリは村の村長の家に招かれ、しばらくそこに滞在することになった。
その村長の屋敷には村人とは違った顔立ちの黒髪の少女がいて、ルイとマリはその少女とよく話をして過ごした。
その村を離れたあとマリの体力はみるみる落ちていった。
もう旅は続けられないとなったとき、マリは最後にもう一度故郷を訪れたいと言い、またあの村を訪れた。
しかし村はすでになく、マリはそこから少し離れた場所にある廃墟に行き寝起きするようになった。
マリは臥せりがちになり、とうとう起き上がれなくなるとルイを呼んで伝えた。
「預かってほしいものがある」
そう言って両手のひらほどの大きさの卵型の球体をルイに渡した。
それはマリが時折革袋から出して記録をしていると言っていたものだった。
「これには真実の歴史が刻まれているわ。ここから離れた場所に隠しておくれ。いつか後世に見つけられ、伝わるような場所に」
そしてこうもつけ加えた。
「その日が来るまで決して日のもとに晒してはだめよ」
そうしてマリは亡くなった。
埋葬が済むとルイは遺言を果たすため彷徨った。
そして海を渡りたどり着いたこの地に遺品を隠し、その後教職に就いて生涯を送った。
話が終わるとルネは一息ついた。
「卵型の球体? そんなのお祖父さんの家にも遺品整理でも見つからなかった」
話をきき終えたポールが首をひねった。
「隠したって書いてあるからそう見つかる場所にはないだろう」
ルネが言った。
「この国のどこかにあることは確かなようだけど」
「この地で教師になったって、もしかしてここの?」
ポールがウィリアムとルネに意味深に目くばせした。
「いや、そうとは限らないだろう。学校なんてあちこちあるし」
ウィリアムはポールの突飛な考えに首を振った。
「でもこの辺りで一番歴史のある学校ってここぐらいだろ。昔寺院だったのを改修して使ってるくらいだし」
ポールは負けじとさらに言った。
「いや、でも学校とは限らないだろう」
「でも、なくはない」
ルネがポツリと言った。
夕暮れが近づき三人は図書室を出た。
「卵の球体は謎だけど、これで僕の先祖のことがわかったよ。ルネ、ありがとう」
ポールが嬉しそうにルネの手を取った。
ウィリアムは中を覗いてルネとともに奥の席へ向かった。
「やあ」
先に来ていたポールが満面の笑みで迎えた。
「なんなんだ?」
ルネは戸惑ったようにウィリアムを見た。
「君にちょっと頼み事があるんだ」
ポールの向かいの席にルネを座らせてからウィリアムも隣に座った。
「この中見てくれるか?」
ポールは鞄から赤い表紙の書付けを取り出して机の上に置いた。
ルネは黙ってそれを受け取って表紙を眺めたあと、そっと頁をめくった。
はじめはゆっくりと、しだいに速度を上げて、最後までめくり終えると顔を上げた。
「これどうしたんだ?」
その目は驚きに見開いていた。
「僕のお祖父さんの家にあったものなんだ。何かわかったのか?」
ポールが身を乗り出した。
ルネはその勢いにおされながらも小さく頷いた。
「書いてある内容は理解できた。それより、これはいつ誰が書いたんだ?」
「わからないけど相当昔だと思う。これ書いたの、僕の先祖なんだ」
「君の?」
ポールは頷いて書付けを見つけた経緯と署名についてルネに語った。
「そうか」
そう言ってルネは何か考えるように口もとに手をやって再び頁をめくった。
そしてまたパラパラと中を見たあと顔を上げた。
「この内容に思い当たることがいくつかあるんだ」
それをきいて今度はポールが目を丸くした。
「ほんとか!?」
その声に周囲の生徒が振り向き、ポールは静かに腰を下ろし声を落とした。
「それで?」
「私の持っている本の内容と共通する箇所があるんだ。それは昔に書かれた文章を訳したものだった」
「どのへんが共通してたの?」
隣で見ていたウィリアムが尋ねるとルネは書付けの頁の一行を指さして見せた。
「ここ、マリという人物と白い衣、それから従者……」
「待って、その前に僕たちこの書付けの内容が全部はわかってないんだけど」
話し始めたルネをポールが遮った。
「そうか、なら説明する」
