「なんですかあれ…!とてつもない魅惑の香りがします…っ!」

市場ではあちこちの屋台からいい匂いが漂っている。屋台での朝食が定番なこちらの世界。午後2時くらいから朝食のために屋台が出ており、毎日たくさんの人々が仕事前のエネルギー補給にと訪れていた。

そんな美味しいもの溢れる朝の市場だが、その中でも一際アイの鼻にアプローチをしてくるこの匂いはなんだろうとアイは匂いの元の屋台をキラキラとした目で見つめる。

「ん?あー、これ?醤油醤油。そうか王宮じゃフレンチのコースみたいなもんしか出ねーのか。」
「醤油…。知識としては知っていましたが実際に出会ったのは初めてです!」
「食べるか〜」
「いいんですか…っ!?食べたいですっ!!」
「ん。ちょっと待ってて。…すいませーん肉巻きおにぎり2個ください。」

ソウスケは屋台まで歩いて行き、炭火の上で茶色くて細長い、匂いの正体のそれを転がして焼いているおばさんともお姉さんとも言えない微妙な歳の女性に声をかける。

「はいはーい。あらソウちゃんじゃないの!まぁおっきくなって…」

なんとソウスケが小さい頃からの顔見知りらしく、ソウスケの顔を見てあら、と驚く。三角巾の下の髪の毛は艶やかな栗色の髪で、パッチリとした目が印象的な美人さんだ。しかしそこまで若いわけでもなく、美しく歳をとるタイプらしい。羨ましい。

「毎回そのくだりいいから…。」
「もう、いっつも冷たいんだから〜。」

おしゃべりをしながらも棒に刺さった肉巻きおにぎりを屋台らしいプラスチックのフードパックに手早く詰める。忙しい朝の市場で長年商売をしている証拠だ。

「はい、熱いから気をつけなさいね。」
「あんがと。」

ソウスケは熱々の肉巻きおにぎりを持ってアイの元へ戻ってきた。肉巻きおにぎりはかなり大きく、ボリュームたっぷり。なんとアイの肘から手首くらいまでの長さと同じくらいだ。
アイは炭火で焼かれた醤油だれの甘辛い香りと艶やかなその見た目に完璧にロックオンされている。

「わぁ〜〜っ!!これは肉巻きおにぎりなんですね…っ!!なんて美味しそう…。」
「ほら、はいこれ。食べよーぜ。」
「ありがとうございます…っ!いただきまーすっ!!」
「いたーきまーす。」

アイは待ちきれないといった様子で肉巻きおにぎりにかぶりつく。口いっぱいに広がるお肉の旨みとじゅわりと溢れる肉汁。そこに絡みつく醤油だれの病みつきになる甘辛さ、鼻に抜けるその香ばしい香り、それだけだと濃く感じるそれらの味を華麗に受け止めるご飯はなんともち米でできていて炊き方も絶妙。もちもちさが最大限に生かされている。
この肉巻きおにぎりの全てがアイの空腹な身体を刺激して、アイは言葉が出なくなるほどの幸福感でいっぱいになり、パァっと目を見開く。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!おい…っしいです〜〜〜〜っ!!」
「ほんとエマさんの肉巻きおにぎりは昔から絶品なんだよな…。」
「やばいです…っ!!こんなに美味しいの初めてです…!!」
「よかったな〜。」
「…ところで、なぜおにぎりなのに棒に刺さっているんですか?」
「あーほら、それは市場特有の。朝って仕事前で忙しい人が多いから、食べ歩きしやすいようになってんだよ。片手で持てるものとか、こぼれにくいのとか。その一環で細長い系のとか棒に刺さってるのが多いんだよ。」
「へぇ〜!市場の皆さんの工夫であり、優しさなんですねっ!」
「そーだな。」

そう話してる間にアイはパクパクとおにぎりにかぶりつき、ペロリと平らげていた。

「ごちそうさまでしたっ!」
「ごちそうさま〜。」
「あらあら、どうも。お嬢さんいい食べっぷりねぇ…」
「…っ!…うぅ、お恥ずかしいです…。なんかすみません…」
「いーえ!とんでもない!あんまり美味しそうに食べてくれるから嬉しくて…!ありがとね!」
「そんな滅相もない…。」
「ほら、行くぞ。」
「あら〜ソウスケ拗ねちゃったかしら?」
「ちげーよ…。」
「もう、そんな怖い顔しないの!じゃあね〜ぜひまた!」
「はい!ありがとうございました!」


