地下から階上に出ると外は曇り空だった。
「今日は課外どうする?」
ウィリアムは一緒に教室を出たルネに尋ねた。
「今日は用事があるから帰る」
「そう、それじゃあ今度……。どうしたの?」
ルネが急に歩みを止めた。
そして前方を見据えたまま囁いた。
「君の彼女がこちらを見てる」
「え?」
ウィリアムがルネの視線を追って前を向くと柱の陰からドイがこちらに視線を送っているのが見えた。
しかしウィリアムが前を向いたことでドイはすぐに顔を引っ込めてしまった。
「ああ、ドイなら違うよ。あえて言うなら妹かな」
「妹? 君ら双子なのか?」
ルネは怪訝な顔をしてウィリアムを見た。
「本当の妹じゃなくて、幼馴染って言えばよかったね」
「ああ、そうか」
ルネは納得したように頷いたが、彼がそのような反応をしたのには理由があった。
連合国では四十年前に「計画生育政策」が施行され、各家庭でもうけることのできる子どもの人数は一人までと制限された。
また二人以上の子どもを産んだ家庭には重い税が課せられた。
そのためその政策以降に生まれた子どもの多くには兄弟がいなかった。
「ルネには兄弟はいないの? ランスじゃ制限政策ないんだろ?」
「ああ、でも私には本当の兄弟はいない、と思う」
「思う?」
「私は孤児なんだ。それに普通の生まれ方をしていないからわからない」
「そうなんだ」
ルネはそれ以降口をつぐんでしまった。
「あ、でも制限政策は三年前に廃止されてるよ」
「それは知っている」
計画生育政策がとられたのには世界人口の増加による食料危機の懸念が背景にあった。
しかし政策が施行されたちょうどその頃、肥料の工業生産化が確立したこと、それを機に農業生産量が大きく伸びたこと、加えて近年の国内での経済衰退や少子化問題が取り上げらたことなどによりすでに政策が廃止されていた。
「ところで彼女を妹って言ったのは?」
「ドイは僕の一つ年下で僕は君たちよりひとつ学年が遅れてるんだ。一年間眠っていたから」
「一年って、ずっとか?」
ルネが驚いたように尋ねた。
「そう。さっき授業で話した、カプセルに入った実験で事故があったんだ……」
ウィリアムは話を続けようか迷い、言いよどんだ。
「話したくないことは話さなくていい」
ルネが言った。
「そろそろ帰る。さよなら」
「さよなら、また明日」
ウィリアムはそのまま去っていくルネを見送った。
「最近ルネと仲いいのね」
ルネの姿が見えなくなるとドイが声をかけてきた。
「課外に誘って一緒に出てるんだ」
「私は誘ってくれないのに」
ドイは不服そうに口を尖らせた。
「運動は男女別だろ」
「音楽なら一緒にできるじゃない」
「わかった。今度一緒に出よう」
「ほんと?」
ドイは顔を上げ笑顔になった。
「ルネと三人で」
しかしその一言でドイの表情がまた変わり、何か言いたげに口をパクパクさせた。
「どうかした? あ、じゃあ今日は僕もう帰るから」
そう言ってウィリアムは呆然とするドイを置いてその場を離れた。
「ただいま、母さん、叔父さん?」
車回しに自動車があったため叔父が家にいるはずだったが、玄関から声をかけても誰の返事もなかった。
しかしすぐに奥から物音がして母と叔父が書斎から出てきた。
「おかえり、ウィル」
「そこにいたの?」
書斎は昔、父が使っていた部屋だった。
「ちょっと話をしていてね。じゃあ私は帰るよ」
叔父がウィリアムに手を上げた。
「え、もう?」
「取引先へ行った帰りに寄っただけなんだ。また工場に戻るよ」
そして叔父はそのまま家を出ていった。
「叔父さん何しに来たの?」
「ちょっと相談されて」
「なにを?」
「……そうね、また今度ね」
そう言って母は怪訝そうにするウィリアムの腕を取った。
「ウィルはお父さんに似たわね」
そう言って今度はウィリアムの手を自分の頬に持ってきて軽くキスをした。
「これまでどれだけあなたに救われてきたか……」
「急にどうしたの?」
ウィリアムが笑うと母は小さく首を振って取っていた手を離した。
