「ありがと。部屋貸してくれて。」
「いいって〜。ってか、あれが噂の王女様?めっちゃ可愛いいね〜!」

オレンジ色のライトがついている温かな色の店内。
カウンターに腰掛け、ソウスケは店の店主、ユウと話していた。
さすが情報屋なだけあって、アイの正体は知っているようだ。千草色の髪を緩くお団子に結びながら、アイの去って行った方を見やる。
ちなみに今、アイはユウの部屋で着替えている。

「噂になってるのか?」
「うん。君が盗んできちゃったから総がかりで探してるんだよ〜。」
「俺はただ、このペンダントが欲しかっただけなのに…。」
「いやペンダントだけ取ってくりゃよかったじゃん。」
「…取り方わかんなかったんだよペンダントの…。」
「えぇ〜…。」
「……。」

バツが悪そうに目を逸らす。
ユウはため息をついてペンダントを眺める。

「あ、売る?」
「ああ。」

ユウの顔があっという間に商売人の顔へと変化する。
クイっと紅茶のカップを傾けて飲み干すと、ソウスケからペンダントを受け取る。

ピンク色のモルガナイトがはめられたペンダントの鎖を持ち、少し光に当てて見つめると、ユウは奥に引っ込んでいった。

少ししてユウは、アタッシュケースを持ってカウンターに戻ってきた。

「はい。お代。」
「ん。……なんか、安くね?」
「なに〜?なんか文句あんの?もう買わないよ?」
「あ、嘘ですすいません文句ないです。」

ユウは間違いなく怒らせたらやばそうだ。つくづくソウスケは思う。今のは冗談にしろ。

(冗談…だと信じてるが…。)

「……今度は、大切にしてあげなよ…?」
「なんで。」
「……そっか。なんでもないよ。」

そう言うとユウは深緑色の目を伏せた。2人の間に気まずいような、沈黙が流れる。

そこにトタトタと階段を駆け降りてくる音がして、アイが入ってきた。大きいパーカーとショートパンツ姿だ。

「終わりました〜!」
「お〜雰囲気変わるねぇ〜!ってかめっちゃパーカーダボダボじゃん。」
「…手出てないじゃん。袖まくれば?」
「っあ、いや、あの…。えっと、日光アレルギーでして…?」
「今日光出てないけど。」
「…いやでもあの、いつも外に肌出してないので落ち着かないと言うか…。」
「あーそう言うことなら私のアームカバーあげるよ。そのままじゃ危ないし。上の部屋の、タンスの上から2番目の引き出しに入ってるから取っていいよ〜。」
「あ、ありがとうございます!」

パタパタとアイが階段を駆け上がっていく。
それを見送るとユウは新しく紅茶をカップに注ぐ。ソウスケにいる?と目で問うけども緩く首を振る。ソウスケは紅茶が飲めないのだ。ちなみにユウは知っててわざと聞いている。
そしてガラスのジャグボトルからデトックスウォーターを注ぎ、ソウスケの前に置く。

「ってかあのパーカーソウスケのじゃん。見覚えあるよ?」
「それしかなかったんだよ。」
「え〜何彼シャツ憧れちゃった感じ〜?ソウスケやってんね〜…。」
「いやいや。悪いけど全然興味ないから。」
「うっわつまんない男〜!」
「興味あったらあったで引いてるだろおい。」
「まーね〜」
「なんなんだよ。」
「え、別に〜?」
「あ、あの…」

いつの間にか戻ってきていたアイは、仲良さげに話す2人の間に入りにくそうにしつつ、遠慮がちに声をかけた。

「ん?なんだ?」」
「この服って、どうしたらいいですか?」

そう言って見るからに艶やかなシルクのネグリジェを持ち上げてみせる。アイがもともと着てた服だ。

「あー。いる?」
「いらないです。」
「即答すぎでしょ」
「え、じゃあ売っていい?こいつに。」
「どうぞどうぞ〜」
「はいはいわかったよ…ってかこいつとか言うなソウスケ!」
「さーせん」
「もう…。うわ、こりゃまただいぶいい生地だねぇ〜。」

ネグリジェをあちこち触って検品しながらまたしも奥に引っ込んでいった。


「ユウさんがお姉さんなんですか?」
「んなわけねーだろ。嫌なんだけどあいつが姉とか。」
「ん〜?誰がこいつの姉ちゃんだって〜?ないない。そんなわけ!私はねぇ〜…?」

