暗闇の中でルネが眠りにつこうとしていたときだった。
キイと音がして部屋のドアが開いた。
ビクリとしてルネは身を起こした。
「父さん?」
返事はなかった。
寝台の前で歩みを止めたその人物はルネの体をまたいで顔の横に両手をついた。
「父さん!」
「どうしても考えてしまうんだよ。君がいなかったら、君を、アンナが産んでいなかったらアンナは死ななかったかもしれないって!」
「どういうこと?」
「アンナは子宮に癌ができていたそうだ。代理母出産で無理をさせてしまったのかもしれない。ゼロではない可能性がいつも頭をかすめるんだ」
オカノの片方の手がルネの脚と脚の間に触れた。
「君にあるのは形だけのものだ。だからこれは機能しない」
ルネは先ほど確認できずにいたことをきいた。
「僕は、女?」
「そうだ」
ルネの中でパチンと音がした。
電気回路が切れるような音だった。
気がつくとルネの首にオカノの手が絡み、それはしだいに力強くなった。
「君が憎くて仕方がない。愛しく思った以上に」
ルネは抵抗しなかった。
ただオカノに向けられた感情に絶望していた。
朝のまだ薄暗い中でルネは目を覚ました。
オカノはすでに部屋にはいなかった。
窓を開けると、ヒンヤリとした冷気が髪の張りついた額と頬をなでた。
季節は確実に移ろい、周りの景色を変えていた。
ルネは顔を洗い身支度を整え、家を出た。
研究室に入るとふわりと暖かな空気に包まれた。
「おはよう」
イオが奥のテーブルを仕切る衝立の向こうから顔を出した。
手にはいつものようにコーヒーを持っていた。
「それ、どうしたんだ!」
その低く響く声にルネは驚いてイオの手元から視線を上げた。
「え?」
「その首のアザだよ」
「アザ……」
ルネは自分の首に手をあてた。
そして急な震えとともに昨夜の出来事が頭の中に再び襲いかかってきた。
そしてその場で膝をつき、吐いた。
リーが運転する自動車でルネは家の前の路地まで運ばれた。
ルネが舗道に降りると隣に座っていたイオも一緒に降りてきた。
「ここで大丈夫です。リーもありがとう」
「待て、俺も家まで行く」
「いい、来ないで!」
ルネは必死に拒否したがイオはそれをきかずルネの腕を引っ張って路地に入った。
「お願い、離して。オカノは病気なんだ。そっとしておいてよ」
ルネの懇願も虚しくすぐに家の前に着いてしまった。
玄関のドアを開けるとイオは部屋を次々に見てまわった。
そしてとうとう二階のオカノの部屋を開けた。
オカノはまた酒を飲んでいて、この乱入に顔をしかめたが、それだけだった。
「この子に何をした?」
「殺そうと思った」
オカノはためらうことなくそう言った。
「それが本当なら警察に通報する」
「好きにするといい」
イオに返したその言葉はまるで自身のことに興味がないようだった。
「この子はここには帰せない」
イオはルネの肩を掴んだ。
「行くあてがあるなら行くがいいよ」
オカノの声は冷静だった。
ルネは懸命にかぶりを振った。
この家以外に帰る場所などなかった。
「ご…なさっ」
謝ろうと声を出してみるが、つっかえて言葉にならなかった。
そうこうしているとルネの目に熱いものが込み上げて視界がぼやけた。
鼻の奥がジンジンと痛んで息ができなくなった。
もう繰り返したくはないと必死にこらえて目を見開いていたルネの頭に大きな手が伸びてきた。
「あるさ」
優しく引き寄せられて、零れ落ちようとしていた雫が掬われた。
「この子は連れて行く」
頭上から響いたその声にルネは唖然とした。
「行くぞ」
手を引かれて気がつくとルネはまた表の通りに出ていた。
そしてリーの運転する自動車に押し込まれた。
「どうするの?」
「逃げるんだ」
「どこへ?」
