戸籍上の性が変わってもルネには「女」という性を自分のものとしてどう扱ってよいのかわからなかった。
「この学校は制服が比較的自由だよ」
そう言ってコットンが見せた学校案内の冊子の頁をルネは見た。
そこにはズボンを履いた女子生徒の写真が載っていた。
「ここは女の子はスカートかズボンかを選べるみたいだよ」
ルネは冊子を受け取り他の頁も見ていった。
歴史を感じさせる石造りの校舎、中庭を囲む回廊。
街の中心部から離れた閑静な場所に建つ校舎はここからバスで通えそうだった。
「ここにします」
そうして試験を受けて様々な手続きに追われた結果、学校に入学できたのは学期途中の十二月だった。
登校初日、ルネは簡潔に自己紹介を済ませると空いていた席に座った。
(他人の目に私はどう映っただろう)
奇妙な目で見られてはいないかとソワソワし、どこからか視線も感じて居心地が悪かった。
「あなた、世界地図を持ってきてください」
学校に通いはじめて一週間が経った頃だった。
予鈴の鐘が鳴り歴史の授業が始まろうとしていた。
顔を上げると目のつり上がったスミスという女教師がルネを見つめていた。
「はい」
そう返事をしたはいいが、ルネは教室を出て途方に暮れた。
右へ行こうか左へ行こうかと迷っていると後ろのドアが開いた。
「資料室はこっちだよ」
振り返ると背の高い男子生徒がこちらに微笑みかけていた。
その生徒は黒い髪に茶色の瞳、人の良さそうな人懐こい顔つきをしていた。
「僕はウィリアムだよ」
ルネには学校にいい思い出がなかった。
ランスにいた頃、同級生たちとは常に距離があり、いつも一人だった。
彼らはルネを良く思っておらず、心無い言葉をぶつけてきたり無視をしたり嫌がらせをしてくることもあった。
だから学校に通うようになって、誰かがこちらを見て囁きあったり、陰から視線を感じることが多々あるとルネはうんざりした。
(ここでもか……)
彼らのその行動にルネは気づかないふりをして人を寄せつけないよう、関わらないようにして、たまに話しかけられても最低限の返事しかせず、素っ気ない態度をとった。
そうすると彼らはすぐに離れていった。
ウィリアムにも同じように接した。
しかし彼は懲りずにまた話しかけてきた。
「君は課外に出ないの?」
そして彼が話すのをきくうちに周りが自分を男だと勘違いしていることを知り、ルネの心は浮き立った。
また別の日の放課後、またウィリアムが近づいてきた。
「今日は課外どうする?」
ウィリアムはこれまでのルネの言動をあまり気にしていないようでこの日も変わらぬ調子で話しかけてきた。
一方ルネはいっこうに離れていかない彼に苛立ちと諦めと他に不快ではない何か別の感情が湧いてきた。
「……出るよ」
「ここ最近は帰りが遅いですね」
すっかり暗くなって帰宅したルネにジョンが言った。
「変わった同級生がいて、私にやたら構ってくるんです」
「それはまんざらでもないのでは?」
ジョンはおかしそうに笑った。
「なぜですか!?」
ルネが声を上げるとジョンはさらに笑った。
「あなたの顔を見ればわかります」
そう言われてルネは自分の顔に手をやってみたが納得できずに首を傾げた。
「ルネ」
後ろから名前を呼ばれてルネは振り返った。
「あの、少しお話いい?」
声をかけてきたのはウィリアムとよく一緒にいるドイという女子生徒だった。
この日は彼女一人だけで、ルネを講堂の外の人気のない場所に誘導した。
「あなたウィルが好きなの?」
「え?」
思わぬ問いかけにルネはポカンと口を開けた。
「最近あなたたちベタベタして、私ウィルに放っておかれてるのよ」
「いや待って、誤解だよ」
我に返ったルネは急いで訂正した。
「向こうが勝手に構ってくるんだ」
「そうなの? じゃあ、あなたはウィルと一緒にいたいわけじゃないのね?」
「えと、どちらでも」
「そうなのね! ありがとう、もういいわ」
ドイはそう言って手を振って離れていった。
ルネは嵐のように過ぎ去っていった少女を呆然と見送った。
「来週の土曜日は空いていますか?」
ジョンが帰宅したルネに尋ねた。
「はい、その頃にはもう冬期休暇に入っています。そうか、冬至祭ですね」
「そうなんです」
冬至祭は一年で最も日の短くなる日に執り行われる寺院の祭事のひとつで、毎年この日は朝から晩まで次々と信徒が礼拝に訪れ、聖夜祭以上に寺院が賑わう日であった。
「金曜の夜から土曜の朝にかけてクッキーを焼くんです。手伝ってもらえますか?」
「もちろんです」
「落ち着いたらあなたもローム会の寺院に行くといいですよ。街の中にありますから」
ローム会の寺院はこの家の外からでも確認することができるため、ルネも存在は知っていた。
