「帰ったよ」
玄関の戸を開けてウィリアムは家の奥に呼びかけた。
「ウィル!」
足音とともに母がやって来てウィリアムの頬に触れた。
「学校はどうだった?」
「うん、大丈夫だよ」
「そう。なんだか今日だけで焼けたみたいね」
「授業で外に出たんだ。久しぶりに日に当たって気持ちよかったよ」
母は微笑んだが、どこかぎこちなかった。
「母さんこそ大丈夫? 疲れてるみたい」
ウィリアムは自分の頬に当てられた手を取った。
そしてその手の奥をそっと見た。
「なあに?」
「何でもないよ」
ウィリアムは首を振って手を離した。
「母さんの手は暖かいね」

目覚めてからのウィリアムは母の動向に過敏になっていた。
というのも母は以前の明るさを失くし気落ちして過ごすことが多くなったからだ。
母をそうさせた原因は父の死だった。
死因は過労だった。
ウィリアムが研究所で意識を失い病院に運ばれたことで、父は国と研究機関を訴えた。
裁判は長引き、その頃工場経営が悪化していたことも重なり、体調を崩し倒れたのだ。
そしてそのまま帰らぬ人となった。
(父さんは僕のせいで死んだ)
ウィリアムは父の死を知り自責の念に駆られた。

あるとき母が言った。
「いつも頭をよぎるの。リアムはあなたを思って愛して死んだ。死ななかった私はあなたへの愛が足りなかったのかしらって。薄情な母親なんじゃないかって」
それをきいてウィリアムは大きく首を振った。
「そんなことない! 死んだ父さんの方の愛情が深かったなんて違う。母さんだって同じだけ苦しんだんだってわかってるよ。それでもこうして生きていてくれてどんなに嬉しいか……」
もっと言葉を尽くそうと思考を凝らしていると、母はウィリアムをぎゅっと抱きしめた。
「ああ、ウィル。あなたは私のそばからいなくならないでね」
「もちろん!」
その返事をきいて母は腕を緩めた。
その母の表情がウィリアムがいつか見た父の微笑みと重なった。
「僕が母さんを守るから」