彼との短い旅路の末路が見えてきた。二人の足は参道を過ぎ、境内へと進んだ。
境内の入り口付近にはテーブルが設けられてあり、短冊の束とペンが用意されている。社殿を取り囲むようにずらりと立てかけられた笹が、飾られた短冊ともども風に揺さ振られる光景は壮観だ。
俄かに人波が押し寄せつつある。クライマックスの時刻が迫っているせいだ。
「わたし、毎年、短冊を飾るの、願いを書いて。あなたも……どう?」
幾分遠慮がちに問いかけてみた。
「うん。神様の前を素通りはできないよね……でも、何を願うかなあ? 君は決めてるの?」
「いいえ……まだ……」
「何にしようかなあ……」
彼は腕組みしてちょっとだけ考えたあと、「そうだ!」と小さくつぶやいてペンをとり、即座に滑らせた。
一方、私は考えあぐねた。いつも願うのは、未だ見ぬ恋の成就。いくら何でも初対面の彼の前では流石に憚られる。当り障りのない文言を模索することにした。
彼の仕種を瞳に焼きつけながらしばし悩み続けていると、もう彼はペンを置いた。
「何を願ったの?」
敢えて尋ねるまでもなく既に短冊は私の目線にかざされていた。
『いつかまた 織姫様に会えますように 彦星より』
私の顔は熱くなる。どう返答すべきか、行動すべきか見当もつかなくなり、ドギマギしてうつむき加減で手で鼻をこすったり、唇を噛んだりするばかりだった。
最初、彼は平然としていたが、私のそんなただならぬ様相から悟ったのか、同様に照れ臭さを漂わせ始める。仕舞いには頭をかきながら唇を緩めた。
「いやあ、深い意味は……七夕に因んだ……だけ……」
彼も少ししどろもどろに返してくる。
「──そうね、せっかくの七夕ですものね……」
私も意を決して、ペンを握った。
『いつかまた 彦星様に会えますように 織姫より』
二人は短冊を目線にかざしながら笑い合った。
私は彼をある一角へ案内した。ここは社殿の横で、他所よりもひっそりとして、飾られた短冊も幾分少なめに見える。ゆえに純真な(?)切なる乙女心を聞き入れてもらえそうで、毎年ここの笹に願いを込めている。私のお気に入りの笹なのだ。
早速、彼は短冊を笹の一番高い所に飾った。と、私が自分の背丈に合わせ、目線に結ぼうとしたところをそっと奪い取って、自分の短冊の横にしっかりと結わえてくれた。彼のそんな大人びた行動に、またもや顔が火照り出したので、わざと明後日のほうを向いて凌いだ。
しばらくその場にとどまって、お互いの学校生活についてしゃべった。儀式を終えてしまった二人には最早こんな話題しか思いつかない。異性との時間を埋める効果的な対処法なんて知りはしないし、授業でも教わってない。
──もっと実社会で役立つ実践的なスキルを教えてよ!
──それが真の教育ってものじゃないの!
ここで教育に関する頓珍漢な恨み節をぶちまけても詮無き事、経験がものを言うなんて百も承知。だけど、どこの世界に恋にまつわる経験豊富な一三歳がいるのだ。恋に恋するだけが精一杯のお年頃ではないか。自分で言うのも何だけど、私みたいに幼気な女の子にそれを求めても無理な話。
──何ができるの?
──これで人生が決まるかもしれないというのに!
──誰か、お願い!
──今すぐ恋の手ほどきしてちょうだい!
