翌朝からルネの家事が始まった。
「では私は司祭と礼拝に行ってきますので今朝は卵の受け取りと菜園の収穫を頼みましたよ」
そう言うとジョンはコットンとともに家を出ていった。
リンリン。
しばらくすると家の呼び鈴が鳴った。
ルネが玄関の戸を開けるとそこには白い顎髭と口髭をたくわえ、日に焼けた老人の姿があった。
色褪せたつなぎを着た老人は頭に平べったい帽子をかぶり、手には卵の入ったかごを持っていた。
「おはようさん、ほい」
ルネを見た老人の陽気そうなつぶらな瞳がキラリと光った。
「おはようございます、あの」
「ルーカスじゃよ」
「ルーカス、卵をありがとうございます」
ルネはかごを受け取った。
「はいよ。ジョンはおらんかね?」
「今留守にしています」
「そいね。じゃあかごん場所は知らんかね?」
「かご? 場所?」
「こいと同じかごたい」
ルーカスはルネの持っているかごを指さした。
「少し待ってください」
そう言ってルネは急いで家の中に戻った。
食卓の上、台所、洗面所、寝室を見て回ったがそれらしきものはなかった。
「すみません、見つかりませんでした。探しておきます」
「そいね。ならね」
そう言ってルーカスは帰っていった。
しばらくその後ろ姿を見送ったあとルネは我に返った。
「次は収穫だ」
今度は家の裏にまわり菜園へと向かった。
菜園にはいくつもの畝があり、それぞれ違う作物が植えられていた。
「どれを採ればいいんだろう?」
緑色の植物は野菜とも雑草とも、ルネには区別がつかなかった。
「ただいま戻りました」
ジョンとコットンが帰ってきた。
ルネはおずおずと前に出て来て頭を垂れた。
「すみません。何もうまくできませんでした」
「何もって、卵はあるじゃないですか」
ジョンは台所の上に置かれた卵を見た。
「でもかごが見つからなかったんです」
「かご? ああ、そうでした。ここに入れていたんです」
そう言ってジョンは冷蔵庫を開けた。
中には卵が一つだけ入ったかごがあった。
「まだ前の分が残っていたので出すのを忘れていました。ルネは普段ここを開けませんもんね。こちらこそすみません」
ルネはそれを見て拍子抜けしながらもまた続けた。
「それから菜園でどれを収穫していいのかわからなくて」
「それなら今から一緒に行きましょう」
菜園に行くとジョンはそれぞれの畝を見てまわった。
「ルネ、これなんか食べられそうです」
ジョンは緑のツブツブがギッシリ詰まったものを指さして切り取った。
「ブロッコリーです」
ルネは差し出されたそれを受け取った。
次に葉が生い茂る畝に行ってジョンは根本の様子を見たあと、今度はその根を引き抜いた。
するといくつもの丸い粒がゴロゴロと溢れ出てきた。
「イモだ!」
家に戻り今度は朝食の準備に取りかかった。
「イモは夕飯にサラダにしましょう」
朝食はブロッコリーを茹でたものを目玉焼きの付け合わせにし、パンを並べて出来上がった。
「少しずつ覚えてやっていけばいいんです」
朝食を終えるとジョンとコットンはまた家を出ていった。
皿を洗い、部屋中を箒で掃いて拭きあげるとルネはひと息ついた。
家の中は物が少なく、掃除は予定より早く終わってしまった。
「あ、洗濯」
ルネは台所の隣の洗面所に入った。
そして洗濯かごに入れられていた服を洗濯機に詰め込みボタンを押そうとして手を止めた。
「服が泥だらけだ」
ルネは自分の着ている服を見た。
この日着ていた白いシャツは朝の収穫でついた泥で汚れていた。
そして汗もかいていたため、シャツとついでに下着もズボンもすっかり脱いでポイポイと洗濯機に入れ込んだ。
洗剤を入れてボタンを押してしまってからようやくルネは自分の不手際に気がついた。
