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「あ、香恋おはよー」

「果帆《かほ》ちゃん、おはよ」

果帆とは小学校からの友達で私の親友だ。果帆は私の前の席に座り、机脇のフックに鞄を掛けるとすぐに振り返った。

「その顔だと涼真くんのリクエスト、カレーだったんだ?」

私は頬を染めながら、こくんと頷いた。

「果帆ちゃん、どうしよう……ついに今日で恋カレー100回目なの!」

「あー、マジか。アタシまで緊張するじゃん。恋カレーのおまじない、今まで試したことある子知らないからさー。だって好きな人に100回カレー食べさせるってなかなか難しいよ。おまけに人参はハート型の人参じゃなきゃダメなんて難易度高すぎっ」

そう。果帆から聞いた話だが『恋カレー』は、私たちが生まれるずっと前から都市伝説のように受け継がれているおまじないらしい。
 

 そして──この『恋カレー』の恋が叶う条件は全部で三つある。

 一つ目は、相手のことを考えて愛情たっぷりに手作りすること。

 二つ目は、恋カレーの中の人参の形はハート型であること。

 最後は、この恋カレーを意中の相手に100回食べさせること。

 この三つの条件を達成できた時、カレーを食べ終わると共に目の前の意中の相手と両思いになれるらしい。

「そうだよね……私もまわりに試した人、誰も知らないもん。はぁ……いまから緊張してきちゃった」

果帆がクスクスと笑う。

「もうさっさと告白しちゃえばいいのに」

「え! 無理っ!涼真に好きとか言って、今の関係ギクシャクしたくないし……でもかといって……」

 昨日校舎裏で偶然見かけた、涼真とサッカー部のマネージャーの女の子の姿が蘇ってくる。

「かといって、とられたくないんでしょ? 」

 果帆が、栗色のショートカットをさらりと靡かせながら耳にかけた。 

「うん……涼真にさりげなく聞いたら次の試合の話だって言ってたけど……そんな雰囲気に見えなくて……」

「そっか。いやしかし、香恋もなかなか根性あるっていうか、慎重って言うかさー。アタシにできることはないけど、大丈夫!恋カレーのおまじない、うまくいくこと願ってるよ。ほら、笑って」

 果帆は夜のことを思うと不安と緊張で俯きそうになった私の額を指先で弾きながら、にこりと微笑んだ。

「果帆ちゃん、ありがと」

「いいえ。どういたしまして」

チャイムと同時にガラリと扉が開き、数学教師が教師へと入ってくる。私は雲ひとつない晴れ渡った青空に涼真を思い浮かべながら、大きく深呼吸した。