でも、辺りには恋の指南役など見当たりそうにないので、こんな他愛もない話に終始するしかなかった。一秒たりとも時間を持て余すなんて絶対に避けねばならないのだ。
彼との心の距離を詰めるべく必死に話題選びに専念していたら、彼が急にソワソワし始めた。「ちょっとごめん」と詫びて、傍にいた中年の男性に時間を聞く。妹との待ち合わせの時刻が二十分後に迫っていたのだ。どうやら祭りのクライマックスまで一緒に見届けるのは難しいようだ。残念極まりないが、私は、「行きましょう」と言って彼を促すと、仕方なく二人してその場を離れた。話の続きは駅へと移動の道すがらということになった。
境内の入り口付近にはテーブルが設けられてあり、短冊の束とペンが用意されている。社殿を取り囲むようにずらりと立てかけられた笹が、飾られた短冊ともども風に揺さ振られる光景は壮観だ。
俄かに人波が押し寄せつつある。クライマックスの時刻が迫っているせいだ。
「わたし、毎年、短冊を飾るの、願いを書いて。あなたも……どう?」
幾分遠慮がちに問いかけてみた。
「うん。神様の前を素通りはできないよね……でも、何を願うかなあ? 君は決めてるの?」
「いいえ……まだ……」
「何にしようかなあ……」
彼は腕組みしてちょっとだけ考えたあと、「そうだ!」と小さくつぶやいてペンをとり、即座に滑らせた。
一方、私は考えあぐねた。いつも願うのは、未だ見ぬ恋の成就。いくら何でも初対面の彼の前では流石に憚られる。当り障りのない文言を模索することにした。
彼の仕種を瞳に焼きつけながらしばし悩み続けていると、もう彼はペンを置いた。
「何を願ったの?」
敢えて尋ねるまでもなく既に短冊は私の目線にかざされていた。
『いつかまた 織姫様に会えますように 彦星より』
私の顔は熱くなる。どう返答すべきか、行動すべきか見当もつかなくなり、ドギマギしてうつむき加減で手で鼻をこすったり、唇を噛んだりするばかりだった。
最初、彼は平然としていたが、私のそんなただならぬ様相から悟ったのか、同様に照れ臭さを漂わせ始める。仕舞いには頭をかきながら唇を緩めた。
「いやあ、深い意味は……七夕に因んだ……だけ……」
彼も少ししどろもどろに返してくる。
「──そうね、せっかくの七夕ですものね……」
私も意を決して、ペンを握った。
『いつかまた 彦星様に会えますように 織姫より』
二人は短冊を目線にかざしながら笑い合った。
私は彼をある一角へ案内した。ここは社殿の横で、他所よりもひっそりとして、飾られた短冊も幾分少なめに見える。ゆえに純真な(?)切なる乙女心を聞き入れてもらえそうで、毎年ここの笹に願いを込めている。私のお気に入りの笹なのだ。
早速、彼は短冊を笹の一番高い所に飾った。と、私が自分の背丈に合わせ、目線に結ぼうとしたところをそっと奪い取って、自分の短冊の横にしっかりと結わえてくれた。彼のそんな大人びた行動に、またもや顔が火照り出したので、わざと明後日のほうを向いて凌いだ。
しばらくその場にとどまって、お互いの学校生活についてしゃべった。儀式を終えてしまった二人には最早こんな話題しか思いつかない。異性との時間を埋める効果的な対処法なんて知りはしないし、授業でも教わってない。
──もっと実社会で役立つ実践的なスキルを教えてよ!
──それが真の教育ってものじゃないの!
ここで教育に関する頓珍漢な恨み節をぶちまけても詮無き事、経験がものを言うなんて百も承知。だけど、どこの世界に恋にまつわる経験豊富な一三歳がいるのだ。恋に恋するだけが精一杯のお年頃ではないか。自分で言うのも何だけど、私みたいに幼気な女の子にそれを求めても無理な話。
──何ができるの?
──これで人生が決まるかもしれないというのに!
──誰か、お願い!
──今すぐ恋の手ほどきしてちょうだい!
でも、辺りには恋の指南役など見当たりそうにないので、こんな他愛もない話に終始するしかなかった。一秒たりとも時間を持て余すなんて絶対に避けねばならないのだ。
彼との心の距離を詰めるべく必死に話題選びに専念していたら、彼が急にソワソワし始めた。「ちょっとごめん」と詫びて、傍にいた中年の男性に時間を聞く。妹との待ち合わせの時刻が二十分後に迫っていたのだ。どうやら祭りのクライマックスまで一緒に見届けるのは難しいようだ。残念極まりないが、私は、「行きましょう」と言って彼を促すと、仕方なく二人してその場を離れた。話の続きは駅へと移動の道すがらということになった。