「今日は課外どうする?」
ウィリアムは一緒に教室を出たルネに尋ねた。
「今日は用事があるから帰る」
「そう、それじゃあ今度……。どうしたの?」
ルネが急に歩みを止めた。
そして前方を見据えたまま囁いた。
「君の彼女がこちらを見てる」
「え?」
ウィリアムがルネの視線を追って前を向くと柱の陰からドイがこちらに視線を送っているのが見えた。
しかしウィリアムが前を向いたことでドイはすぐに顔を引っ込めてしまった。
「ああ、ドイなら違うよ。あえて言うなら妹かな」
「妹? 君ら双子なのか?」
ルネは怪訝な顔をしてウィリアムを見た。
「本当の妹じゃなくて、幼馴染って言えばよかったね」
「ああ、そうか」
ルネは納得したように頷いたが、彼がそのような反応をしたのには理由があった。
連合国では四十年前に「計画生育政策」が施行され、各家庭でもうけることのできる子どもの人数は一人までと制限された。
また二人以上の子どもを産んだ家庭には重い税が課せられた。
そのためその政策以降に生まれた子どもの多くには兄弟がいなかった。
「ルネには兄弟はいないの? ランスじゃ制限政策ないんだろ?」
「ああ、でも私には本当の兄弟はいない、と思う」
「思う?」
「私は孤児なんだ。それに普通の生まれ方をしていないからわからない」
「そうなんだ」
ルネはそれ以降口をつぐんでしまった。
「あ、でも制限政策は三年前に廃止されてるよ」
「それは知っている」
計画生育政策がとられたのには世界人口の増加による食料危機の懸念が背景にあった。
しかし政策が施行されたちょうどその頃、肥料の工業生産化が確立したこと、それを機に農業生産量が大きく伸びたこと、加えて近年の国内での経済衰退や少子化問題が取り上げらたことなどによりすでに政策が廃止されていた。
「ところで彼女を妹って言ったのは?」
「ドイは僕の一つ年下で僕は君たちよりひとつ学年が遅れてるんだ。一年間眠っていたから」
「一年って、ずっとか?」
ルネが驚いたように尋ねた。
「そう。さっき授業で話した、カプセルに入った実験で事故があったんだ……」
ウィリアムは話を続けようか迷い、言いよどんだ。
「話したくないことは話さなくていい」
ルネが言った。
「そろそろ帰る。さよなら」
「さよなら、また明日」
ウィリアムはそのまま去っていくルネを見送った。
「最近ルネと仲いいのね」
ルネの姿が見えなくなるとドイが声をかけてきた。
「課外に誘って一緒に出てるんだ」
「私は誘ってくれないのに」
ドイは不服そうに口を尖らせた。
「運動は男女別だろ」
「音楽なら一緒にできるじゃない」
「わかった。今度一緒に出よう」
「ほんと?」
ドイは顔を上げ笑顔になった。
「ルネと三人で」
しかしその一言でドイの表情がまた変わり、何か言いたげに口をパクパクさせた。
「どうかした? あ、じゃあ今日は僕もう帰るから」
そう言ってウィリアムは呆然とするドイを置いてその場を離れた。
「ただいま、母さん、叔父さん?」
車回しに自動車があったため叔父が家にいるはずだったが、玄関から声をかけても誰の返事もなかった。
しかしすぐに奥から物音がして母と叔父が書斎から出てきた。
「おかえり、ウィル」
「そこにいたの?」
書斎は昔、父が使っていた部屋だった。
「ちょっと話をしていてね。じゃあ私は帰るよ」
叔父がウィリアムに手を上げた。
「え、もう?」
「取引先へ行った帰りに寄っただけなんだ。また工場に戻るよ」
そして叔父はそのまま家を出ていった。
「叔父さん何しに来たの?」
「ちょっと相談されて」
「なにを?」
「……そうね、また今度ね」
そう言って母は怪訝そうにするウィリアムの腕を取った。
「ウィルはお父さんに似たわね」
そう言って今度はウィリアムの手を自分の頬に持ってきて軽くキスをした。
「これまでどれだけあなたに救われてきたか……」
「急にどうしたの?」
ウィリアムが笑うと母は小さく首を振って取っていた手を離した。