商店でにぎわう街の中心を離れるにつれ、緑の農地や赤や茶、橙といった色鮮やかな煉瓦造りの家々が多く見られるようになる。
そこを通る石畳の舗道のすぐ脇には小川が流れ、岸辺には季節ごとに様々な草花が生い茂るが、今はコルザの花が咲き乱れ、一面を黄色に染めようとしていた。

昼前に家を出たウィリアムは古い寺院の立つ丘を背に歩いた。
そうして道なりに歩いていくと、ほどなくして白い漆喰壁の家屋が姿を現した。

「入って」
呼び鈴を鳴らすとすぐに中からくぐもった声がした。
ウィリアムはドアを開け慣れた足取りで居間に入っていくと、ポールがせわしげに大きな箱の中をガサゴソと漁っていた。
「あった!」
そう言ってポールは箱から取り出した電線を食卓の上に置かれたコンピュータにつなぎ、蓋を開けてボタンを押した。
コンピュータはカタカタと音を立てしばらくすると真っ黒な画面が光った。
「ノート型コンピュータ、フネートルQだよ」
「よく手に入ったな」
ウィリアムは感心したように頷いて、しげしげとそれを眺めた。
「予約してだいぶ待ったよ」
ウィリアムが画面を覗き込むとそこには青い背景にいくつかのアイコンが並んでいた。
「前バージョンより制御演算の性能が上がって記憶容量も大きくなったんだ」
「へえ。僕も欲しいな」
「持ってるだろ?」
「デスクトップの古いやつだよ。そういえば学校もこの休み中にコンピュータ入れるらしいな」
「別棟の二階だろ。そっちはこれとは他社製のデスクトップだよ」

ポールは入れたいソフトウェアがあるらしく、設定を確認したあと操作を始めた。
外付けの機器をコンピュータに繋いで正方形のカード型のディスクを機器に差し込んだ。
しかしコンピュータはピタリと静止したままで何も反応がなかった。
「あれ、おかしいな。これフネートルの前の型では開けたのに」
しばらくポールは様々な方法で奮闘していたが、なかなかうまくいかないようだった。

ウィリアムは傍らでそれを見守っていたが、遅々として進まない作業に途中あくびを噛み殺した。
そのへんの長椅子にあった冊子を手に取りパラパラとめくったりもした。
そうしてふと顔を上げた頃には外はもう日が傾きかけていた。
「僕、そろそろ帰るよ」
ウィリアムがそう言うとポールは弾かれたように顔を上げた。
「うわ、何時間経ったんだ!? まだやりたい事がいろいろあるのに」
「明日から学校だしほどほどにしろよ」
ウィリアムはそう言って立ち上がった。
「そうだな、また留年したくないし」
ポールは神妙にそう返した。
その様子にウィリアムは首を傾げた。
「そういえば、五年生のときだったな」
「何が?」
「君が留年したの。うっかり試験を受け損なったって、あのとき何があったんだ?」
当時、ウィリアムは自身の身に降りかかった事にかかりきりで詳しい話をきいていなかった。
「ああ、あのときはお祖父さんが亡くなって家の整理をしてたんだ」
「そうだったのか、大変だったな」
「いや、もうかなり年だったからみんな覚悟してたよ」
「そうか」
「でさ、片付けしてたら面白いものを見つけて……」
そう言いかけてポールは部屋の中をキョロキョロと見回して声を落とした。
「古い書付けだよ。夢中になって解読してたら試験、終わってたんだ」
ポールは過ぎ去りし日を思いだしたのか遠い目をしていた。
「両親から試験のこと言われなかったのか?」
「あのとき父さんたちは相続やら書類手続きやらで忙しくしてたから気づかなかったみたいでさ。ウケるだろ、家族揃って」
ポールはそう言って苦笑した。
ウィリアムもつられて苦笑いを浮かべたがすぐにまた首を傾げた。
「待って、その書付けを解読してたって、暗号でも書いてあったのか?」
「見てみるか? 実はこっそり持って帰ったんだ。待ってて」
ポールはそう言うとウィリアムが返事をする前に居間を出ていった。

少ししてポールが戻ってきて、ウィリアムの前に手のひらよりは少し大きくて厚みのあるくすんだ赤い本を置いた。
「ほら」
そう言ってポールは頁を開いてみせた。
紙はすっかり黄ばんでくたびれていたが文字ははっきりと読むことができた。
「古語?」
ウィリアムは手書きで書かれたその文字を注意深く見つめた。
「うん、何行かそれで書かれたあと別の言語でまた数行続く。それが交互に続くんだ。古語の方はなんとか訳せるけどもう一方の言語はまだ読めてない」
ウィリアムは本を受け取り、そっとめくっていった。
目を通していくと古語の方はウィリアムにもおおかた理解することができた。
そして内容を読んでいくと、どうやらこれは誰かの日記であるようだった。
「これ書いた人ってお祖父さん?」
「たぶん違う。きっと僕の先祖だよ。それ、古い家系図の入っていた箱の中にあったんだ。それでさ!」
そう言ってポールはウィリアムから本を取り上げて背表紙を開いて見せた。
「最後の頁の署名と一緒に入っていた家系図の最初の人物の名前が同じなんだ」
見せられたその頁の隅には「Louis」と署名がしてあった。
「他にこの名前の人は?」
「いない」
「ポールの先祖ってどんな人なんだ?」
「小さい頃にお祖父さんにきいた話によると、うちの先祖は大陸から移り住んだ移民らしいんだ。書いてあった年号が正しければ最初に書かれていたその先祖は一千年近く前の人ってことになる」
それをきいてウィリアムは息を呑んだ。
「そんなに!? 確かなのか?」
「確率は高いと思うよ」
それをきいてウィリアムはもう一度本を受け取って頁をめくった。
「ねえ、おそらくだけど、このもうひとつの言語はランスの古語じゃないかな?」
「そう思うか!? 実は僕も……」
そのとき玄関の方で物音がし、居間にポールの母親が入ってきた。
ポールは急いで服の下に本を隠し、何事もなかったような顔をした。
「あらウィリアム、いらっしゃい。ポールそのコンピュータ片付けなさい」
「おばさん、こんにちは。じゃあ僕は帰るよ」

ウィリアムはポールの家を出て歩きながら、ランス国からやってきた同級生の顔を思い浮かべた。