翌朝、目を覚ましたルネはカーテンの隙間から漏れる朝日に目をシパシパと何度も瞬かせた。
宙にふわふわと浮いているように世界は明るかった。
カーテンを開け、目に染みるほどの陽光を浴びながら身支度を整えるとルネはいつものようにバスに乗った。


「おはよう」
太陽の光が届かない研究室にキラキラと流れるような髪をなびかせてイオがルネの前にやって来た。
「どうした?」
急にそうきかれてルネはわけがわからずに目の前の人物を見上げた。
「どうしたって……」
首をかしげるルネの頬にをイオの手が伸びた。
「顔色が悪い」
「え?」
そう言われてルネはポカンとした。
「そういえばアンナ夫人が亡くなってから家の方は大丈夫なのか?」
「……問題ありません」
イオはまだなにか問いたげだったがルネは伸ばされた手をスルリとかわしていつもの自分の席に着いた。

「これを読んでまとめてくれ」
再びルネの傍にやって来たイオは資料の束を机の上に置いた。
ルネはその資料に目をやった瞬間、凍りついた。
そしてヒュッと息を吸いこむと資料を掴んで震えだした。
「おい!?」
イオがルネの肩を掴んで揺すったがルネは資料の束を凝視し続けた。
そしてようやくのことで顔を上げると悲痛な声で言った。
「読めない!」
ルネは必死にまばたきを繰り返して目を擦った。
しかし見える景色は同じだった。
紙面の文字はまるでうずくまる虫、はたまた黒いシミのようで、それを半透明の膜を通して見ているようだった。
そして追い打ちをかけるようにルネの下腹部に激痛が走った。
「痛いっ」
痛みは以前とは比べものにならないほどの衝撃で、たまらずルネは椅子から崩れ落ちその場にうずくまった。

視界が暗くなり、次にルネの意識が戻ったのは病院の寝台の上だった。
「目が覚めたか」
イオの声に起き上がろうとすると腹部にまた重い痛みが走った。
「無理するな」
「僕、どうしたんですか?」
おとなしくそのまま横になってルネは顔だけを横に向けた。
「研究室で倒れて病院に運んだ。ルミエルがオカノに連絡したからすぐに来るだろう」
その言葉をきいてルネの胃にギュウッと痛みが走った。
そしてふいに熱いものが込み上げてきて慌てて布団を頭の上までずり上げた。
「どうした?」
返事をする代わりにルネはしゃくりあげた。
必死に抑えようとしても一度堰が切れてしまってからは止めようがなかった。
「どこか痛いのか? 医者呼ぶか?」
イオの困惑した声にルネは懸命に頭を左右に振った。
「なんでもな……っい」
ルネはようやくそれだけ言った。

しばらく待ってもオカノは来なかった。
「おかしいな、返事はあったらしいのに」
イオが時計を見た。
「もういいです。帰ります」
ルネは体を起こした。
痛みはだいぶ引いていた。
「待て、送る。それと帰る前に医者が話があるんだと」

看護師の案内でルネは診察室に通された。
窓の外ではすでに日が傾きかけていた。
「精密な検査をしないとはっきりとは言えないが」
朝焼けにも似た空に気を取られているあいだに医師が話を始めた。
「君は女の子かもしれない」
その言葉にルネは医師に視線を移した。
医師はルネの様子を見ながらゆっくりと続けた。
「保護者の方と一緒に後日説明をしよう。おそらく手術が必要になるだろう」