朝日が昇り、やわらかな風がルネの頬をなで髪を揺らした。
家の裏では咲く白く小さな花の中心がまるで微笑んでいるように温かな彩りを見せていた。
ルネはその花を摘みとりかごに入れると家の中に入った。
「見せてください」
ジョンがかごの中から花を一つ取り出した。
「うん、よさそうですね。お茶を入れましょう」
陶器の茶器に花が入れられ湯が注がれた。
「そろそろ僕も働きます」
ルネは朝の礼拝から戻ったコットンにカップを差し出した。
「体はもう大丈夫なのかい?」
「はい」
「手術が無事に済んでよかったです。でも君は働くより学校でしょう」
ジョンが朝食を運んできてコットンとルネの間に置いた。
「いえ、お世話になってばかりで申し訳なくて」
「部屋のことを言ってるのかな?」
コットンがきいた。
「……それもあります」
病院から退院してルネは寝室を一部屋与えられ、代わりにコットンとジョンが二人で一部屋を使っていた。
「それは気にしなくていいんです」
ジョンの言葉にコットンも頷いた。
「君は将来、何がしたいのかな?」
「将来……、人に迷惑をかけないで一人で生きていけるようになりたいです」
ルネがそう言うとコットンは首を傾げた。
「それがしたいことかい?」
コットンがさらにきくとルネは口をつぐんだ。
「君はどうして故国を出る決心をしたんだい?」
「それはイオが……」
言いかけてルネは頭を振った。
「いえ、僕は知らないことが多すぎる。だから知りたいんです。勉強がしたいです」
ランスに残って他の施設に入る選択肢だってあった。
しかしコットンに付いていくと最終的に決めたのはルネ自身だった。
「世界を知るべきだ」と言ったイオの言葉が頭から離れなかった。
そしてその機会を彼はルネに与えてくれたのだ。
「でも学校には行きたくありません」
「どうしてです?」
「学校に行かなくても勉強はできます」
ルネがそう言うとコットンは顎に手をやった。
「君は人の役に立ちたいかい?」
「はい」
ルネは頷いた。
「では君にとって人とはなにかな?」
「僕にとっての人……」
オカノ、アンナ、マダム、施設の兄弟たち、学校の同級生たち、そしてイオ、リー、ルミエル。
彼らはあるときはルネを守り育み、あるときは疎外し傷つけた。
守護者であったり攻撃者であったりした。
(オカノは僕にとってなんだっただろう)
自分に向けられた憎悪。
(イオやリー、ルミエルは僕にとってなんだっただろう)
はじめて感じた一体感、喜び、仲間意識。
彼らの言動にはどんな理由があったのだろうか。
彼らは何を思い、何を考えていたのか。
「……僕にはわかりません」
ルネは顔を伏せた。
「学校に行くのはそれを知る一つの方法だよ」
ルネは顔を上げ目の前のコットンをじっと見つめた。
「でもまあ、今から学校に行ってもすぐに夏季休暇に入りますし、そのあとからでもいいかもしれませんね」
ジョンの言葉にルネは小さく頷いた。
午後、部屋の戸が鳴らされルネはドアを開けた。
「お茶はいかがです」
部屋を出ると居間の食卓には湯気の立ったカップが置かれていた。
「私はここにやって来る司祭の補佐をしています。そして家と寺院の管理もしています」
ルネは席に着いてジョンと向き合った。
「以前は家政婦を雇ったりもしていましたが、今はすべて私一人でやっています。それで君にはこの家の管理を手伝ってもらいたいのですが、いかがです?」
「家事ということでしょうか?」
「そうです」
ルネは姿勢を正して頷いた。
「はい、がんばります」
それからジョンは仕事の説明を始めた。
「まずは毎朝ポストから新聞を取ってきます。それから二日おきに近所の農家の方が卵を届けにきてくださいますからそれを受け取ってください」
「そういえばランスの寺院には鶏がいました。寺院では鶏を飼っているところが多いですね?」
「鶏は卵を産み、いろいろ重宝しますからね。昔はここでも飼っていたんですが管理しきれずに手放しました」
「そうなんですか」
「それから裏の菜園で収穫できそうなものを選んで採ってきてください。それで朝食の献立を決めるんです」
ルネはそれをきいて押し黙ってしまった。
「どうかしましたか?」
「僕、料理をまともにしたことがないんです」
「大丈夫。はじめは私が教えますよ。それから掃除、洗濯ですね」
それをきいてルネは今度は胸を張った。
「掃除と洗濯ならやっていました。任せてください」
