放課後の鐘が鳴り、ウィリアムは席を立った。
「ウィル、課外は出る?」
同じ授業を受けていたポールが席を立つウィリアムを呼び止めた。
「今日は帰るよ。母さんが風邪なんだ」
「そっか」
「課外はまた今度出るよ」
ウィリアムはポールに別れを告げると教室から出た。
学校の一日は講堂での礼拝と朝礼から始まる。
そのあと各教室に分かれて授業を受け、夕方に授業が終わると放課後に自由参加の課外が設けられている。
課外は運動、音楽、美術など様々で、ウィリアムは週に何度か運動の課外に顔を出していた。
この課外は他学年の生徒と交流できる場であり、わりと自由な活動が認められている点で参加する生徒は多かった。
外に出ると雪はやんでいた。
校門を出たところでバス停の影に佇む人物がウィリアムの目に止まった。
「君は課外に出ないの?」
近づいて声をかけてみたが返事はなかった。
「なにか怒ってる?」
ウィリアムが懲りずに話しかけると、ようやくルネは伏せていた目を上げた。
「君は人との会話の内容をいちいち別の他人に話すのか?」
「え?」
「彼女に話していただろう」
「彼女ってドイのこと? あのときはたまたまそういう話題になっただけで」
「私に構わないでくれ。干渉されたくないんだ」
「どうして?」
「嫌いなんだ!」
そう声を張り上げてルネは口元を手で押さえた。
「違う、君のことじゃない。陰で自分のことを話題にされるのが嫌なんだ」
「そっか、ごめん」
ルネはまた顔を伏せて黙ってしまった。
その様子にウィリアムが立ち去ろうとすると、消え入りそうな声がきこえた。
「……私の見た目は変だろう?」
「え?」
振り返るとルネは萎れたように肩を落としていた。
「気味が悪いってよく言われる。幽霊みたいだって」
それをきいてウィリアムはポカンと口を開けた。
「そんなことないさ。たしかに君みたいな男子は少ないかもしれないけど……」
ウィリアムが話す傍らで今度はルネがポカンと口を開けていた。
「そうか」
ルネは下を向いた。
その肩は震えていた。
「ごめん、気に障ったなら……」
ウィリアムは慌てて言いかけて、言葉をなくした。
顔を上げたルネが笑っていたからだ。
その笑みは妖しげでウィリアムの髪がゾワリと逆立った。
「じゃあ、バスが来たから」
そう言ってルネは目の前に止まったバスにさっさと乗り込んでしまった。
あとに残されたウィリアムは理由がわからず首を傾げるしかなかった。
「おかえり」
家の奥から声がして足音が玄関の方へ近づいてきた。
「ちょうど出ようと思ってたんだ」
現れたのはウィリアムの目線ほどの背丈の、少し癖毛の中年の男だった。
「トマス叔父さん、車があったからやっぱり」
「様子を見に来たんだ」
そう言って叔父は紙袋を差し出した。
「寝ているみたいだから置いて帰ろうと思ってたんだ。あとで食べてくれ」
ウィリアムは紙袋を受け取って中を見た。
「あ、フルーツゼリーだ。母さん喜ぶよ」
「じゃあ私は仕事に戻るから」
叔父はそう言うと家を出ていった。
ウィリアムはそっと母の寝室のドアを開けた。
「母さん、起きてたの? 体調は?」
「おかえり、ウィル。ええ、だいぶいいわ」
寝台から身を起こした母はそう言って微笑んだ。
「トマス叔父さんが来てたよ。母さんこれ好きだよね?」
ウィリアムは母に近づいて紙袋を手渡した。
「まあ! さっきまで寝ていて気づかなかったわ」
紙袋を受け取った母は驚きつつも嬉しそうに口元をほころばせた。
父の死後は叔父が工場の経営を引き継いだ。
それ以来、叔父は仕事の合間や帰りに様子を見に頻繁にウィリアムの家に来るようになった。
ウィリア厶はその訪問に感謝していた。
叔父の気さくな人柄と温かな心遣いが元気をなくしていた母を明るくしたからだ。
そればかりでなく父の工場を立て直し、ウィリアムと母の生活も支援した。
今でこそ工場の経営は安定しているが、父から引き継いだばかりの頃は経営状態が非常に厳しく、廃業寸前にまで追い込まれていた。
それを数年かけてようやく今の安定した経営状態にまで持っていった。
叔父は大変苦労しただろうが、そもそもの工場の経営悪化の原因は七年前にさかのぼる。
当時はちょうどコンピュータが一般家庭にも普及しはじめた頃で、需要の拡大とともに父の工場にも大量の注文が舞い込むようになっていた。
しかし当時の工場の設備では生産が追いつかず、父は思い切って最新の機械を購入し設備投資を行ったが、運悪く大口の取引先が諸事情で倒産したことにより見込まれていた利益がなくなってしまった。
それをきっかけに経営は不振に陥り、父は取引先の新規開拓や資金調達に奔走した。
そして運悪くウィリアムがカプセルに入って意識を失ったのがまさにこの頃だった。
工場がこのような状況で、父はウィリアムの事故原因を追求するために訴訟を起こし、その最中に倒れてしまった。
すぐに病院に運ばれたが父はそのまま息を引き取った。
度重なる不幸に母は体調を崩していき、そして裁判所に起こしていた訴えが棄却されたことでとうとう精神を病んでしまった。
このような状況で目覚めたウィリアムだったので叔父の支えは非常にありがたかった。