********

「わぁ…すごいですね…。」

2人は朝ごはんの後、闘技場に来ていた。
ソウスケが試合準備のため舞台裏に行ってしまったので、アイは1人客席でのんびりと模擬戦を見ているが、これが思いの外面白い。
見たことないような武器や技ばかりで、えっ、そんなことが!?とハラハラドキドキするのだ。最後までどちらが勝つのかちっともわからないのもすごくいい。

「あれれ〜?アイちゃんだ!」
「わぁっ、ヤエちゃん!」

なんと後ろから鈴の音のような声が。パッと振り向くとヤエが立っていた。

「私、次ソウスケ君と闘うんだ〜。」
「え!そうなんですね!」
「応援しててね!」
「はい!わかりました!」

ヤエはパチンとアイにウィンクすると、軽やかに階段を降りて舞台の方へと歩いていった。



********



「それじゃあ…よろしくね〜。」

弾むような足取りで舞台に上がったヤエは、すでにスタンバイしているソウスケにゆるっと笑いかける。しかしその目の奥はしっかりと相手をヤる目だ。

「…よろしく。」
「お、いいね〜。スイッチ入った。あ、そうだ。この前、うちのサトルがやられちゃったって聞いたけど。」
「そうだけど。」
「へえ〜。ってことは強いんだ〜。…精神的には、ね。」

そうニヤリと微笑んでヤエはベルトに刺さった小型の銃を取り出す。
ソウスケはヤエに殴りかかった。

(…っ!?なんでだ。全く当たらない。)
 
ソウスケは何度打っても当たらない攻撃に焦り、さらにフォームが雑になっていく。しかしヤエの小柄な体は小回りをきかせてのらりくらりと逃げていく。

「もーなんだ全然面白くないじゃーん。こっちおいでよ。」

ソウスケを煽るとヤエは軽やかに上に跳んだ。距離を取られてその銃を撃ち込まれてはたまらないとソウスケもそれを追ってジャンプした。

しかし空中はヤエの場所。ソウスケはヤエのテリトリーに入ってしまった。

「遊ぼうよソウスケくん!」

空中なはずなのに自由自在に体を動かすヤエ。予測不能な動きとこっちを見ていないように見えるのに的確に飛んでくる弾丸に、ソウスケは翻弄されていた。

不意にヤエは空中で跳んだまま銃をカチャカチャと弄り始めた。

「あ。弾切れだ。」

ソウスケはその言葉を聞いて思いっきりヤエとの距離を詰め、殴りかかった。しかしそれでもここはヤエの舞台。VIPである彼女の十八番で勝てるわけがない。

ヤエは銃を放り投げて素早くソウスケの腹部に潜り込む。ヤエの目がきらりと光った。勝利を確信してる目。やったいけた、という無邪気な喜びと、獲物を狩る猛獣のような色が共存している目。思わずアイは息を呑んだ。

その小柄な体のどこにそんな力があるのかと疑うほどの力でソウスケは上に突き上げられ、なんとその手が離れぬままソウスケとヤエの体の位置が反転する。ソウスケは一気に叩き落とされた。

「…っ!!」

ソウスケはかなりの勢いで地面に叩きつけられ、反動で反った状態で苦しげに顔を歪める。ヤエはそんなソウスケを踏みつけて着地し、ひらりと体を翻して鮮やかな手つきでソウスケの首に手をかける。

「おやすみ〜ソウスケくん。」

身動きの取れない動けないソウスケの首に、ヤエは微笑んで手刀を入れた。
アイは初めて、ソウスケが負けたところを目にした。

「ソウスケ!」

居ても立っても居られずアイは思わず舞台へと走り出していた。ソウスケの元に駆け寄ったが、ソウスケは目を開かない。泣きそうになっているアイの肩を安心させるようにしてヤエがぽんぽんと叩かれる。

「大丈夫。そんなに強くやってないから、ちょっとしたら起きるよ。」
「…ヤエちゃん、強いんですね。」
「まあね〜。私の武器はなんと言っても機動力!空中戦なら誰一人として負けるわけないと思ってるよ〜えへへっ!すごいでしょ〜」

ヤエは無邪気に笑っているが、さっきの戦いを見せられては笑い返せない。
アイは恐れから強張った顔でヤエを見る。

「…またね、アイちゃん。」

そんなアイを見るとやっぱり微笑んでそう言い残し、ヤエは闘技場をあとにした。