「…っは、っは、」
「待てやこのクソガキぃっ!!」
王城の下街をジグザグとひたすら駆け回る。大人の足の間をすり抜け、時には屋台の台の下も潜り抜けてひたすら逃げる。手には見張りに立っていた衛兵のポケットに入ってた鍵。今回の仕事の依頼内容だ。
(やばいな…どうしよう。他の奴らも来てだんだん人数が増えてる。巻けそうにない…)
「ソウスケっ!」
聞き慣れな声が上から降ってきて走りながら見上げるとボブの女の子のシルエット。立ち並ぶ店の上をソウスケと並行して走っている。
しかしその身のこなしの軽やかさはソウスケより圧倒的だ。
夜空をバックに駆けるそのシルエットは、ソウスケの姉、ミヨリだ。
「姉ちゃん!」
「あ、ソウスケ前見て!」
慌てて前を見ると大きな荷馬車が道を横切っていた。慌てて下に潜り込み、轢かれないように急いですり抜ける。その動きは危なっかしく、ミヨリのように華麗にスライディングしていくなんてのとは全く違う。
「おい小僧!止まれっつってんだろ!」
「どうしよう姉ちゃん!逃げれそうにない!」
走って走って、何度も躓きながら必死で逃げ回りながらミヨリを見上げてくるソウスケを見て、ミヨリは今日はそろそろもういいか、と思った。
「ソウスケ。パス!」
ひょい、とジャンプをして地面に降り立ち、そのまま走り出してソウスケの前を一瞬で走り抜ける。そのタイミングに合わせて鍵を差し出す。
「ナイス。」
小さくソウスケにそう発すると駆けて行き、壁を登って上に行く。そして走り出し、地面に降りたり上がったりを繰り返すうちに、ミヨリはいつの間にか見つけられなくなっていた。
一方ソウスケは任務の遂行義務がなくなったのでサッと裏路地入り、市場への秘密通路に入っていった。
********
「も〜ソウスケは私がいないとダメね〜!」
「うん…。」
「はぁ〜。もうそんな、落ち込まないの!」
地べたにあぐらをかき、項垂れてるソウスケを見てミヨリ眉を下げて笑う。ぐしゃぐしゃとソウスケの髪の毛をかき回す。
「ほら、明日は特訓の日でしょ!早く寝な!」
「うん。」
********
「姉ちゃーん。怪我したぁ〜…。」
「もーそのくらい慣れなさいよ!はいこの先ソウスケの苦手な壁登りっ!」
「う、うん…。」
********
いつも姉に甘えてばかりだった自分。
頼り切っていたくせして、姉に興味を持とうとしていなかった自分。
そんな自分に、罰が当たったんだと思う。
********
「遅いなぁ〜姉ちゃん。」
ある日の夜中。俺はなかなか帰ってこない姉ちゃんを待っていた。
ダ、ダダ、と、重たい足音。振り向くと入り口には姉ちゃんが。けど、明らかに様子がおかしい。
「姉ちゃん…?どうしたの…姉ちゃん!?」
腹部に手を当て、苦しそうに顔を歪めながらよたよたとソウスケの元に歩いてくる。
地面に垂れた血は引きずられた足の形跡をなぞるようにして擦り付けられていた。
「姉ちゃんっ!?姉ちゃんっ!!」
「…ソウスケ、ごめ、んっ…。」
限界が来たのだろう。いや、ここまで歩いて来れた方が奇跡だ。がくりと姉ちゃんが崩れ落ちた。
慌てて駆け寄って見ると腹部が斬られている。ダメだもう、助からない。
「ごめんね…私が、弱かったから…。やられちゃったよ…。」
弱々しい声で眉を下げて笑った。なんで、この期に及んでこの人はあくまで俺に謝るんだろう。俺を安心させるために笑うんだろう。
「姉ちゃんは弱くなんかない…っ!!」
「……ソウスケ。聞いて?」
真剣な声に、思わず唾を飲み込んだ。
「前に、さ。「大切な人はいつもいるもの」って…言ってた、でしょ…?…あれ…よく考えてみて…っ。」
姉ちゃんはゲホッ、ゲホッと、咳をした。その拍子に吐血し、腹部からも血がさらに流れ出る。
「喋らないで!傷口が開く!」
「…ごめんね。…でも、これだけは言わせて…。」
「…なに…?」
姉ちゃんは傷口を刺激しないように、ゆっくりと深呼吸をした。
そして小さな声を少しでも多く空気に乗せるかのように大事に大事に、言葉を言い始める。
「ソウスケは、優し、すぎるよ。…君には多分…ダークヒーローは続けられない…。だから…昼の、世界で…。元気に生きて…。」
「で、でも俺は…っ!」
「優しいソウスケには…明るくて、あたたかい、昼の方が似合うよ…。今からでも…遅くない…。」
「俺は…。」
「ソウスケに、安全な世界へ行ってほしい…その優しさを、仇と取られない世界で、生きてほしい…。それが、私の…姉ちゃんの、願い、だから。」
姉ちゃんは、そう言って薄く微笑み、小さな小さな声で、ありがとう、と呟くと、…そのまま、旅立った。
********
ごめん姉ちゃん。無理だよ。
今更、昼の世界で生きていけない。これ以外にできること、知らないんだよ。俺には昼の世界で生きる術が、ないんだよ。ダークヒーローを諦めたくない。姉ちゃんのこともあるから、余計に…っ!