「そうですね、行ってこようと思います」
「この学校は制服が比較的自由だよ」
そう言ってコットンが見せた学校案内の冊子の頁をルネは見た。
そこにはズボンを履いた女子生徒の写真が載っていた。
「ここは女の子はスカートかズボンかを選べるみたいだよ」
ルネは冊子を受け取り他の頁も見ていった。
歴史を感じさせる石造りの校舎、中庭を囲む回廊。
街の中心部から離れた閑静な場所に建つ校舎はここからバスで通えそうだった。
「ここにします」
そうして試験を受けて様々な手続きに追われた結果、学校に入学できたのは学期途中の十二月だった。
登校初日、ルネは簡潔に自己紹介を済ませると空いていた席に座った。
(他人の目に私はどう映っただろう)
奇妙な目で見られてはいないかとソワソワし、どこからか視線も感じて居心地が悪かった。
「あなた、世界地図を持ってきてください」
学校に通いはじめて一週間が経った頃だった。
予鈴の鐘が鳴り歴史の授業が始まろうとしていた。
顔を上げると目のつり上がったスミスという女教師がルネを見つめていた。
「はい」
そう返事をしたはいいが、ルネは教室を出て途方に暮れた。
右へ行こうか左へ行こうかと迷っていると後ろのドアが開いた。
「資料室はこっちだよ」
振り返ると背の高い男子生徒がこちらに微笑みかけていた。
その生徒は黒い髪に茶色の瞳、人の良さそうな人懐こい顔つきをしていた。
「僕はウィリアムだよ」
ルネには学校にいい思い出がなかった。
ランスにいた頃、同級生たちとは常に距離があり、いつも一人だった。
彼らはルネを良く思っておらず、心無い言葉をぶつけてきたり無視をしたり嫌がらせをしてくることもあった。
だから学校に通うようになって、誰かがこちらを見て囁きあったり、陰から視線を感じることが多々あるとルネはうんざりした。
(ここでもか……)
彼らのその行動にルネは気づかないふりをして人を寄せつけないよう、関わらないようにして、たまに話しかけられても最低限の返事しかせず、素っ気ない態度をとった。
そうすると彼らはすぐに離れていった。
ウィリアムにも同じように接した。
しかし彼は懲りずにまた話しかけてきた。
「君は課外に出ないの?」
そして彼が話すのをきくうちに周りが自分を男だと勘違いしていることを知り、ルネの心は浮き立った。
また別の日の放課後、またウィリアムが近づいてきた。
「今日は課外どうする?」
ウィリアムはこれまでのルネの言動をあまり気にしていないようでこの日も変わらぬ調子で話しかけてきた。
一方ルネはいっこうに離れていかない彼に苛立ちと諦めと他に不快ではない何か別の感情が湧いてきた。
「……出るよ」
「ここ最近は帰りが遅いですね」
すっかり暗くなって帰宅したルネにジョンが言った。
「変わった同級生がいて、私にやたら構ってくるんです」
「それはまんざらでもないのでは?」
ジョンはおかしそうに笑った。
「なぜですか!?」
ルネが声を上げるとジョンはさらに笑った。
「あなたの顔を見ればわかります」
そう言われてルネは自分の顔に手をやってみたが納得できずに首を傾げた。
「ルネ」
後ろから名前を呼ばれてルネは振り返った。
「あの、少しお話いい?」
声をかけてきたのはウィリアムとよく一緒にいるドイという女子生徒だった。
この日は彼女一人だけで、ルネを講堂の外の人気のない場所に誘導した。
「あなたウィルが好きなの?」
「え?」
思わぬ問いかけにルネはポカンと口を開けた。
「最近あなたたちベタベタして、私ウィルに放っておかれてるのよ」
「いや待って、誤解だよ」
我に返ったルネは急いで訂正した。
「向こうが勝手に構ってくるんだ」
「そうなの? じゃあ、あなたはウィルと一緒にいたいわけじゃないのね?」
「えと、どちらでも」
「そうなのね! ありがとう、もういいわ」
ドイはそう言って手を振って離れていった。
ルネは嵐のように過ぎ去っていった少女を呆然と見送った。
「来週の土曜日は空いていますか?」
ジョンが帰宅したルネに尋ねた。
「はい、その頃にはもう冬期休暇に入っています。そうか、冬至祭ですね」
「そうなんです」
冬至祭は一年で最も日の短くなる日に執り行われる寺院の祭事のひとつで、毎年この日は朝から晩まで次々と信徒が礼拝に訪れ、聖夜祭以上に寺院が賑わう日であった。
「金曜の夜から土曜の朝にかけてクッキーを焼くんです。手伝ってもらえますか?」
「もちろんです」
「落ち着いたらあなたもローム会の寺院に行くといいですよ。街の中にありますから」
ローム会の寺院はこの家の外からでも確認することができるため、ルネも存在は知っていた。
「そうですね、行ってこようと思います」