「そうですか。では頼みましたよ」
家の裏では咲く白く小さな花の中心がまるで微笑んでいるように温かな彩りを見せていた。
ルネはその花を摘みとりかごに入れると家の中に入った。
「見せてください」
ジョンがかごの中から花を一つ取り出した。
「うん、よさそうですね。お茶を入れましょう」
陶器の茶器に花が入れられ湯が注がれた。
「そろそろ僕も働きます」
ルネは朝の礼拝から戻ったコットンにカップを差し出した。
「体はもう大丈夫なのかい?」
「はい」
「手術が無事に済んでよかったです。でも君は働くより学校でしょう」
ジョンが朝食を運んできてコットンとルネの間に置いた。
「いえ、お世話になってばかりで申し訳なくて」
「部屋のことを言ってるのかな?」
コットンがきいた。
「……それもあります」
病院から退院してルネは寝室を一部屋与えられ、代わりにコットンとジョンが二人で一部屋を使っていた。
「それは気にしなくていいんです」
ジョンの言葉にコットンも頷いた。
「君は将来、何がしたいのかな?」
「将来……、人に迷惑をかけないで一人で生きていけるようになりたいです」
ルネがそう言うとコットンは首を傾げた。
「それがしたいことかい?」
コットンがさらにきくとルネは口をつぐんだ。
「君はどうして故国を出る決心をしたんだい?」
「それはイオが……」
言いかけてルネは頭を振った。
「いえ、僕は知らないことが多すぎる。だから知りたいんです。勉強がしたいです」
ランスに残って他の施設に入る選択肢だってあった。
しかしコットンに付いていくと最終的に決めたのはルネ自身だった。
「世界を知るべきだ」と言ったイオの言葉が頭から離れなかった。
そしてその機会を彼はルネに与えてくれたのだ。
「でも学校には行きたくありません」
「どうしてです?」
「学校に行かなくても勉強はできます」
ルネがそう言うとコットンは顎に手をやった。
「君は人の役に立ちたいかい?」
「はい」
ルネは頷いた。
「では君にとって人とはなにかな?」
「僕にとっての人……」
オカノ、アンナ、マダム、施設の兄弟たち、学校の同級生たち、そしてイオ、リー、ルミエル。
彼らはあるときはルネを守り育み、あるときは疎外し傷つけた。
守護者であったり攻撃者であったりした。
(オカノは僕にとってなんだっただろう)
自分に向けられた憎悪。
(イオやリー、ルミエルは僕にとってなんだっただろう)
はじめて感じた一体感、喜び、仲間意識。
彼らの言動にはどんな理由があったのだろうか。
彼らは何を思い、何を考えていたのか。
「……僕にはわかりません」
ルネは顔を伏せた。
「学校に行くのはそれを知る一つの方法だよ」
ルネは顔を上げ目の前のコットンをじっと見つめた。
「でもまあ、今から学校に行ってもすぐに夏季休暇に入りますし、そのあとからでもいいかもしれませんね」
ジョンの言葉にルネは小さく頷いた。
午後、部屋の戸が鳴らされルネはドアを開けた。
「お茶はいかがです」
部屋を出ると居間の食卓には湯気の立ったカップが置かれていた。
「私はここにやって来る司祭の補佐をしています。そして家と寺院の管理もしています」
ルネは席に着いてジョンと向き合った。
「以前は家政婦を雇ったりもしていましたが、今はすべて私一人でやっています。それで君にはこの家の管理を手伝ってもらいたいのですが、いかがです?」
「家事ということでしょうか?」
「そうです」
ルネは姿勢を正して頷いた。
「はい、がんばります」
それからジョンは仕事の説明を始めた。
「まずは毎朝ポストから新聞を取ってきます。それから二日おきに近所の農家の方が卵を届けにきてくださいますからそれを受け取ってください」
「そういえばランスの寺院には鶏がいました。寺院では鶏を飼っているところが多いですね?」
「鶏は卵を産み、いろいろ重宝しますからね。昔はここでも飼っていたんですが管理しきれずに手放しました」
「そうなんですか」
「それから裏の菜園で収穫できそうなものを選んで採ってきてください。それで朝食の献立を決めるんです」
ルネはそれをきいて押し黙ってしまった。
「どうかしましたか?」
「僕、料理をまともにしたことがないんです」
「大丈夫。はじめは私が教えますよ。それから掃除、洗濯ですね」
それをきいてルネは今度は胸を張った。
「掃除と洗濯ならやっていました。任せてください」
「そうですか。では頼みましたよ」