一晩中考えても、いや、何ヶ月考えても、俺に昼の世界に戻るなんて選択肢は出て来なかった。
───もっと、強くならないと。
それから俺は、毎日必死に鍛錬するようになった。この世界で生きる価値を得るために。
でも、そのうちに気がついた。俺は、何も知らなかったことに。
辛くても苦しくても、恨みを思い出して続けようとするたび、ハッとなる。俺の記憶の中にいる姉は、あまりに少ない。
「もっと姉ちゃんを知ればよかった…。」
大切な人と言っても、俺は姉ちゃんの誕生日さえ知らなかった。身長も、好きな食べ物も、そして…好きな花も。
大切な人は、いついなくなるか分からない。
だから人一倍、大切にしないといけない。
いつでもいるなんて、そんな甘えた考えだった自分を、本当に恨んだ。
今も姉ちゃんは、俺の心を蝕んでいる。
「待てやこのクソガキぃっ!!」
王城の下街をジグザグとひたすら駆け回る。大人の足の間をすり抜け、時には屋台の台の下も潜り抜けてひたすら逃げる。手には見張りに立っていた衛兵のポケットに入ってた鍵。今回の仕事の依頼内容だ。
(やばいな…どうしよう。他の奴らも来てだんだん人数が増えてる。巻けそうにない…)
「ソウスケっ!」
聞き慣れな声が上から降ってきて走りながら見上げるとボブの女の子のシルエット。立ち並ぶ店の上をソウスケと並行して走っている。
しかしその身のこなしの軽やかさはソウスケより圧倒的だ。
夜空をバックに駆けるそのシルエットは、ソウスケの姉、ミヨリだ。
「姉ちゃん!」
「あ、ソウスケ前見て!」
慌てて前を見ると大きな荷馬車が道を横切っていた。慌てて下に潜り込み、轢かれないように急いですり抜ける。その動きは危なっかしく、ミヨリのように華麗にスライディングしていくなんてのとは全く違う。
「おい小僧!止まれっつってんだろ!」
「どうしよう姉ちゃん!逃げれそうにない!」
走って走って、何度も躓きながら必死で逃げ回りながらミヨリを見上げてくるソウスケを見て、ミヨリは今日はそろそろもういいか、と思った。
「ソウスケ。パス!」
ひょい、とジャンプをして地面に降り立ち、そのまま走り出してソウスケの前を一瞬で走り抜ける。そのタイミングに合わせて鍵を差し出す。
「ナイス。」
小さくソウスケにそう発すると駆けて行き、壁を登って上に行く。そして走り出し、地面に降りたり上がったりを繰り返すうちに、ミヨリはいつの間にか見つけられなくなっていた。
一方ソウスケは任務の遂行義務がなくなったのでサッと裏路地入り、市場への秘密通路に入っていった。
********
「も〜ソウスケは私がいないとダメね〜!」
「うん…。」
「はぁ〜。もうそんな、落ち込まないの!」
地べたにあぐらをかき、項垂れてるソウスケを見てミヨリ眉を下げて笑う。ぐしゃぐしゃとソウスケの髪の毛をかき回す。
「ほら、明日は特訓の日でしょ!早く寝な!」
「うん。」
********
「姉ちゃーん。怪我したぁ〜…。」
「もーそのくらい慣れなさいよ!はいこの先ソウスケの苦手な壁登りっ!」
「う、うん…。」
********
いつも姉に甘えてばかりだった自分。
頼り切っていたくせして、姉に興味を持とうとしていなかった自分。
そんな自分に、罰が当たったんだと思う。
********
「遅いなぁ〜姉ちゃん。」
