「…お店、どんなだろう。たのしみ」
「ねー」
「知恵ちゃん!」
激しいクラクションの音がして、思わず振り返ったら真後ろに那由多がいた。赤信号をくぐり抜け、背後では運転手の怒号が届くのに、構わず、私の服の裾を強く掴んで笑っている。
でもすぐに私の隣にいる西先輩を見て、顔を左右に振った。必死な顔で私の手を掴み、自分側に引っ張る。
「…なに、那由多。はなして」
ふるふる顔を左右に振って離さない。抵抗してもぐいぐい強く引くから、ついにその手を振り払った。
「離してよ気持ち悪い!!!」
「、」
「…っあんたの子守りなんかもううんざりなの」
涙があふれてしまったら、なに、喧嘩? とすぐ近くを人が通りすがった。人目から逃れるように鼻を啜り、涙を拭って先輩の手を引いて歩き出す。信号は青になり、その時那由多がどんな顔をしていたのか、私はまともに見ようともしなかった。
「知ー恵」
大学構内でとん、と肩を叩かれて飛び上がる。そこで思いっきり振り向いたら、同じように少し驚いた様子の理加が手を引っ込めた。
「…なんだ、理加か。びっくりした」
「…ごめん、そんな驚くと思ってなかったから。…なに、なんかあったの?」
「ううん」
那由多の手を振り払ったあの日から、正直毎日気が気でなかった。どこかで那由多に見られてるんじゃないか、追いかけられてるんじゃないか。那由多はそもそも大学に来たことがないから、そんなわけ絶対にないのに、だ。
気を確かに持たないと。大丈夫なんだから。鞄からスマホを取り出し、おもむろにタップする。
「…ねえ知恵。ゼミの教授から聞いたんだけど、必修科目受けなかったって、ほんと?」
「ああうん」
「…ああうんって…教授、めちゃくちゃ心配してたよ。それでね、あたし話つけてもらって、ほら今まで知恵授業態度めちゃくちゃ良かったじゃん、無遅刻無欠席だったし! それで教授が特別に課題レポート出してくれたら、その単位出してくれるって! やったじゃん知恵、」
「ごめんちょっと電話」