カーテンの隙間から黄色い光が差し込み、薄く目を開けたルネは額を手で覆った。
何度かまばたきをして視線をめぐらせると、部屋にはジョンの姿はすでになく昨夜並べられた椅子も片付けられていた。
ルネは勢いよく起き上がると急いで部屋を出た。

「おはようございます。よく眠れましたか?」
居間に入ってきたルネにジョンは爽やかに微笑んだ。
「……おはようございます」
「今日は街に行きますが、よろしいですか?」
「街ですか?」
「司祭から任されました」
ジョンは食卓の上に広げられていた何枚かの紙のうちの一枚を手に取ってをルネに見せた。
「中央病院……」
ルネは顔を上げてジョンを見た。

二人は朝食を終えると家を出て坂道を下った。
「病院へはバスを使います。司祭は来月の聖夜祭まで手が離せませんので私が君のつき添いをします」
「すみません」
「いいんですよ」

聖夜祭は主にイスト派のあいだで行われる豊作と人々の繁栄を祈る年間祭事のひとつだ。
四月の最初の満月の日に祭壇にタマゴを供え、司祭が祝詞を捧げる。
そのあと信徒が順に蝋燭に火を灯していき司祭からタマゴを受け取ってそれを食すことで一年を息災に過ごせるといわれている。
その準備のため毎年この時期になるとイスト派の寺院はどこも忙しくしていた。

街の中心部でバスを降りると病院はすぐそこだった。
「ここでは最新の医療が受けられます」
「でも僕、お金が」
「この国の子どもはみんな無償で医療が受けられます。心配しなくていいんです」
「僕はランス人ですよ?」
「君はすでに司祭の預かりになっているのでしょう?」
オカノとの養子縁組が解消されたあと、ルネはコットンの保護下に置かれていた。
「手続きが必要ですが君はその支援を受けることができます」



院内は老人と幼い子どもで混んでいた。
ジョンが受付を済ませるとルネは指定された部屋の前の椅子に座って待った。
しばらくして名前を呼ばれて部屋の中に入ると看護師が書類を手に言った。
「今日は検査をします。採血のあと着替えて次の検査室の前で待っていてください」
採血が終わるとルネは看護師から渡された衣服に着替えて指定された部屋の前の椅子に座った。
待っているあいだ目の前を看護師や医師、たまに黒服を着た者たちが通り過ぎていった。

「そこの台に横になって」
名前を呼ばれて部屋に入ったルネに医師が目の前の簡素な寝台をさし示した。
横になったルネの衣服が持ち上げられて腹部の上をクルクルと検査機器が滑っていった。
奇妙な感触にルネは唇を噛んだ。
「はい、結構」
医師の言葉にルネはようやく息を吐いた。
「では着替えてお待ち下さい」

着替えが終わるとルネはジョンのいる待合室へと戻った。
「どうでしたか?」
「……わかりません。また呼ばれるみたいです」
そしてさらに待ったあと、また名前が呼ばれた。
「保護者の方もどうぞ」
看護師が言い、ジョンも一緒についてきた。

二人が案内された部屋に入ると先ほど検査をした医師は書類から顔を離して目の前の椅子を勧めた。

「検査の結果、ルネ、君の性は女であるようだ」
それから医師は説明を始め、ルネはたまに頷きながら黙ってきいていた。
「戸籍上の性別は男になっていますが」
ジョンが医師に言った。
「それはおそらく外性器だけで判断されたのでしょう」
沈黙するルネとジョンに医師はまた話し始めた。
「はっきりとは他の検査の結果を見てからになりますが。ただこのまま放置すれば生活に支障が出てくるため外科手術が必要になるでしょう」
「それは避けられないのですか?」
「何もしなければ苦しむことになると思います」



それから一週間後にまた診察を受けたルネは医師に書類を渡された。
「やはり手術をしましょう」

ルネはジョンとともに病院を出た。
「大丈夫ですか?」
ジョンが気遣うようにルネを見た。
「はい」
ルネは渡された書類を見つめた。
「手術を受けないという選択もできますが……」
ルネは首を振った。
その選択肢がないことはわかっていた。
ルネを襲う腹痛は未だに定期的に続いていた。
倒れたあのときのような激痛にまでは至っていなかったがいつまたそうなるかと不安を抱えていた。
しかしようやくその原因が判明した。

「この同意書にサインしたらいいんですね」