「ここじゃないどこかだ。大丈夫、アテはある」
キイと音がして部屋のドアが開いた。
ビクリとしてルネは身を起こした。
「父さん?」
返事はなかった。
寝台の前で歩みを止めたその人物はルネの体をまたいで顔の横に両手をついた。
「父さん!」
「どうしても考えてしまうんだよ。君がいなかったら、君を、アンナが産んでいなかったらアンナは死ななかったかもしれないって!」
「どういうこと?」
「アンナは子宮に癌ができていたそうだ。代理母出産で無理をさせてしまったのかもしれない。ゼロではない可能性がいつも頭をかすめるんだ」
オカノの片方の手がルネの脚と脚の間に触れた。
「君にあるのは形だけのものだ。だからこれは機能しない」
ルネは先ほど確認できずにいたことをきいた。
「僕は、女?」
「そうだ」
ルネの中でパチンと音がした。
電気回路が切れるような音だった。
気がつくとルネの首にオカノの手が絡み、それはしだいに力強くなった。
「君が憎くて仕方がない。愛しく思った以上に」
ルネは抵抗しなかった。
ただオカノに向けられた感情に絶望していた。
朝のまだ薄暗い中でルネは目を覚ました。
オカノはすでに部屋にはいなかった。
窓を開けると、ヒンヤリとした冷気が髪の張りついた額と頬をなでた。
季節は確実に移ろい、周りの景色を変えていた。
ルネは顔を洗い身支度を整え、家を出た。
研究室に入るとふわりと暖かな空気に包まれた。
「おはよう」
イオが奥のテーブルを仕切る衝立の向こうから顔を出した。
手にはいつものようにコーヒーを持っていた。
「それ、どうしたんだ!」
その低く響く声にルネは驚いてイオの手元から視線を上げた。
「え?」
「その首のアザだよ」
「アザ……」
ルネは自分の首に手をあてた。
そして急な震えとともに昨夜の出来事が頭の中に再び襲いかかってきた。
そしてその場で膝をつき、吐いた。
リーが運転する自動車でルネは家の前の路地まで運ばれた。
ルネが舗道に降りると隣に座っていたイオも一緒に降りてきた。
「ここで大丈夫です。リーもありがとう」
「待て、俺も家まで行く」
「いい、来ないで!」
ルネは必死に拒否したがイオはそれをきかずルネの腕を引っ張って路地に入った。
「お願い、離して。オカノは病気なんだ。そっとしておいてよ」
ルネの懇願も虚しくすぐに家の前に着いてしまった。
玄関のドアを開けるとイオは部屋を次々に見てまわった。
そしてとうとう二階のオカノの部屋を開けた。
オカノはまた酒を飲んでいて、この乱入に顔をしかめたが、それだけだった。
「この子に何をした?」
「殺そうと思った」
オカノはためらうことなくそう言った。
「それが本当なら警察に通報する」
「好きにするといい」
イオに返したその言葉はまるで自身のことに興味がないようだった。
「この子はここには帰せない」
イオはルネの肩を掴んだ。
「行くあてがあるなら行くがいいよ」
オカノの声は冷静だった。
ルネは懸命にかぶりを振った。
この家以外に帰る場所などなかった。
「ご…なさっ」
謝ろうと声を出してみるが、つっかえて言葉にならなかった。
そうこうしているとルネの目に熱いものが込み上げて視界がぼやけた。
鼻の奥がジンジンと痛んで息ができなくなった。
もう繰り返したくはないと必死にこらえて目を見開いていたルネの頭に大きな手が伸びてきた。
「あるさ」
優しく引き寄せられて、零れ落ちようとしていた雫が掬われた。
「この子は連れて行く」
頭上から響いたその声にルネは唖然とした。
「行くぞ」
手を引かれて気がつくとルネはまた表の通りに出ていた。
そしてリーの運転する自動車に押し込まれた。
「どうするの?」
「逃げるんだ」
「どこへ?」
「ここじゃないどこかだ。大丈夫、アテはある」