夕方、ルネはバスに乗り込むと、中ほどの空いている席に腰を下ろした。
そして小さく息を吐くと何度かきつく目を閉じたあと窓の外に目をやった。
――「これ読めるか?」
イオがルネの座った机の前にまた紙の束を置いた。
研究室の奥の衝立をはさんだ向こう側に簡素な給湯設備と低い台、背もたれのついた長椅子があり、そこで休憩を取ったあとのことだった。
「これは?」
「朝のものとは別の本の複写だ」
ルネはイオを一瞥したあと中を開いた。
パラパラと最後の頁まで見終えると、席に戻っていたイオの前に紙の束を差し出した。
「古アルマン語で書かれた医学書ですね。循環器系の専門書のようです」
イオは頷くと、脇に寄せてあった別の紙の束を持ち上げた。
「じゃあ次はこれな」
そう言ってイオはルネにその紙の束を渡すとまた机に視線を戻した。
ルネはまた席に戻って同じように紙の束をめくった。
そしてほどなくしてめくり終えると同じようにイオに差し出した。
「これは古連合国語で書かれたトランジスタ回路の実務的な指南書ですね」
イオは本の複写を黙って受け取り、ルネを見た。
「……わかるのか?」
「いいえ、仕組みは……」
「ああ、違う」
イオは首を振って体をルネの方へ傾けた。
「君は何カ国語できるんだ?」
ルネは少し沈黙したあと口を開いた。
「読むだけなら古語含めて十五くらい、です」
イオは大きく息と吐いて首を横に振った。
「いや、これとさっきのはもう解読済みなんだ」
「じゃあどうして?」
「君がどれくらいできるのか測ったんじゃ」
後ろからルミエルの声がしてルネは振り返った。
そこにはリーも立っていた。
「それじゃあこっちで検討しようか」
研究室内で比較的片づいている机に移動するとイオがまた朝の本の複写を取り出してきた。
「本当は明日やるつもりだったけど」
イオはそう言って一枚目をめくった。
「まず、この文字について何かないか?」
ルネは三人の視線に背筋を伸ばした。
「えっと、まずこの言語は三種類の文字で構成されているようです」
ルネはある一つの文字を指さした。
「まず一つ目、この点や棒が組み合わさって複雑な形をしている文字です」
「こっちと形や構成が似ているな」
イオがルネとは違う別の文字を指さした。
「そうじゃな。二つ目は丸くカーブの多い文字じゃな」
ルミエルが似ているいくつかの文字を指さした。
「それから直線が多い記号的な文字だね。こちらの二種はおそらく沈んだとされる島国固有の文字だろうね」
「今のところ唯一の手掛かりは一つ目のこの文字だ」
イオの言葉にルネは頷いた。
「はい、この文字見たことがあります。シン国の文字と似ています」
ルネの言葉にみんな頷いた。
「ひとつはシン国の文字を比較に進めるとして、あとの二つの文字をどう解読していくかだな」
「類似する文字が他に見あたらんからの」
「何かわかる?」
リーの言葉にルネは口を開いた。
「シン国の文字が表語文字なので、対するこれらは表音文字だと仮定するのはどうでしょうか?」
「というと、この言語は表音文字と表語文字の二種類で構成されているってこと?」
「だとしたら難解だな」
ここで全員が沈黙した。
ルネはバスを降りて家の前まで来ると玄関には入らずに庭へとまわった。
「赤くなってる」
完熟した小さな実をもぎり取り、それを次々に帽子に入れて家の中に入った。
「母さん、ただいま」
返事はなかった。
「母さん、プチトマトがたくさん採れたよ」
居間に行ったが誰もいなかった。
今度は台所へ足を進めたが、ルネは床に帽子を落としてしまった。
真っ赤な実がコロコロと転がり散らばった。
「母さん!」
流し台の前にアンナが倒れていた。
そして小さく息を吐くと何度かきつく目を閉じたあと窓の外に目をやった。
――「これ読めるか?」
イオがルネの座った机の前にまた紙の束を置いた。
研究室の奥の衝立をはさんだ向こう側に簡素な給湯設備と低い台、背もたれのついた長椅子があり、そこで休憩を取ったあとのことだった。
「これは?」
「朝のものとは別の本の複写だ」
ルネはイオを一瞥したあと中を開いた。
パラパラと最後の頁まで見終えると、席に戻っていたイオの前に紙の束を差し出した。
「古アルマン語で書かれた医学書ですね。循環器系の専門書のようです」
イオは頷くと、脇に寄せてあった別の紙の束を持ち上げた。
「じゃあ次はこれな」
そう言ってイオはルネにその紙の束を渡すとまた机に視線を戻した。
ルネはまた席に戻って同じように紙の束をめくった。
そしてほどなくしてめくり終えると同じようにイオに差し出した。
「これは古連合国語で書かれたトランジスタ回路の実務的な指南書ですね」
イオは本の複写を黙って受け取り、ルネを見た。
「……わかるのか?」
「いいえ、仕組みは……」
「ああ、違う」
イオは首を振って体をルネの方へ傾けた。
「君は何カ国語できるんだ?」
ルネは少し沈黙したあと口を開いた。
「読むだけなら古語含めて十五くらい、です」
イオは大きく息と吐いて首を横に振った。
「いや、これとさっきのはもう解読済みなんだ」
「じゃあどうして?」
「君がどれくらいできるのか測ったんじゃ」
後ろからルミエルの声がしてルネは振り返った。
そこにはリーも立っていた。
「それじゃあこっちで検討しようか」
研究室内で比較的片づいている机に移動するとイオがまた朝の本の複写を取り出してきた。
「本当は明日やるつもりだったけど」
イオはそう言って一枚目をめくった。
「まず、この文字について何かないか?」
ルネは三人の視線に背筋を伸ばした。
「えっと、まずこの言語は三種類の文字で構成されているようです」
ルネはある一つの文字を指さした。
「まず一つ目、この点や棒が組み合わさって複雑な形をしている文字です」
「こっちと形や構成が似ているな」
イオがルネとは違う別の文字を指さした。
「そうじゃな。二つ目は丸くカーブの多い文字じゃな」
ルミエルが似ているいくつかの文字を指さした。
「それから直線が多い記号的な文字だね。こちらの二種はおそらく沈んだとされる島国固有の文字だろうね」
「今のところ唯一の手掛かりは一つ目のこの文字だ」
イオの言葉にルネは頷いた。
「はい、この文字見たことがあります。シン国の文字と似ています」
ルネの言葉にみんな頷いた。
「ひとつはシン国の文字を比較に進めるとして、あとの二つの文字をどう解読していくかだな」
「類似する文字が他に見あたらんからの」
「何かわかる?」
リーの言葉にルネは口を開いた。
「シン国の文字が表語文字なので、対するこれらは表音文字だと仮定するのはどうでしょうか?」
「というと、この言語は表音文字と表語文字の二種類で構成されているってこと?」
「だとしたら難解だな」
ここで全員が沈黙した。
ルネはバスを降りて家の前まで来ると玄関には入らずに庭へとまわった。
「赤くなってる」
完熟した小さな実をもぎり取り、それを次々に帽子に入れて家の中に入った。
「母さん、ただいま」
返事はなかった。
「母さん、プチトマトがたくさん採れたよ」
居間に行ったが誰もいなかった。
今度は台所へ足を進めたが、ルネは床に帽子を落としてしまった。
真っ赤な実がコロコロと転がり散らばった。
「母さん!」
流し台の前にアンナが倒れていた。