コットンに託されたのは儀式で信徒に渡す「タマゴ」の作製だった。
当日に卵を茹でて殻の表面に墨で寺院の印を入れる。
印はふた筆だけの簡単なものだった。
「ほい、祭用の卵じゃよ」
聖夜祭当日、ルーカスは引いてきた荷車から卵の入った箱を玄関前に下ろしていった。
すっかり運び終えたルーカスはルネをじっと見た。
「おまえさん、女の子じゃったんかね?」
そう言ったルーカスの視線をルネが追っていくと自分の胸元にたどり着いた。
普段は服を着れば真っ平らに見えるはずの胸元がこのときは少し膨らんでいた。
「ほいじゃね、聖夜祭楽しみにしとるよ」
呆然とするルネにルーカスは首を傾げながら帰っていった。
ルネも日々変化していく自分の体に気づいてはいた。
しかし大丈夫だ気のせいだと目をそらしていた。
心の奥では戸惑いと苛立ちが渦巻いていたにも関わらず。
そして他人の何気ない言葉や反応に無駄に傷ついてしまう自分に腹が立った。
ルネは急いで服を着込んで歯を食いしばった。
とにかく今はタマゴの作製に取りかからなければならなかった。
時間はギリギリだった。
ルネはせっせと卵をゆで続けた。
グツグツグツグツ煮えたぎる部屋の中でひたすらその作業に没頭した。
途中でジョンも作業に加わった。
「暑いでしょう。外で涼んできていいですよ」
「いいえ、大丈夫です」
夕方近くにようやくひと仕事終えたルネは部屋の寝台に倒れ込んだ。
いつの間にか眠りに落ち、目を覚ますと空はとろけるような橙と群青に染まっていた。
起き上がって窓を開けると、ひんやりとした風とともに寺院前に集まった人々の賑やかな声がきこえてきた。
高く低く鼓膜をくすぐるその声に不意に涙がルネの頬をつたった。
それを自覚すると堰を切ったように次から次へとまた涙が流れてきた。
辺りがすっかり暗くなった頃、ルネは人気のない家を出て隣の寺院まで歩いていった。
人々はすでに寺院の中に入ってしまっており、辺りはシンとしていた。
ルネは近くの色つき窓にそうっと近づくと、そこから中を覗いた。
建物の奥の方では一本の大きな蝋燭がゆらゆらと揺らめいていた。
そこに黒い人影が二つ見えた。
手前には同じように黒い人影がひしめいていた。
たった一枚の硝子板の隔たり、それは入れそうで入れない境界線。
突然、下腹部に痛みが走りルネはしゃがみ込んだ。
冷や汗が額をつたった。
ルネは急いで家に戻り洗面所に駆け込むとそれは来ていた。
手術のあと看護師に説明を受けてはいたが、その後退院して軽いものが一度来たあとはぱったり途絶えていた。
「もう嫌だ、こんな体」
自分の根本をなしていたものがガタガタと崩れて失われて、新たにできあがっていくものがルネには恐怖であり怒りとなっていた。
「ジョン、そこの本を読んでもいいですか?」
ルネは本棚を指さした。
「構いませんが、ほとんど寺院関係のものですよ。歴代の大司祭の年表や会規約など。寄贈本も少しならありますが」
「なんでもいいんです」
「目は大丈夫ですか? 無理しない方が……」
ジョンは気遣わしげにルネを見た。
「今、見えるうちに読まなければ僕はいつになったら読めるんです!?」
ルネの頭の中はグルグルととぐろを巻いていた。
「右目がすっかり治ったら? いつ治るんです? そのうち左目も見えなくなるんじゃ……」
そう言いかけてルネの目から涙がボロボロと溢れだした。
「ルネ、ちゃんと通院していればこれ以上の悪化は防げます」
ジョンはルネの肩に手を置いて顔を覗き込んだ。
「大丈夫です、私たちがついています。そして我々の神が見てくれています」