ある日の夜中。俺はなかなか帰ってこない姉ちゃんを待っていた。
ダ、ダダ、と、重たい足音。振り向くと入り口には姉ちゃんが。けど、明らかに様子がおかしい。
「姉ちゃん…?どうしたの…姉ちゃん!?」
腹部に手を当て、苦しそうに顔を歪めながらよたよたとソウスケの元に歩いてくる。
地面に垂れた血は引きずられた足の形跡をなぞるようにして擦り付けられていた。
「姉ちゃんっ!?姉ちゃんっ!!」
「…ソウスケ、ごめ、んっ…。」
限界が来たのだろう。いや、ここまで歩いて来れた方が奇跡だ。がくりと姉ちゃんが崩れ落ちた。
慌てて駆け寄って見ると腹部が斬られている。ダメだもう、助からない。
「ごめんね…私が、弱かったから…。やられちゃったよ…。」
弱々しい声で眉を下げて笑った。なんで、この期に及んでこの人はあくまで俺に謝るんだろう。俺を安心させるために笑うんだろう。
「姉ちゃんは弱くなんかない…っ!!」
「……ソウスケ。聞いて?」
真剣な声に、思わず唾を飲み込んだ。
「前に、さ。「大切な人はいつもいるもの」って…言ってた、でしょ…?…あれ…よく考えてみて…っ。」
姉ちゃんはゲホッ、ゲホッと、咳をした。その拍子に吐血し、腹部からも血がさらに流れ出る。
「喋らないで!傷口が開く!」
「…ごめんね。…でも、これだけは言わせて…。」
「…なに…?」
姉ちゃんは傷口を刺激しないように、ゆっくりと深呼吸をした。
そして小さな声を少しでも多く空気に乗せるかのように大事に大事に、言葉を言い始める。
「ソウスケは、優し、すぎるよ。…君には多分…ダークヒーローは続けられない…。だから…昼の、世界で…。元気に生きて…。」
「で、でも俺は…っ!」
「優しいソウスケには…明るくて、あたたかい、昼の方が似合うよ…。今からでも…遅くない…。」
「俺は…。」
「ソウスケに、安全な世界へ行ってほしい…その優しさを、仇と取られない世界で、生きてほしい…。それが、私の…姉ちゃんの、願い、だから。」
姉ちゃんは、そう言って薄く微笑み、小さな小さな声で、ありがとう、と呟くと、…そのまま、旅立った。
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ごめん姉ちゃん。無理だよ。
今更、昼の世界で生きていけない。これ以外にできること、知らないんだよ。俺には昼の世界で生きる術が、ないんだよ。ダークヒーローを諦めたくない。姉ちゃんのこともあるから、余計に…っ!
一晩中考えても、いや、何ヶ月考えても、俺に昼の世界に戻るなんて選択肢は出て来なかった。
───もっと、強くならないと。
それから俺は、毎日必死に鍛錬するようになった。この世界で生きる価値を得るために。
でも、そのうちに気がついた。俺は、何も知らなかったことに。
辛くても苦しくても、恨みを思い出して続けようとするたび、ハッとなる。俺の記憶の中にいる姉は、あまりに少ない。
「もっと姉ちゃんを知ればよかった…。」
大切な人と言っても、俺は姉ちゃんの誕生日さえ知らなかった。身長も、好きな食べ物も、そして…好きな花も。
大切な人は、いついなくなるか分からない。
だから人一倍、大切にしないといけない。
いつでもいるなんて、そんな甘えた考えだった自分を、本当に恨んだ。
今も姉ちゃんは、俺の心を蝕んでいる。