「しまった、服がない」
幸い家の中は他に誰もいない。
ルネはそうっとドアを開け、念のため人がいないことを確認するとそのまま寝室まで走った。
居間を通り過ぎ寝室のドアにたどり着いたときだった。
ドアが開く音がしてルネは反射的に振り返って青ざめた。
そこにはジョンが立っていた。
「なんて格好してるんです!」
「えと、これは」
「様子を見に来てみれば! 早く服を着なさい!」
ジョンの声が部屋中に響いた。
ルネは慌てて寝室に入るとすぐに服を着た。
しかしそのまま外に出る気になれず、ようやくドアを開けたときにはすでにジョンの姿はなかった。
昼過ぎにジョンとコットンが家に戻ってきた。
「お茶を淹れてくれるかな」
コットンが言った。
「はい」
ルネはカップを用意し湯を沸かした。
食卓に着いたジョンは黙ったままだった。
「少しこっちで話をしよう」
コットンが手招いた。
ルネが椅子に座るとジョンがようやく口を開いた。
「君のあれははしたないし無防備すぎる」
「すみません、あれは」
「だいたい想像がつきます。泥で汚れていた服を洗濯機に入れてから着替えの用意を忘れていたのに気がついたのでしょう」
「……はい」
「それは今後気をつければよい。それより新しい服は欲しくないかい?」
コットンが微笑んだ。
「え?」
「気がつかずにすみません。君は成長期ですし服が小さくなっているのでは?」
言われてみればオカノの家から持ってきていた数着の服はどれも丈が短くなっていた。
「服は生活に最低限必要なものだよ。遠慮はいらない」
「今度私と街に行きましょう。買い出しもしないといけませんし」
二人の言葉にルネの心は動いた。
実は洗濯の際にルネはもう一つ不手際を犯していた。
「それに君のシャツ真っ黒になっているじゃないですか」
窓の外では僧服とともにルネのシャツが風に吹かれて揺れていた。
「では私は司祭と礼拝に行ってきますので今朝は卵の受け取りと菜園の収穫を頼みましたよ」
そう言うとジョンはコットンとともに家を出ていった。
リンリン。
しばらくすると家の呼び鈴が鳴った。
ルネが玄関の戸を開けるとそこには白い顎髭と口髭をたくわえ、日に焼けた老人の姿があった。
色褪せたつなぎを着た老人は頭に平べったい帽子をかぶり、手には卵の入ったかごを持っていた。
「おはようさん、ほい」
ルネを見た老人の陽気そうなつぶらな瞳がキラリと光った。
「おはようございます、あの」
「ルーカスじゃよ」
「ルーカス、卵をありがとうございます」
ルネはかごを受け取った。
「はいよ。ジョンはおらんかね?」
「今留守にしています」
「そいね。じゃあかごん場所は知らんかね?」
「かご? 場所?」
「こいと同じかごたい」
ルーカスはルネの持っているかごを指さした。
「少し待ってください」
そう言ってルネは急いで家の中に戻った。
食卓の上、台所、洗面所、寝室を見て回ったがそれらしきものはなかった。
「すみません、見つかりませんでした。探しておきます」
「そいね。ならね」
そう言ってルーカスは帰っていった。
しばらくその後ろ姿を見送ったあとルネは我に返った。
「次は収穫だ」
今度は家の裏にまわり菜園へと向かった。
菜園にはいくつもの畝があり、それぞれ違う作物が植えられていた。
「どれを採ればいいんだろう?」
緑色の植物は野菜とも雑草とも、ルネには区別がつかなかった。
「ただいま戻りました」
ジョンとコットンが帰ってきた。
ルネはおずおずと前に出て来て頭を垂れた。
「すみません。何もうまくできませんでした」
「何もって、卵はあるじゃないですか」
ジョンは台所の上に置かれた卵を見た。
「でもかごが見つからなかったんです」
