自動車が動きだしてから、ウィリアムはしばらく過ぎ行く外の景色を見ていた。
これからどこへ向かうのか、自動車の進む方向を目で追っていた。
街の中心部を離れると周囲は丘陵と農地が続くばかりになり、たまに地平線の上を白い羊たちが列をなして進んでいくのが見えた。
上空には白くふくらんだ雲が優雅に漂っていた。
本来であれば今頃ウィリアムは同級生達とともに学校で授業を受けているはずであった。
同級生の顔、そして別れ際の父と母の顔が脳裏をかすめるうちに、自分がもうどこをどう通ってきたのかわからなくなっていた。
静かにため息を吐くウィリアムにかまうことなく外の世界は遠く静かに彼ら自身の歩みを進めていた。

「君は何が嫌いだ?」
窓から顔を離して目を閉じたときだった。
ウィリアムの隣に座っていた長髪の男が話しかけてきた。
「嫌いなもの?」
ウィリアムは首をひねった。
四角い窓枠に肘をかけこちらを見つめる長髪の男は尋問するわけでもからかう風でもなかった。
そして簡潔にこう付け加えた。
「苦手なもの、されて嫌なこと、この世で嫌悪すること」
ウィリアムは長髪の男から視線を外し宙を見た。
好きなものならたくさんあった。
虫も鳥も草花も動物も人も。
目に映るすべてのものがウィリアムにとって愛すべきものだった。
なぜならウィリアムが目を向けるとみんな優しいほほ笑みを返してくれたから。
不思議で魅惑的で好奇心をそそったから。
ただ嫌悪することもたしかにあった。
それは誰かが悲しむことだった。
自分に微笑みかけてくれたものたちが、苦しみ悲しむことをウィリアムは嫌った。

「人の歴史」
ウィリアムはポツリとそうこぼして口元に手を当てた。
それは答えようとしていたものとは違う答えだった。
「人の歴史? なぜ?」
「えっと、だって、不合理だから」
「どんなふうに?」
戸惑うウィリアムにさらに長髪の男がきいた。
「……だって、矛盾して残虐で無駄なことばかりして、人の歴史ってめちゃくちゃで理解できないんです」
長髪の男はそれをきいて突然声を上げて笑いだした。
それまでの空気が一変し、ウィリアムは呆気にとられた。
「そうか……」
笑いがおさまると長髪の男はようやくそう言った。