そう言ってルネはポールにもみえるように書付けを机の中央に置いた。
「まず、これは連合国とランス国の古語で書かれている」
「やっぱりそうか」
ポールが頷いた。
「ああ、で、この著者は仕えていた主のすすめで文字の練習のためにこれを書き始めたようだ。連合国の古語の方には主と旅した日々のこと、訪れた国や地域、天気などが書かれている」
ウィリアムとポールは同時に頷いた。
「そこは僕たちも訳せたんだ。問題はもう一方の……」
「ランス語の方か。少しずつ訳していこう。まずルイは名前からして男性だ。そして古ランス語の方の記述に詳細なことが書かれている。生い立ちや日々の記録、加えてマリから教わったという様々なこと。これを見る限りルイはランス語の方が得意だったんだろう」
そうしてルネは話し始めた。
内容はこうだった。
この書付けを書いたルイという人物は幼い頃に親とはぐれ彷徨っていたところをマリという女性に拾われたという。
ルイはそのとき本名を忘れていたため、マリにこの名前を与えられた。
出会ったときにはすでにマリは年老いており、その体に似合わぬ重たげな白いマントに身を包んでいた。
ルイは彼女に連れられて様々な地を旅し、その中で太陽や月、星の動き、計算の方法など様々なことを教わった。
「文字を扱えるようになりなさい」
ある日そう言ってマリはルイに記録をつけることを提案した。
その日からルイはマリから文字を教わりつつ記録を始め、従者として旅を続けた。
マリは旅して出会ったその土地の人々に様々な話をしてきかせていた。
そして時折、革袋から球体と箱を取り出して太陽の下で何かをしていた。
不思議に思ったルイがマリに尋ねてみると、自分も記録を残しているのだと言った。
あるときランス国のとある村を訪れた。
その村はマリの故郷であった。
村は雨が少なく昼間は灼熱の太陽が照りつけた。
ルイとマリは村の村長の家に招かれ、しばらくそこに滞在することになった。
その村長の屋敷には村人とは違った顔立ちの黒髪の少女がいて、ルイとマリはその少女とよく話をして過ごした。
その村を離れたあとマリの体力はみるみる落ちていった。
もう旅は続けられないとなったとき、マリは最後にもう一度故郷を訪れたいと言い、またあの村を訪れた。
しかし村はすでになく、マリはそこから少し離れた場所にある廃墟に行き寝起きするようになった。
マリは臥せりがちになり、とうとう起き上がれなくなるとルイを呼んで伝えた。
「預かってほしいものがある」
そう言って両手のひらほどの大きさの卵型の球体をルイに渡した。
それはマリが時折革袋から出して記録をしていると言っていたものだった。
「これには真実の歴史が刻まれているわ。ここから離れた場所に隠しておくれ。いつか後世に見つけられ、伝わるような場所に」
そしてこうもつけ加えた。
「その日が来るまで決して日のもとに晒してはだめよ」
そうしてマリは亡くなった。
埋葬が済むとルイは遺言を果たすため彷徨った。
そして海を渡りたどり着いたこの地に遺品を隠し、その後教職に就いて生涯を送った。
話が終わるとルネは一息ついた。
「卵型の球体? そんなのお祖父さんの家にも遺品整理でも見つからなかった」
話をきき終えたポールが首をひねった。
「隠したって書いてあるからそう見つかる場所にはないだろう」
ルネが言った。
「この国のどこかにあることは確かなようだけど」
「この地で教師になったって、もしかしてここの?」
ポールがウィリアムとルネに意味深に目くばせした。
「いや、そうとは限らないだろう。学校なんてあちこちあるし」
ウィリアムはポールの突飛な考えに首を振った。
「でもこの辺りで一番歴史のある学校ってここぐらいだろ。昔寺院だったのを改修して使ってるくらいだし」
ポールは負けじとさらに言った。
「いや、でも学校とは限らないだろう」
「でも、なくはない」
ルネがポツリと言った。
夕暮れが近づき三人は図書室を出た。
「卵の球体は謎だけど、これで僕の先祖のことがわかったよ。ルネ、ありがとう」
ポールが嬉しそうにルネの手を取った。