「…あ〜、今日の闘技場での相手、誰だっけ…?」

ソウスケも残っていた4分の1くらいを一気に口に突っ込む。もぐもぐしながらぼーっと空を見て言った。

「闘技場、ですか…?」
「うん。なんか、戦いたい奴が集まって戦うとこ〜。」
「へぇ…。」
「って、げ、VIPじゃん…。」
「びっぷ?ってなんですか?」
「闘技場の中でも特に強い7人。今日やるのはそいつらのうちの1人らしい…。」
「えっ、それってやばくないですか…!?」
「んー…。まぁ、相手が誰であっても戦うは戦うからな。」
「そうなんですか…。」

ソウスケのなんらかの強い意志を感じて、アイはそれ以上追求するのをやめる。

「……そんなこと言って。お姉さん、悲しみますよ?」
「…っ!?」
「ひゃあっ!!」

いつの間にそんなところにいたのか、2人とも一切気配を感じていなかった。
そこには眉をわざとらしく下げて薄く笑う男がいた。革靴にスーツ、黒髪センター分けと言った高級そうな出たち、やたらと整った顔も相俟って、恐ろしく不気味な笑いだ。

「…誰だよ、お前。」
「私ですか?今日の君の対戦相手、闘技場VIPのサトルです。」
「何しに来たんだよ。」
「ひどいなぁそんなにツンツンしないでよ。ただ君とお話ししに来ただけだよ〜。」

にこやかな笑みを浮かべるサトルを思い切り睨みつける。

「そうだ、せっかくソウスケ君と戦うんだ。お姉さんにもご挨拶したいな。生前お好きだった花はあるかな?……お姉さんの、ミヨリさんの。」
「…っ、おま…っ!!」
「ソウスケ!!!!」

サトルの口からその名前が出てきたことに信じられないと言った様子で目を見開くと、ソウスケは唐突に崩れ落ちた。

「ソウスケっ!!ソウスケってば!!」
「大丈夫かい?少し休むといい。じゃあ私は失礼するよ。」

そう言って歩き始めようとするサトルにアイはソウスケを抱えたまま精一杯の声量で叫ぶ。

「…っ、あなた一体なんなんですかっ…!?なんで、ソウスケのお姉さんのことなんてっ、」
「ちょっと小耳に挟んだだけさ?対戦相手の情報は的確に入手しておかないと。」
「……!?」
「まあお嬢ちゃんには分かんないだろうね。"こっちの世界"の話だから。ね、王女様?」
「!?どうして!」
「ああそうだ、彼、対戦までに回復するといいねぇ…。」
「ちょ、ちょっと…っ!!」

アイの言葉に振り向くことなく、サトルはこつりこつりと石畳に革靴を鳴らして歩き去る。

「……なんなんでしょう。」

あまりの不気味さに身震いするも、目の前に倒れているソウスケを見てハッとなる。

「そうだ、ソウスケ。とりあえずベンチに…。」

しかし毎日鍛えまくってるソウスケを箱入りお嬢様が運ぶのは安易ではない。

「…ぅう〜……ゃぁつ!!」

謎の叫びを発しながらなんとかベンチに寝かせることに成功。

「はぁ…。疲れました。」

ふぅ、と一息ついて、ソウスケの頭を膝に乗せる。
変な汗をかいて苦しそうに寝ているソウスケを見て、またため息をひとつ。

「ほんと、なんなんでしょうね…。」
「あっ、お、お兄ちゃん大丈夫?」
「ちょっと、サヤカ、待ちなさい!」

小さな女の子だ。慌てて呼び止めた女性はお母さんだろう。
まあ止めるのも無理はない。デカすぎるパーカーのフードをすっぽりかぶってベンチで俯いて座っていたら怪しいだろう。

(顔見えて、万が一バレちゃったらと思ってたんですが…。小さな女の子を怖がらせてしまうのはよくないです。)

「ねぇ、大丈夫?」

呼び止めたお母さんと何かもにょもにょと話した後、パタパタとサヤカが走ってくる。お母さんはどこかに行ってしまった。

覗き込んでくるサヤカを見て、フードを取る。

「うん。ちょっと体調悪くなっちゃっただけだから大丈夫だよ。」
「そう…?」
「うん。」

安心させようとしてアイはふわりと笑う。
そのキラキラとした笑顔に、サヤカはぽけーっとしてしまう。

「お姉ちゃんって、お姫様みたいに綺麗でかわいいね…っ!!」

海のように青く澄んだ目を輝かせて、憧れの目でアイを見る。
もちろんアイはぎくりとする。

「そ、そうかな…。ありがとう…」

苦笑いである。

「あの、お水買ってきたから、よかったらどうぞ。」

そう言っていつの間にか戻ってきていたサヤカのお母さんはお水のペットボトルをアイに差し出した。

「あっ、ありがとうございます!」
「いえいえ、いいのよ。…じゃあ、申し訳ないんだけどこのあと約束があるので行かせていただくわね。お大事になさって。」
「はい、すみませんわざわざ!ありがとうございました!」
「ばいばいお姉ちゃん!」
「さようなら!」

ぶんぶんと大きく腕を振るサヤカにくすりと笑ってお上品に手を振りかえす。この仕草にお貴族様みたいね、とサヤカの母が思ったのは無理もない。

「……ん…」
「ソウスケ?起きましたか?」

ソウスケは瞼を薄く開けて瞬きした。

「…ごめん。重いよなすぐ起きる。」
「いえ、いいですよゆっくりで。」
「ん…悪い。」

さすがにすぐ起き上がるのも難しいようで、ぐ、とゆっくり頭を上げる。
「お水、どうぞ。いただいたんです。」
「あぁ。助かる。」

ソウスケはペットボトルを受け取るとキャップを外して一気に半分ほどを流し込む。

「……どうしました?大丈夫ですか?」
「………嫌なことを、思い出して。」

まだ少し青白い顔で、ほんの少しだけ開いた唇の隙間からそう薄く呟いた。
すると、昔の話なんだけど、と言って、ソウスケは話し始めた。