(掴まれた腕が痛いです…。別に連れて行かれるのはいいのですが、もうちょっと丁寧に扱ってくれてもいいのではないでしょうか…。まあ攫われてる身でそんなこと言えないですよね。)

攫われた王女、アイはチラリと自分を攫った青年を見上げる。
そして小さく息をついて前を見る。いつのまにか歩いていた場所は王城周辺の森から薄暗い裏道へと場所は移っていた。
あ、また曲がった、とは思うものの、もう最初の時点で道を覚えようとするのは諦めた。どうしたって無理だ。こんなに街には路地があったものなのか。護衛をたくさんつけた状態でしか街に来たことのないアイにとっては驚きだった。

(同い年くらいなのでしょうか?でも見かけによらず結構強いんですよね…。)

なにしろさっき、青年は軽々とアイを持ち上げて城の四階にあるアイの部屋から飛び降りたのだ。
それに今引っ張られている腕だって相当痛い。


「……っ!」


急に引っ張られていた手が離れ、バランスを崩してアイは座り込んだ。見ればいつのまにか歩いていた裏路地から打ちっぱなしコンクリートの廃ビルにいた。だだっ広い部屋には何もなくて、あちこち壊れているので隙間風がひどい。


「……なんですか?」


じっと見つめたまま動かない鈍い茶色の瞳に、アイは慎重に問う。

「何が目的ですか?血が欲しいんですか?」
「そんなもん欲しくない。それ。」

彼はめんどくさそうに声を発して、アイの胸元にかけられたペンダントを指す。

「…え」
「それ、めっちゃ高そうじゃん。ちょーだい。」
「……売るんですか?」
「うん。そりゃそうでしょ?それ売ったら、最低でも1ヶ月は遊び放題だろうな。」

しかしそのペンダントは代々王家に伝わる大切なもの。
渡すわけにはいかない。

「これは…お母さまからもらったもので…っ!!」
「んだよめんどくせーな。んじゃ消えてもらうけど、だいじょぶそ?」
「えっ…。」
「どうする?ここで渡して逃げるのか、渡さずに殺されるか。」
「……。」


アイはしばらく俯いて躊躇った後、ペンダントにゆっくりと手をかけた。

チャリ。

彼の手にペンダントが乗る。

「さんきゅ。んじゃ、逃げてどーぞ〜」

ひらりと手を振って彼は歩き出した。

(これで助かった…。けど。)

「……ま、待って!!」
「あ?」
「…私っ、帰りたくないんですっ!!あんなところ、一生帰りたくなんかないんです!だから、だから…っ!」
「だから世話してくれって?無理無理。」
「お願いですからっ!!」

再び歩き出そうとする彼の足に必死で手を伸ばし、しがみつく。

(何をしてでも絶対、あんなところには帰りたくない。)

「…あのさぁ、お姫様が俺みたいな平民の足にしがみつくって、どうなのよ。」
「連れてってください!いいって言うまで離さないので!」
「……はぁ、めんどくさっ。切り落とすけど、大丈夫?」

ごそごそとポケットに手を掴んで探る。
しかしアイは表情を崩さないまま言う。

「切り落とすって言ったって、そんな道具持ってないはずですよ。」

先ほど衛兵相手に闘おうとしてポケットに手を入れ、刃物を出そうとして「あ…忘れた。」と呟いていた。結局素手で全員倒していたが。

「……チッ、聞こえてたのかよ。そうだよ、持ってない。けど」

ガコンッ

「……っ!?」

アイの掴んだ脚が思い切り振り上げられた。
その勢いでアイの手は解け、また地面に叩きつけられる。

「大丈夫?」

優しくそう言うとアイの襟首を掴み、銃を構える。
金属の無機質な冷たい気配に本能が危険を察知する。

「……っ!?」

(死んじゃうんでしょうか。でもここで撤回したらまた城に戻るだけ。そんなの嫌です。絶対諦めません。)

刺激はしないように息を潜めて黙り込む。けれど目はしっかりとした意志を物語っていた。


「…ま、いーや。」

やる気なさげに発せられる声と共に、気がつけばアイは頬に平手打ちをされていた。口の中に今まで感じたことのないような味が広がる。

ドサッ


彼の手が離れ、アイは地面に落とされた。

「じゃあね。」
「待って…っ!!」


痛みでうまく声が出ないなか必死で声を絞り出し、去ろうとした彼の背中にぶつける。

(ここで倒れてたら明らかに危ない。攫われたにしてもこの人にとりあえずはついていかないと…!!)

「んだよしつけーな。まだやられたいのかよ。」
「……っ、帰りたく、ないんです!!」
「……はぁ〜、もう、分かったよ…。一応、無駄な血は流さない主義だし…。」
「えっ…!!」

途端にアイの金糸雀色の目がパッと輝く。まっすぐな瞳を向けられて居心地が悪くなったらしい。彼はすっ、と目を逸らす。


「ん…。ちょ、ちょっと待ってて。」