「かご? ああ、そうでした。ここに入れていたんです」
そう言ってジョンは冷蔵庫を開けた。
中には卵が一つだけ入ったかごがあった。
「まだ前の分が残っていたので出すのを忘れていました。ルネは普段ここを開けませんもんね。こちらこそすみません」
ルネはそれを見て拍子抜けしながらもまた続けた。
「それから菜園でどれを収穫していいのかわからなくて」
「それなら今から一緒に行きましょう」
菜園に行くとジョンはそれぞれの畝を見てまわった。
「ルネ、これなんか食べられそうです」
ジョンは緑のツブツブがギッシリ詰まったものを指さして切り取った。
「ブロッコリーです」
ルネは差し出されたそれを受け取った。
次に葉が生い茂る畝に行ってジョンは根本の様子を見たあと、今度はその根を引き抜いた。
するといくつもの丸い粒がゴロゴロと溢れ出てきた。
「イモだ!」
家に戻り今度は朝食の準備に取りかかった。
「イモは夕飯にサラダにしましょう」
朝食はブロッコリーを茹でたものを目玉焼きの付け合わせにし、パンを並べて出来上がった。
「少しずつ覚えてやっていけばいいんです」
朝食を終えるとジョンとコットンはまた家を出ていった。
皿を洗い、部屋中を箒で掃いて拭きあげるとルネはひと息ついた。
家の中は物が少なく、掃除は予定より早く終わってしまった。
「あ、洗濯」
ルネは台所の隣の洗面所に入った。
そして洗濯かごに入れられていた服を洗濯機に詰め込みボタンを押そうとして手を止めた。
「服が泥だらけだ」
ルネは自分の着ている服を見た。
この日着ていた白いシャツは朝の収穫でついた泥で汚れていた。
そして汗もかいていたため、シャツとついでに下着もズボンもすっかり脱いでポイポイと洗濯機に入れ込んだ。
洗剤を入れてボタンを押してしまってからようやくルネは自分の不手際に気がついた。
「しまった、服がない」
幸い家の中は他に誰もいない。
ルネはそうっとドアを開け、念のため人がいないことを確認するとそのまま寝室まで走った。
居間を通り過ぎ寝室のドアにたどり着いたときだった。
ドアが開く音がしてルネは反射的に振り返って青ざめた。
そこにはジョンが立っていた。
「なんて格好してるんです!」
「えと、これは」
「様子を見に来てみれば! 早く服を着なさい!」
ジョンの声が部屋中に響いた。
ルネは慌てて寝室に入るとすぐに服を着た。
しかしそのまま外に出る気になれず、ようやくドアを開けたときにはすでにジョンの姿はなかった。
昼過ぎにジョンとコットンが家に戻ってきた。
「お茶を淹れてくれるかな」
コットンが言った。
「はい」
ルネはカップを用意し湯を沸かした。
食卓に着いたジョンは黙ったままだった。
「少しこっちで話をしよう」
コットンが手招いた。
ルネが椅子に座るとジョンがようやく口を開いた。
「君のあれははしたないし無防備すぎる」
「すみません、あれは」
「だいたい想像がつきます。泥で汚れていた服を洗濯機に入れてから着替えの用意を忘れていたのに気がついたのでしょう」
「……はい」
「それは今後気をつければよい。それより新しい服は欲しくないかい?」
コットンが微笑んだ。
「え?」
「気がつかずにすみません。君は成長期ですし服が小さくなっているのでは?」
言われてみればオカノの家から持ってきていた数着の服はどれも丈が短くなっていた。
「服は生活に最低限必要なものだよ。遠慮はいらない」
「今度私と街に行きましょう。買い出しもしないといけませんし」
二人の言葉にルネの心は動いた。
実は洗濯の際にルネはもう一つ不手際を犯していた。
「それに君のシャツ真っ黒になっているじゃないですか」
窓の外では僧服とともにルネのシャツが風に吹かれて揺れていた。