翌日、ルネはバスに乗って街に向かった。
役所前の停留所で降りて、ジョンから教えられた特徴の建物を探した。
「役所の奥だったはず……」
ほどなくして硝子張りの建物が見えてきた。
観音開きのドアを開けて中に入ると屋内は窓際から差しこむ光で満ちていた。
中央に鍵盤楽器と大きな観葉植物が置いてあり、その周りを本棚がずらりと取り囲むように列をなして並んでいた。
昨夜、ジョンが教えたのは街の図書館だった。

「一度に十冊までの貸出で期限は二週間です」
ルネは受付で司書に説明を受け、貸出名簿の登録を済ませるとすぐに本棚を見てまわった。
そして目についた本を片端から手に取っていった。


「ルネ、夕飯ですよ」
そう声がして寝室のドアが叩かれた。
ルネがハッとして顔を上げると外はすでに橙色に染まっていた。

「すみません、夕飯の支度……」
食卓にはすでに出来上がった料理が並べられていた。
「ずいぶん熱心に本を読んでいたようですね。暗くなったらちゃんと灯りをつけるんですよ」
「はい」
「ジョンはすっかり母親みたいになったね」
コットンがおかしそうに言った。
「本もいいですがそろそろ学校はどうですか?」
ジョンの言葉にルネは黙って下を向いた。
その様子にジョンがため息を吐いた。
「そんなに行きたくないですか?」
「いえ、そんなことは……」
「ルネはもう次の教育課程に入る年齢です。ランスでは年齢に達すると義務教育が終了するんでしたよね?」
「そうだったね。高等学校を受験するのなら早めに準備したほうがいい。ルネ、国籍はどうするかい?」
「国籍……」
コットンの言葉にルネははっとした。
「君の籍はまだランスにある。この国では重国籍が認められていないからどちらか選ばなければならない」
「できればこちらに移したほうが通える学校の選択肢が増えますよ」
「それともランスに帰りたいかい? もし希望するならそちらの学校に行ってもいいんだよ」
「向こうの施設に問い合わせてみましょうか」
黙っているうちにどんどん進んでいく話にルネは慌てた。
「待ってください!」
ルネが叫ぶとコットンとジョンは話すのをやめた。
「そんなに僕を追い出したいんですか?」
「違うよ、ルネ」
「そうです。あなたの将来を思って言っているんです」
「だったら、ここで勉強します! 家事をしながらでもできます! もう疎かにしませんから」
ルネがそう言うと何か言いたそうなジョンを制してコットンが頷いた。
「わかったよ。君の好きにするといい」


その日の夜遅くまでルネは本を読み続けた。
まるで何かに追いたてられているかのような焦りと不安が頭を支配していた。
明け方にうとうととして、目を覚ますと昼前だった。

「おそようございます」
慌てて寝室から出てきたルネにジョンが言った。
「すみません……」
「いいから、支度してご飯を食べなさい」
ルネが朝食を食べはじめるとジョンは家を出ていった。

食事を終えるとルネは黙々と残りの家事を済ませ、それから寝室に行って本を開いた。
どれくらい時間が経ったのかはわからない。
ただ借りてきた本を全て読み終えた頃にルネはようやく顔を上げて外を見た。
そして昨日と同じその空の色に血の気が引いて固まってしまった。
集中し始めると時間を忘れて没頭してしまうことは昔からよくあった。
施設にいた頃はそれでよく時間に遅れて罰を受けていた。
しかしオカノの家にいた頃は誰に咎められることもなく好きなだけ好きなことができた。
だから自分のこのクセをすっかり失念していた。

「家事を減らしましょう」
ジョンがそう提案した。
「ご飯は私が用意するのであなたには掃除と洗濯を頼みます」
叱られるものだとばかり思っていたルネはジョンの意外な言葉に驚いた。
「すみません……」
ルネが肩を落とすとジョンはその肩に触れて言った。
「いいですか、私はあなたが勉強するのに反対ではないんですよ」