…知り合いだって、気づかれたくない。
「…な、なんでしょうね。逆ナンかな。行きましょっか」
「でも、なんか様子おかしくない?」
「ねえ、先輩、」
「あ! 知恵ちゃん!」
なんで、呼ぶのよ。
呼ばれた瞬間に心臓が落っこちたみたいな気分に駆られて、全部が台無しになる。それで仕方なく顔を上げれば、遠くで那由多が助けを乞う子どもみたいな目を向けてくるから、腹を括って横断歩道を渡ってその場に行く。
そうすればたた、と店頭から降りて来た那由多が彼女達から逃れようと、私の背中に身を隠した。
「…え、なにそれ、彼女持ち?」
「早く言ってくれればいいじゃんね」
「てか彼女の背中隠れてんの何、ウケる」
さっきまでちやほやしていた熱が一気に冷めたのか、那由多をよく思っていたその子すら落胆したように「行こ」と言われてその場を去っていく。
…こんなことが、はじめてじゃなかった。今までにも何度かあった。那由多は、見た目がいいからだ。でも。なんで久しぶりのこれが今で、
先輩の前なのだろう。
「…那由多、もう行ったよ」
「…」
「服の裾、引っ張らないで。伸びちゃうから」
「羽柴」
次の信号で横断歩道を渡って来た先輩に、背筋が伸びる。それで笑いながら後ろ手で店に戻っての仕草をしても、那由多には通じない。そもそも見てもいなかった。それで私より背の高い那由多がひょこ、と私の後ろから姿を現してしまい、その笑顔に先輩もつられて軽く笑う。
「あー…、えっと、知り合い?」
「あ、はい…まぁ」
「彼氏?」
「違います! 幼馴染みで…えっと」
どう説明しようか、と悩んでいたとき、那由多は静かに先輩を見つめていた。
その真っ直ぐな瞳が西先輩が持つそれとは違うもので、そんな瞳で那由多が誰かを見つめるのを、多分、その時初めて見た。底の知れない、澄んだ無垢。けれど、西先輩が小首を傾げたことで、その飴色の瞳が微笑んで、突然大きな声を上げる。
「一ノ瀬那由多です! いつも、知恵ちゃんにはおせわになってます!」
「ちょっと!」
「あはは、そうなんだ。俺、西 圭一郎ね。俺も、羽柴にはいつもお世話になってます」
「先輩まで、」
「…にしくん? にしくん!」
「いや那由多、先輩だから!」
「あは、西くんね。うんいいよ、よろしくね那由多くん」
「よろしくお願いします!」
「めっちゃ元気だ」
なんだこのカオスは、と青ざめて二人を交互に見るけれど、那由多は相変わらずご機嫌な様子だったし、先輩に関しては私にすぐ目配せをして来て、那由多の「意味」を理解したようだった。