「にしくん! こんにちはー!」
「はいこんにちは。那由多くん今日、キマってんね」
「お母さんが、でーとこうでしてくれました」
「そっかー」
そんなの、知らなかった。
確かにいつも似たようなモスグリーンのニットとか、ネイビーのトレーナーばっかり着てるイメージがある那由多が、今日に限ってはベージュのタートルネックなんか着ちゃって、コートを羽織っていたから小洒落ているなとは思った。
かと言ってそれ以上何を思うでもなく先輩に視線を滑らせたら、軽く笑って少し寒そうに脇の下に両手を入れながら、「やほ、」と話しかけてくる。
「ここすぐわかった?」
「はい。思ったより出店とかしっかりしてて、びっくりです。先輩出番終わりですか?」
「や、本番14時から。それまで何回か合わせとか色々中ですんだって! もー建物の中に一生いたい」
「それじゃ一緒に回れなさげですね」
「だねー、けどま、良かったよ。那由多くん喜んでくれてるし」
少し離れた距離で口に運び損ねたポップコーンを寄ってきた鳩に取られ、それでもいくつかを鳩に与えて喜んでいる那由多を見て、先輩は微笑む。あれでは、そのうち周辺が鳩だらけになってしまうだろう。
「…寒いから、先輩風邪ひかないように気をつけてくださいね」
「羽柴も」
これあげる、と未開封のカイロを握らされて、その片手が想像以上に冷えていて驚いた。それでも触れられたことにどぎまぎしている私に、先輩は構わず「それじゃ楽しんで!」と肩を窄めながら行ってしまった。
本日のメインイベントが終わってしまったからと言ってすぐ帰るのも忍びないし、せっかく先輩から譲り受けたチケットだ。寒空の下長時間じっとしているのは堪えるけれど、あたたかい飲み物を手に那由多が行きたいところに付き合って、その間那由多が寒がるような素振りは、一切なかった。本当に子どものときから、何一つ変わらない。
「ねー、あれ見て」
「イケメンが風船貰いに行ってる」
「かわいー」
ベンチに腰掛けながら、中高生くらいの女の子たちの声の方向を辿る。
このイベントのマスコットなのか、大きなうさぎの着ぐるみが風船を配っていて、その周りは明らかに小学生以下の小さな子達だらけだと言うのに、一切物怖じせずポップコーンバケツを提げたまま、列に並んでいる那由多が見えた。