当日に卵を茹でて殻の表面に墨で寺院の印を入れる。
印はふた筆だけの簡単なものだった。
「ほい、祭用の卵じゃよ」
聖夜祭当日、ルーカスは引いてきた荷車から卵の入った箱を玄関前に下ろしていった。
すっかり運び終えたルーカスはルネをじっと見た。
「おまえさん、女の子じゃったんかね?」
そう言ったルーカスの視線をルネが追っていくと自分の胸元にたどり着いた。
普段は服を着れば真っ平らに見えるはずの胸元がこのときは少し膨らんでいた。
「ほいじゃね、聖夜祭楽しみにしとるよ」
呆然とするルネにルーカスは首を傾げながら帰っていった。
ルネも日々変化していく自分の体に気づいてはいた。
しかし大丈夫だ気のせいだと目をそらしていた。
心の奥では戸惑いと苛立ちが渦巻いていたにも関わらず。
そして他人の何気ない言葉や反応に無駄に傷ついてしまう自分に腹が立った。
ルネは急いで服を着込んで歯を食いしばった。
とにかく今はタマゴの作製に取りかからなければならなかった。
時間はギリギリだった。
ルネはせっせと卵をゆで続けた。
グツグツグツグツ煮えたぎる部屋の中でひたすらその作業に没頭した。
途中でジョンも作業に加わった。
「暑いでしょう。外で涼んできていいですよ」
「いいえ、大丈夫です」
夕方近くにようやくひと仕事終えたルネは部屋の寝台に倒れ込んだ。
いつの間にか眠りに落ち、目を覚ますと空はとろけるような橙と群青に染まっていた。
起き上がって窓を開けると、ひんやりとした風とともに寺院前に集まった人々の賑やかな声がきこえてきた。
高く低く鼓膜をくすぐるその声に不意に涙がルネの頬をつたった。
それを自覚すると堰を切ったように次から次へとまた涙が流れてきた。
辺りがすっかり暗くなった頃、ルネは人気のない家を出て隣の寺院まで歩いていった。
人々はすでに寺院の中に入ってしまっており、辺りはシンとしていた。
ルネは近くの色つき窓にそうっと近づくと、そこから中を覗いた。
建物の奥の方では一本の大きな蝋燭がゆらゆらと揺らめいていた。
そこに黒い人影が二つ見えた。
手前には同じように黒い人影がひしめいていた。
たった一枚の硝子板の隔たり、それは入れそうで入れない境界線。
突然、下腹部に痛みが走りルネはしゃがみ込んだ。
冷や汗が額をつたった。
ルネは急いで家に戻り洗面所に駆け込むとそれは来ていた。
手術のあと看護師に説明を受けてはいたが、その後退院して軽いものが一度来たあとはぱったり途絶えていた。
「もう嫌だ、こんな体」
自分の根本をなしていたものがガタガタと崩れて失われて、新たにできあがっていくものがルネには恐怖であり怒りとなっていた。
「ジョン、そこの本を読んでもいいですか?」
ルネは本棚を指さした。
「構いませんが、ほとんど寺院関係のものですよ。歴代の大司祭の年表や会規約など。寄贈本も少しならありますが」
「なんでもいいんです」
「目は大丈夫ですか? 無理しない方が……」
ジョンは気遣わしげにルネを見た。
「今、見えるうちに読まなければ僕はいつになったら読めるんです!?」
ルネの頭の中はグルグルととぐろを巻いていた。
「右目がすっかり治ったら? いつ治るんです? そのうち左目も見えなくなるんじゃ……」
そう言いかけてルネの目から涙がボロボロと溢れだした。
「ルネ、ちゃんと通院していればこれ以上の悪化は防げます」
ジョンはルネの肩に手を置いて顔を覗き込んだ。
「大丈夫です、私たちがついています。そして我々の神が見てくれています」