それからしばらく、わたくしのスローライフは快適そのものだった。お爺さまお婆さまと一緒にのんびりとした山奥暮らし。そう、こういうのでいいのよ。
婚約フラグをへし折るために無理難題を押し付けた結果、ストーカー連中はわたくしの無茶振りに応えようと全国各地に飛び回り、それぞれ宝物を探しているらしい。
良心が痛まないといえば嘘になるけれど、平和な暮らしのためには多少の犠牲はつきものだろう。
「なのに……どうしてこうなったの」
男たちは、ほどなくしてわたくしの要求したものをそれぞれ持ってきた。けれど、結果としてそれらは、どれひとつとして本物ではなかった。
まずは一人目。イケメン代表、石作さま。
「……石作さま、こちらは?」
「花です」
いや、それは見ればわかる。爽やかフェイスに騙されそうになったけれど、わたくしが彼に要求したのは鉢だ。花ではない。一文字違いが惜しいけれども。
「姫がご所望になられた『仏の御石の鉢』は、全国を探し回っても見つかりませんでした」
「ならお約束通り、今回のお話はなかったことに……」
「ですが、ふと足元の花を見てあなたの麗しい顔が浮かんだのです」
「はあ……?」
「ありもしない物を探し求めあちこち旅するよりも、あなたを思う心、そしてお側に居る時間の方が大切なのではと気付き、こうして戻ってきた次第です」
「……」
さすがイケメン。要求を叶えられなかった言い訳すら様になっている。
月の都で婚約者から袖にされ続けたわたくしはこの手の扱いに免疫がなく、迂闊にも一瞬ときめいてしまったけれど、きっとこんな言葉がすらすら出てくるということは、いろんな女の子を日頃から口説いているに違いない。
その証拠に、さっきからわたくしの反応を自信ありげな表情でちらちらと見てくる。危ない。騙されるところだったわ。
「ふん、そんなのは所詮、女の望むものひとつ用意できなかった言い訳だろう」
「車持さま……」
そして二人目。尊大な態度の車持さま。
「かぐや姫。僕は見事『蓬莱の玉の枝』を持ち帰ったぞ」
「まあ……美しい宝玉の枝ですわね」
「そうだろう。過酷な船旅をして蓬莱まで赴き、数多の苦難を乗り越えようやく手に入れた至高の宝だ」
鼻持ちならない成金坊っちゃんな印象だった彼は、財力に頼ることなくいかに自ら苦労して枝を持ち帰ったかを語った。
鏡の反射の光を受けて煌めく美しい枝は、まさにわたくしが所望した宝だった。
適当に言っただけの品が、まさか実在していたなんて。
「さあ、かぐや姫。これで僕と結婚してくれるだろう?」
「えっと……」
敗けを認めたように悔しそうな石作さまと、あるはずないと思って要求した物を目の前にお出しされたわたくしが困惑していると、ふと何やら屋敷の入口が騒がしい。
「ああっ、お客さま! 今は他のお客さまがお見えですので、勝手に上がられては困ります」
「すみませんね、私はその客に用があるんですよ!」
そんな大声を上げながら、お爺さまの制止を振り切り見知らぬ男が部屋にやって来て、わたくしたちは思わず唖然とする。
「あの……お爺さま、そちらの方は?」
「それが……何かの職人さん? らしいんだが……」
「姫、お話中失礼します。私の用事はすぐに終わります故……。……さて見付けましたぞ車持皇子、『蓬莱の玉の枝』の代金、払ってもらいましょうか!」
「えっ」
「ぐ……っ、こんなところまで押し掛けなくてもちゃんと払うと言っているだろう!」
「いいえ。本来の支払い期日は昨日です。急ぎで作らせたのですから、特急料金も込みできちんと払ってくださいませ!」
職人さん。代金の支払い。急ぎで作らせた。青ざめた車持さまの顔。
「ええと、つまり、偽物……?」
「くそっ……もう少しだったのに……!」
危うく詐欺に引っ掛かるところだった。無駄な高額出費となってしまった車持さまには少し申し訳ないけれど、嘘の武勇伝まで披露して偽物を作らせる方が悪い。
そのまま職人さんに引きずられて、財も愛も信頼も失った車持さまは虚無にまみれた顔で去っていった。
石作さまもお爺さまに促されて部屋を出ていったけれど、玄関先で出待ちしていたのか、別の女の子の声がしたのは気のせいだと思いたい。
とりあえず、二名リタイア。まともな求婚者がいなかった。
二人が持ってきた野花と偽物枝は、とりあえず部屋の隅にでも飾っておこう。
「……」
「あ、阿倍さま!? いつからいらっしゃったのですか!?」
「……代金を、の辺りから」
「職人さんとご一緒に来られたのですね……気付きませんでしたわ」
いつの間にか来ていた三人目。寡黙な阿倍さまは、自慢の筋肉で獲得したという『火鼠の皮衣』を片手にやって来た。
火に強く燃えないとされるそれが本物か確認するために、わたくしは受け取った瞬間、手近にあった火鉢へと放り投げる。
「!?」
すると、布はあっという間に炎に飲み込まれて燃えてしまった。
「あらあら、燃えてしまいましたわね。残念ながら、これは偽物です」
せっかくの贈り物を容赦なく燃やすなんて悪役令嬢ムーブをかましてみるけれど、阿倍さまは驚いたような顔をした後、灰になったそれを見てすぐに納得したように頷いた。
「……そうか……なら、これは戦闘には使えないな。残念だ」
「火の中で戦うことを諦めてなかったんですね!?」
「……『火鼠の皮衣』を、また探してくる。今度こそ、炎の中でも戦えるように」
「そんな状況はそもそも来ないで欲しいですわね……」
この人は本当にわたくしのことを好いていたのかしら。いっそ屋敷の周りに居続けたのも、何らかの修行の一環だったのでは?
