朝のアルバイトに入っているからいるのは当たり前なのに、そのとき那由多のことが完全に頭から抜けていた。店先で話す私とおばさんのすぐ後ろにいた那由多と、目が合う。
いつもにこにこしている那由多がその時全く笑っていなくて。真顔のまま固まっているから私は訝しみ、おばさんは「おーい」と彼の前で手を振ってみせた。
「あー、だめねショックで固まっちゃってる。那由多くん、知恵ちゃんのこと子どもの頃からだーいすきだもんねー」
「…ちょっと、やめてよおばさん」
「うふふ、そうよね。デート楽しんできてね! 心配しないで、那由多くんはおばさんがちゃーんと責任取って貰い受けるからね」
冗談めかしながらさあ仕事仕事、と那由多の背中を押して中に入っていくおばさんを見送ったら、那由多が、また私に振り向いた。笑顔じゃない真っ直ぐな飴色がどこか不気味で、私は、目を逸らす。
長い付き合いだ。那由多の言わんとすることは、目や表情で、手に取るようにわかるつもりでいる。でもその日はじめて、知らない那由多の〝色〟に出逢った。よく思っていない、ただそれだけはなんとなく理解していた。
その目が以前、先輩をはじめて見た時と全く同じものだったからだ。
そしてそれは、私が先輩と付き合い始めて一、二週間が経った頃。
「…あれ?」
朝、那由多のいる花屋でおばさんと立ち話をして、そのあと自転車で先輩の家に行く予定だった。花屋まで確かに乗ってきたのに、バッグを探しても鍵が、ない。
「うそ、なんで?」
自転車にさしたままになっているわけでもないし、確かに鞄のポケットに入れたはずなのに。上着のポケットやスカートを確認しながら慌てていると、ふと那由多に目がいった。
手を前に組んで、床を見ながら、不安そうに背中を丸めて揺れている。それをまっすぐ見つめていたら一瞬目があって、でも怯えたように逸らされた。
那由多の、癖。
那由多が悪いことをした時にする癖。
「…那由多が隠したの?」
「…」
「ねえ、」
踏み込んだら壁に半身をぶつけた拍子に、那由多の後ろに何かが落ちた。赤いリボンの付いた、鈴付きの。
私の自転車の鍵だ。
「…いい加減にしてよ」
はらわたが煮え返りそうだった。すぐに前に出て鍵を取れば怯えた那由多が俯いて小さく声を漏らす。
「…ごめんなさい」
「なんなの? …私が先輩と一緒になるのがそんなに嫌!?」
「ちょっと何、どうしたの?」