封筒をソウスケに手渡しながら、意味深な表情を浮かべてチラリとソウスケに目線を向ける。

「…私、ソウスケの彼女なんだよね。」

ことん、と首を傾けてニヤリとしてアイを見る。

「は?」
「えぇーー!?!?そそそそそそうなんですか!?」
「いや、違うから。全くもって違うから。」

心底呆れた様子でソウスケは否定する。焦った様子もないので弁解とかでもなさそうだ。
即バラされてしまったユウはつまらなそうな様子でバラしたソウスケをジト目で睨む。

「あーあバラしちゃった〜。うーんそうだよー。ただの友達。……友達?んー、仲間?かな…?」
「ま、そんなもんだろ。」
「へぇ〜…。そうなんですね。」

にしても、とユウはつぶやく。
同時に頬杖をついて、アイをじーっと見る。

「な、なんですか…?」
「…アイちゃんって、『お姫様!』って感じしないよね〜。」
「そうですか?」
「うん。なんかこう…偉そうじゃないっていうか、ねぇ…。…わかる?」

うまくいえないけど、とユウはソウスケに同意を求める。

「ああ。」
「あ、そうだ、ジュースあるよ!飲む?」
「いいんですか…?」。か
「うんもちろん!サービスね!あ、ソウスケの分はないからね〜。」
「はいはい。」

氷水の張られた大きなガラスの器から缶ジュースを引っ張り出し、慣れた手つきでサッと水を拭き取りアイに渡す。

しかしアイは戸惑ったように缶ジュースを眺め、持ったままでいる。

「えっとこれ…どうやって、開けるんですか…?」
「えっ!?マジで言ってる!?缶開けたことないの!?」
「はい…。」

申し訳なさげに肩をすくめる。
そんなアイに後ろからソウスケが手を伸ばす。

「ここ、持って。…そう。んで倒して…戻して…。」
「はい…。わっ、開きました!!面白いですね…!」
「そうか?」

訝しげなソウスケには目もくれず、キラキラとした目で缶を見つめ、こくんと一口ジュースを飲む。

「美味しいですっ!」
「よかったな。」

あまりのアイの無邪気さに、ソウスケが少し口元を緩める。と言っても長い付き合いのユウにしかわからない程度だ。
そんな2人をニヤニヤしながらユウは見つめていた。

「あ、そうだ。はい。」
「…湿布、ですか?」
「…さっき平手打ちしちゃったから。」

その小さな声も聞き逃さないのがユウだ。

「はぁ!?ありえないんだけど!?」
「いや、まだ手加減したし…。」
「はい。そうですよね。ありがとうございます。」

ぼそぼそと言い訳がましく反論をするソウスケ。それを無意識にアイがフォローする。

「ソウスケは元が強いから加減したって言ったって…。痛かったでしょ〜?大丈夫?」
「はい。大丈夫です。……えーっと、で、すみませんこれはどうやって貼るんですか…?」
「いっやまじかよ…。」
「貸して〜アイちゃん。貼ってあげる!」

こんなやつにやらせるかと言うかのように手を伸ばしかけたソウスケの手を追い越してユウが湿布を奪い取る。
ペリ、とフィルムを剥がしてアイの白い肌に貼る。

「ひゃ、つ、冷たいです…。」
「ふふふ。はい、できたよ。」
「ありがとうございます!」
「わぁ〜かわいいねぇ〜!!」
「わ、なんですかユウさん!」

とびっきりのアイの笑顔にノックオンされたユウがわしゃわしゃとアイの髪を掻き回しそのままぎゅーっと抱き締める。

「あれ、て言うか靴は?」
「私寝てるとこを攫われたので…。」

ユウがじろり、と音がしそうなくらい思いっきりソウスケを睨む。ほんと何してんだよ、と言う意を込めて。

「……俺これ以外靴持ってない。」
「はぁ〜…。でもなー私もこれしか持ってないんだよ。どーしようかね…あ、市場でも行ってくればどう?」
「あーそーするか。ちょうど腹も減ってきたとこだし。」
「市場…っ!」

キラっ、とアイの目が輝く。ワクワクとした表情でソウスケを見つめる。
ソウスケはそんなアイを一瞥すると立ち上がってドアの方に歩き始めた。

「行くぞ、アイ。」
「はいっ!」
「いってらっしゃ〜い。」

トタトタ、とアイが小走りでソウスケを追いかけていくのを見て、ユウはふう、と息を吐く。

「……ソウスケ、大丈夫かなぁ。」