金曜日の夜にルネはジョンを手伝って菓子を焼いた。
カボチャを茹でて潰して、小麦粉とバターと砂糖で生地を作って二人はせっせと菓子を量産していった。
明け方近くに一段落するとルネは寝室に入って眠った。

目を覚ました頃には日はすっかり高くなっていた。
家の中はシンとして、混沌としていた台所はきれいに片づけられていた。
居間の食卓に小さな紙袋が置いてあり、その横にルネ宛のメッセージが添えられていた。
「あなたの分です」
中には昨夜作った焼き菓子が入っていた。

ルネは身支度を済ませると、外に出て坂を下り、バスに乗って街へ向かった。
街はどこもかしこも赤や緑の冬至祭の装飾で彩られ、毛糸の帽子をかぶり跳ねまわる子どもたちの姿が道行く人々の浮き立った心をますます陽気にさせた。
それを横目にルネは舗道を歩き、空高くのびる尖塔をもつ寺院の前で立ち止まった。

階段を上って中に入るとすでに大半の席が埋まっていた。
仲睦まじく話をする老夫婦の隣に腰を下ろしたルネは鞄から手のひらほどの大きさの経典を取り出した。
経典は施設を出る際に持たされたもので、鞄にずっと入れていたためクタクタにくたびれていた。

パラパラと頁をめくっていると隣に誰かがやって来て腰を下ろした。
「君一人で来たのかい?」
ルネが隣を見ると赤みがかった金髪の男がこちらに話しかけていた。
男は藍色の上着に象牙色のセーターを着て微笑んでいた。
「はい」
「ありがとう。ここは立派だね。私の祖国にある寺院は今修復中でね」
「そうなんですか。あなたは他国からいらしたんですか?」
「ああ、数年前までこちらにいたんだが、一度ランスに帰って先日また戻ってきたんだ」
「ランス……。私もランス出身なんです」
「そうか、奇遇だね。私はランスでは遺跡の調査をしていたんだよ」
「遺跡ってまさか」
ルネがそう言うと男は頷いた。
「トゥルーヌ遺跡だよ」

はじまりの鐘が鳴ると皆話すのをやめ、静寂の中粛々と儀式は執り行われていった。
帰りに僧侶が菓子を配るのを受け取って、ルネは隣にいた男とともに寺院を出た。
「ルネ!」
その声にルネがあたりを見まわすと階段下の通りの向こうからウィリアムとドイがこちらに手を振っているのが見えた。
「ヴァン先生!」
ルネと男が階段を降り、二人が近づいてくるとともにウィリアムとドイは驚きの声を上げた。
「お久しぶりです!」
「やあ久しぶりだね。君たちは知り合いなのか」
「はい。ルネ、ヴァン先生は私たちの学校の理科の先生だったのよ」
ドイはそう言うとルネの腕を取った。
「仲がいいね。じゃあ私はここで」
「もう行くんですか?」
「用事があってね。またいつか会うだろう」
ヴァンは手を振りながら人ごみの中に入っていった。

「ルネ、このあと時間ある?」
ドイがルネの手を揺らした。
「特に予定はないけど」
「じゃあ一緒に街を見てまわりましょう」
そう言うとドイは歩きだした。

「この店の紅茶、香りがよくっておいしいのよ」
ドイが立ち止まった水色の看板の店内は女性客であふれかえっていた。
「今日は入れなさそうね」
そう言ってまた歩きはじめると今度は真っ赤な看板の店の前で立ち止まり、ドイはそのまま中に入っていった。
ルネたちもあとについて中に入ると、店内にはぎっしりと瓶や硝子のケースに入った色とりどりの菓子が並んでいた。
「こっちに来て!」
ドイが手招きをして硝子のケースの前にルネを呼んだ。
「このキャンディ柔らかくって甘酸っぱくておいしいの! これ二袋分ください」
ドイが店員に硝子ケースを指して言うと、店員はスコップでそれをすくって紙袋に入れた。

「これ食べてね。プレゼントよ」
店の外に出ると、そう言ってドイはルネに先ほど買った菓子を手渡した。
「私に? ありがとう」
ルネはそれを受け取ると鞄の中をゴソゴソと探った。
「よければこれを」
「これは?」
「クッキーだよ。昨夜作ったんだ」
「手作りなの!?」
ドイは嬉しそうにそれを受け取った。

人混みの中をしばらく歩いていくと、いつかルネがジョンと来た三階建ての建物にたどり着いた。
「じゃあ私はここで家族と待ち合わせしてるから。良いお年を」
ドイはそう言って手を振ると中に入っていった。
「ウィリアム、君は?」
「僕は行かないよ。ドイを送ってきただけだから」
「そうか、では良い年を」
ルネが立ち去ろうとすると後ろから腕を掴まれた。
「待って」
振り返ったルネにウィリアムは眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をした。
「ドイがいなくなったら僕は用済みなのか?」

街中の店はどこも混んでいた。
「明日からしばらく閉まるからね」
ウィリアムはそうつぶやきながらキョロキョロと辺りを見まわしてから指さした。
「むこうが空きそうだ」
店外にある席から男女二人組が離れていったあと、ルネとウィリアムはすぐにその席に座った。
「僕は紅茶で」
「私はカフェオレ」
二人がそう言うと、給仕はすぐに品書きを畳んで店の奥へと消えていった。

「カフェオレ好きなの?」
「うん、まあ」
ルネがそう言うとウィリアムは身じろぎして小さく咳払いをした。
「ところで休暇はドイとどこか行くの?」
「ドイと? 行かないけど、なぜ?」
「恋人だろ? デートとかしないのか?」
「しない、というかドイは初めてできた友人だ」
「友人!? ……そうか」
ウィリアムは声を上げたあと気まずそうに顔を逸らしたが、ややあってルネを凝視した。
「ちょっと待って、はじめて?」
「悪いか?」
「ああ、悪い」
その言葉にルネがうつむいて席を立とうとするとウィリアムはさらに言った。
「僕は?」
「え?」
ルネは顔を上げた。
「ひどいな、僕が最初の友だちじゃないのか?」
「あ……」
ルネが口をあんぐり開けているとウィリアムは呆れたように、しかしおかしそうに笑った。