然して残念さを引きずらぬ様子で、阿倍さまは次の冒険にでも向かうかのように、意気揚々と旅立って行った。
「……おい、姫」
「あら、大伴さままでいらっしゃったのですね」
「やっぱり俺に対する態度だけ悪くないか……?」
格好つけたように襖に寄り掛かる四人目。元婚約者似の大伴さまの登場に、つい態度が雑になるのは仕方ないだろう。
本人ではないことはわかるけれど、わたくしを捨てた挙げ句断罪した男に顔も性格も言動も似てるとなれば、当然嫌悪感マックスだ。
「……『龍の首の珠』はお持ちではないのですね?」
「ああ、おまえが場所の情報をくれなかったからな。龍を探しにあちこち回って、大変だったんだぞ。登山しては遭難して、船出しては嵐に巻き込まれて……」
「まあ。不幸体質なんですの?」
「主人公気質だったはずなんだけどなぁ」
「わたくしはあなたみたいな主人公嫌ですね」
「なんだと!?」
軽口を叩き合いながらも、彼は襖に寄り掛かったまま部屋に入ってこようとはしなかった。
せっかくのわたくしとの面会なのに、近付こうともしないなんて珍しい。そもそも目も合わせようとしないのは、些か失礼なのではないか。
そう思ったけれど、車持さまと違い先程語った苦労話は本当のようで、遠目にもあちこち怪我を負っているのが見えた。もしかすると、視線が合わないのも、目が見えにくくなってしまったのかもしれない。
「大伴さま……あなた……」
「ん? なんだよ」
「……いえ」
格好付けの彼は、それをわたくしに知られたくないのか、頑なに近付こうとはしない。
だからわたくしも、謝ったりはしないことにした。彼の自尊心まで傷つけたりはしたくなかった。
「……おまえの望むもん、見付けられなくて悪かったな」
「べつに……あなたには期待していませんから」
「ちぇ。最後までつれないな……」
「……わたくしなんかを好きでいても、大変なだけですわ。よくわかったでしょう? さっさと諦めて、他所で幸せになってくださいな。あなた、顔だけはいいんですから」
「ははっ、そうかよ。……簡単に他の女を好きになっても、おまえは気にしないのか?」
「そうですね……断罪さえされないならお好きにどうぞという感じです」
「ははっ、なんだそれ」
そうして最後まで軽口を交わしながら、大伴さまは去っていった。
元婚約者ともこれくらい気兼ねなく話せていたら、違う結末もあったのかもしれない。なんて、少し感傷に浸ってしまう。
「殿方たちの好意を無下にするわたくしには、そんな資格もないのだけど……」
そしてしばらくすると、五人目がやって来た。怪我を最後まで隠し通した大伴さまと反対に、線の細い石上さまは人に担架で運ばれながら部屋に入ってくる。
「!?」
「す、すみません、こんな姿で……実は、燕の巣を覗きながら『燕の子安貝』を探している時、落ちて腰を打ってしまって……」
「まあ、大変……! えっと、野花ですが、お見舞いの品としてよければ」
「ありがとうございます……姫様のお優しい御心に癒されます」
先程貰ったばかりの他の男からの贈り物をそのまま横流しするなんてちょっとだけ良心が痛むけれど、他にお見舞いの品がないのだから仕方ない。
というか、お見舞いされる側が来るってどういう状況なのだろう。
「それで……こんな怪我では探し物を続けるのは難しくて……」
「そうですわね、無理はなさらず……」
「姫様の望む『燕の子安貝』は見付けられませんでしたが……子安貝って、安産のお守りですよね?」
「え……?」
「ボクにそれを頼んだってことは、ボクと家庭を築きたいっていう遠回しなアピールなんだって気付いたんです」
「は……?」
気弱系キャラどこに行った。ポジティブ解釈を通り越して、妄想をさも現実のように語り始めた石上さまに、いっそ恐怖を感じる。
「……姫様。腰が治り次第、ボクと祝言をあげましょう」
「え、いや……」
「大丈夫ですよ。お守りなんてなくても、きっとボクと姫様に似た可愛い赤ちゃんが産まれます」
「ひえ……」
腰が余程悪いのか担架に寝転んだままの身動き出来ない様子の石上さまは、それでもうっとりとした表情でわたくしとの未来を語る。
さすがに担架で運んできた人たちも恍惚とした彼の様子とドン引きしたわたくしの様子で状況を察したのか、頷き合った後、彼を運んで出て行ってくれた。
誰より重傷なのは少し気の毒だけど、おそらく断りを入れたとて理解もしないであろう彼の様子は、それを上回る恐怖だった。
「あれっ、ちょっと待ってよ。まだ話は終わってないんだって。姫様……姫様ー!」
石上さまの声が遠ざかり聞こえなくなって、わたくしはようやく人心地ついた。
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