ランス国から海峡を渡ってすぐの対岸に、周りを海に囲まれた島国がある。
その島国はもともと、本土の三国と沖合の小島の計四国に分かれていたが、とある大戦で大陸国から侵略を受けたことをきっかけに互いに団結し敵を打ち払った。
それ以降、四国は友好関係を築き続け、ついには一つの国としてまとまり、連合国と呼ばれるようになった。

その連合国本土の中部からやや南下した辺りに自然豊かな丘陵に囲まれた街があった。
ルネとコットンはその街の東にある丘の麓の停留所でバスを降りた。
それから小高い丘の頂上まで続く一本の坂道をのぼった。

この日、朝からずっと船とバスで移動し続けていたルネは少しめまいを感じていた。
しかし坂道をのぼったその先に目的地の寺院が見えてくると、その光景に息を呑んだ。
夕日に染まった石造りの外観は橙に溶けていくようで、華美な装飾は一切なく質素だが分厚く堅牢な石壁は、その佇まいから長い歴史を刻んできただろうことがうかがわれた。

頂上からは楕円に広がる街が一望でき、その中心部には様々な建物や背の高い寺院と周辺には民家が建ち並んでいた。
「ここは何年ぶりかな」
来た道を振り返るルネの傍らでコットンが呟いた。
「さあ、家の中に入ろう」
寺院の隣には質素な木造の家屋がぽつんと建っていた。
ルネがコットンのあとに続いていくと戸口の前に黒い僧服を着た男が立っていた。
「司祭、ようこそお越しくださいました」
壮年の男の顔を夕日が照らしていたが表情まではわからなかった。
「お疲れでしょう」
男はコットンに話しかけながら隣のルネを一瞥した。
「ジョン、これからよろしく頼むよ」
コットンはルネの背に手を添えた。
「司祭、この子は?」
「私が預かっている子だ」
「そうですか。ではもう日が暮れますのでどうぞ中へ」
ジョンはルネにも頷いて中へ促した。

薄暗い廊下を抜けたつきあたりのドアを開くと台所があり、その左手が居間、その隣に個室が二部屋あった。
「お茶を淹れますね」
ジョンは台所に立って薬缶を取り出した。
居間は中央に食卓と椅子、壁際の小卓に電話機、隅に低い本棚とその上にラジオがあるだけでこざっぱりとしていた。

「体調はどうだい?」
コットンがルネに声をかけた。
「少し疲れました」
「今日は夕食を取ったら早めに休むことにしよう」

カタンと音がして食卓に湯気の立ったカップが置かれた。
「夕食はパンとスープがあります。さあ、いつまで立っているんです」
ジョンが椅子を引いた。
席に着いたルネはカップの中を覗いた。
温かい湯気とほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐった。

「ジョン、悪いんだが部屋は私と一緒で構わないかい? この子に一室使わせたいんだ」
「ええ、構いませんが」
「いえ! 僕に部屋はいりません」
ルネは慌てて言った。
「いや、そんなわけにはいかないよ」
コットンはルネを見つめて、穏やかな表情ではありながら有無を言わせぬ口調で言った。
「僕は平気です! お願いですから」
それでもなおルネが必死に訴えるとコットンは頷いた。
「そうか、わかった。ではジョン、ルネを頼むよ」
ジョンは成り行きを静観していたがコットンの言葉に頷いた。

「寝台は君が使いなさい」
ジョンは居間から椅子を三脚持ってくると一列に並べてそこに布を敷いた。
「僕がそちらに……」
「君は今日疲れているでしょう。遠慮はいりません。寝台は明日もうひとつ手配しますから」
ルネは部屋の大きさを確認した。
もう一つ寝台を入れるとそれだけで部屋がいっぱいになってしまいそうだった。
「大丈夫、この部屋は眠れればいいんです。さあ、消灯しますよ」
そう言ってジョンは電気を消してさっさと椅子に横になってしまった。
ルネはためらいながらも布団に入り目を閉じた。