「あ、そうだ。お近づきの印に、これ。良かったら」
しばらくにこにこしている那由多にかっこいいね、って笑っていた先輩だったけれど、気がついたように上着の内ポケットから何かのチケットを二枚取り出した。
「なんか今度知り合いがイベントするらしくてさ。普通に昼間、総合公園みたいな広場で出し物、的な。屋台とか結構出るらしいし、楽しそうだから今度の日曜、空いてたら是非」
「え、でも先輩は」
「俺音響でちょっと協力頼まれてんだよね。空いてる時間に会えるかもだけど、ずっと一緒にはいられないから友だちとかと来なよって、羽柴のこと元から誘おうと思ってた」
那由多くんと是非、とチケットを握らされて、隣から見ていた那由多がこれでもかと言うほど覗き込んできてチケットが見えない。那由多近い、と怒ったら、明るい茶髪の間からにへ、と笑われた。
今度の日曜…は、予定がないけれど。那由多を見たら西先輩が「出店、ポップコーンとかあるよ」と伝えて、那由多が「いく!」と二つ返事で飛び跳ねる。
「で、でも那由多」
「あら、知恵ちゃん?」
顔を上げたところでチリリン、と自転車のベルの音がして、私たちの後ろに誰かが停車した。那由多のアルバイト先で、私の知り合いでもある花屋の店主のおばさんは私たちを見ながら「あら、あらあらあら」とママチャリの両立スタンドを立てる。
「なーに、知恵ちゃん! 色男に囲まれて、いいわねえ!」
「はは、じゃ、そゆことだから。まぁ来れたら来てよ、せっかくだし」
「あ、ちょっと先輩!」
「那由多くん、バイバイ」
ばいばーい、と手を振る那由多に笑って、その姿が左右を確認して道路を渡り、去っていく。上機嫌で音符を飛ばしている那由多に構わずチケットを眺めていたら、おばさんに肩をぶつけられた。
「やだなにっ、修羅場だった!?」
「違います。おばさん、どこ行ってたんですか?」
「ちょっと急ぎの郵便出しに行かなくちゃいけなくて、そしたら角で鈴木さんとこの奥さんと会っちゃって。ホラ、最近まで旦那さん入院してたじゃない? うっかり立ち話で盛り上がっちゃって」
「那由多、一人じゃ店番出来ないんです。レジも出来ないしお花だって包めない。前から何度も言ってますよね。お願いだからひとりにしないでください」
こんなのは八つ当たりで、おばさんに言ったって仕方のないことなのに。
それでもこの心の蟠りをどうにか逃がしてやりたくて、結局おばさんに当たって私はその場を後にしてしまった。