「ウィル、課外は出る?」
同じ授業を受けていたポールが席を立つウィリアムを呼び止めた。
「今日は帰るよ。母さんが風邪なんだ」
「そっか」
「課外はまた今度出るよ」
ウィリアムはポールに別れを告げると教室から出た。
学校の一日は講堂での礼拝と朝礼から始まる。
そのあと各教室に分かれて授業を受け、夕方に授業が終わると放課後に自由参加の課外が設けられている。
課外は運動、音楽、美術など様々で、ウィリアムは週に何度か運動の課外に顔を出していた。
この課外は他学年の生徒と交流できる場であり、わりと自由な活動が認められている点で参加する生徒は多かった。
外に出ると雪はやんでいた。
校門を出たところでバス停の影に佇む人物がウィリアムの目に止まった。
「君は課外に出ないの?」
近づいて声をかけてみたが返事はなかった。
「なにか怒ってる?」
ウィリアムが懲りずに話しかけると、ようやくルネは伏せていた目を上げた。
「君は人との会話の内容をいちいち別の他人に話すのか?」
「え?」
「彼女に話していただろう」
「彼女ってドイのこと? あのときはたまたまそういう話題になっただけで」
「私に構わないでくれ。干渉されたくないんだ」
「どうして?」
「嫌いなんだ!」
そう声を張り上げてルネは口元を手で押さえた。
「違う、君のことじゃない。陰で自分のことを話題にされるのが嫌なんだ」
「そっか、ごめん」
ルネはまた顔を伏せて黙ってしまった。
その様子にウィリアムが立ち去ろうとすると、消え入りそうな声がきこえた。
「……私の見た目は変だろう?」
「え?」
振り返るとルネは萎れたように肩を落としていた。
「気味が悪いってよく言われる。幽霊みたいだって」
それをきいてウィリアムはポカンと口を開けた。
「そんなことないさ。たしかに君みたいな男子は少ないかもしれないけど……」
ウィリアムが話す傍らで今度はルネがポカンと口を開けていた。
「そうか」
ルネは下を向いた。
その肩は震えていた。
「ごめん、気に障ったなら……」
ウィリアムは慌てて言いかけて、言葉をなくした。
顔を上げたルネが笑っていたからだ。
その笑みは妖しげでウィリアムの髪がゾワリと逆立った。
「じゃあ、バスが来たから」
そう言ってルネは目の前に止まったバスにさっさと乗り込んでしまった。
あとに残されたウィリアムは理由がわからず首を傾げるしかなかった。
「おかえり」
家の奥から声がして足音が玄関の方へ近づいてきた。
「ちょうど出ようと思ってたんだ」
現れたのはウィリアムの目線ほどの背丈の、少し癖毛の中年の男だった。
「トマス叔父さん、車があったからやっぱり」
「様子を見に来たんだ」
そう言って叔父は紙袋を差し出した。
「寝ているみたいだから置いて帰ろうと思ってたんだ。あとで食べてくれ」
ウィリアムは紙袋を受け取って中を見た。
「あ、フルーツゼリーだ。母さん喜ぶよ」
「じゃあ私は仕事に戻るから」
叔父はそう言うと家を出ていった。
ウィリアムはそっと母の寝室のドアを開けた。
「母さん、起きてたの? 体調は?」
「おかえり、ウィル。ええ、だいぶいいわ」
寝台から身を起こした母はそう言って微笑んだ。
「トマス叔父さんが来てたよ。母さんこれ好きだよね?」
ウィリアムは母に近づいて紙袋を手渡した。
「まあ! さっきまで寝ていて気づかなかったわ」
紙袋を受け取った母は驚きつつも嬉しそうに口元をほころばせた。
父の死後は叔父が工場の経営を引き継いだ。
それ以来、叔父は仕事の合間や帰りに様子を見に頻繁にウィリアムの家に来るようになった。
ウィリア厶はその訪問に感謝していた。
叔父の気さくな人柄と温かな心遣いが元気をなくしていた母を明るくしたからだ。
そればかりでなく父の工場を立て直し、ウィリアムと母の生活も支援した。
今でこそ工場の経営は安定しているが、父から引き継いだばかりの頃は経営状態が非常に厳しく、廃業寸前にまで追い込まれていた。
それを数年かけてようやく今の安定した経営状態にまで持っていった。
叔父は大変苦労しただろうが、そもそもの工場の経営悪化の原因は七年前にさかのぼる。
当時はちょうどコンピュータが一般家庭にも普及しはじめた頃で、需要の拡大とともに父の工場にも大量の注文が舞い込むようになっていた。
しかし当時の工場の設備では生産が追いつかず、父は思い切って最新の機械を購入し設備投資を行ったが、運悪く大口の取引先が諸事情で倒産したことにより見込まれていた利益がなくなってしまった。
それをきっかけに経営は不振に陥り、父は取引先の新規開拓や資金調達に奔走した。
そして運悪くウィリアムがカプセルに入って意識を失ったのがまさにこの頃だった。
工場がこのような状況で、父はウィリアムの事故原因を追求するために訴訟を起こし、その最中に倒れてしまった。
すぐに病院に運ばれたが父はそのまま息を引き取った。
度重なる不幸に母は体調を崩していき、そして裁判所に起こしていた訴えが棄却されたことでとうとう精神を病んでしまった。
このような状況で目覚めたウィリアムだったので叔父の支えは非常にありがたかった。