「はぁ〜!!おつかれ様でした!」
「おつかれ〜。」
「勝ちましたね…っ!!」
「はいはいよかったよかった。…いやそんなに喜ぶか?」

ソウスケとアイは闘技場を後にし、広場に戻ってきていた。
アイの手には大きな紙袋。賞金の入った封筒と、景品がどっさり入っている。

「VIPだったから賞金多めだな〜。ラッキー。」
「これすっごく美味しそうです…っ!!」

アイが目を輝かせて見ているのは、景品のお菓子詰め合わせだ。
クッキーやフィナンシェ、マドレーヌなんかの焼き菓子が詰まっている。

「んー、お菓子かぁ。」
「好きじゃないんですか?」
「ものによるな。チョコは好きだけど。でも前は肉だったんだよ。肉がよかったなーと思って。」
「育ち盛り男子って感じです…っ!」
「いや普通に肉の方がテンション上がるだろ。高級肉なんて普段そんな買わねーし。」
「…私はもう食べたくないです。」
「…そうか。」

(お肉なんてあの場所で散々食べました。私にとってあの味は、最悪な空気の食事の味です。…もうお城で、あの人たちと食事をするなんて嫌です。…私は、いつまでここにいていいんでしょうか。いれるんでしょうか。)

暗い顔をして俯くアイに、ソウスケは何を言えばいいのかよくわからなかった。
そんな少し重たい空気が流れた時、アイの後ろから1人の女性が現れ、ベンチ越しにアイを抱きしめた。

「つーかまーえたっ!」
「ア、アヤメさん!?」

アイがびっくりして後ろを振り向くと、そこにはアヤメがにっこりして立っていた。その後ろにはたくさんの人が。

「みんな噂の王女様に自分のお店を見て欲しくて騒いでんだよ〜?はい立つ!そう!そして、ゴー!いくぞー!」
「「「「「おーー!!」」」」」
「えっ、え、え?」

促されるままにアイが連れていかれる。
アイは助けを求めようとソウスケを見るが…諦めた顔をして荷物を持ち、ついてきた。
ソウスケはアヤメが暴走し始めたら止まらないのを知っている。


********

「お嬢さんそんなパーカーなんかじゃなくて素敵なワンピースはどう?今王都で流行りのデザインで若い子に大人気なの!」
「お嬢さんまだこっち来たばっかりでしょ?武器持っといた方が便利だよ〜なにがいい?」
「可愛いお菓子はいかが?今どきのカラフルなスイーツもバッチリ揃えてるよ!混ぜると色が変わる水飴もあるんだよ!おひとついかが?」
「あなたの未来を占ってあげましょう…生年月日は?血液型は?さぁ教えてちょうだい…」
「す、すみません大丈夫ですっ!!」

アイはあちこちの店で勧誘され、ありとあらゆるものを買われそうになるが必死に断る。
しかし向こうは昔からこの地で商売をやってきたプロ。なかなか手強い勧誘にアイは苦戦していた。

「あのっ、お気持ちありがたいんですが、ちょっと疲れたので帰らせていただけないでしょうかっ!!」

アイはたまらなくなって周りの人々の腕を振り解き、全身全霊で叫んだ。
驚きでみんながぴたりと固まる。

「…確かにそーじゃねーか。」
「しかも今まで昼夜逆転してたんだようちらと比べて。それでこんなわらわらされちゃあ疲れるわ。」
「帰ろ帰ろ!」
「ごめんなぁ嬢ちゃん」
「ほら、みんな解散だ解散!」
「「「イェッサー!!」」」

それまでアイにかかりっきりだった店主たちはそれぞれ自分の店に戻って行った。
そんなアイを遠巻きに見ていたソウスケがやって来る。

「やるじゃん。」
「ありがとうございます…って言うか助けてくれたっていいじゃないですか!」

もう、酷いです!とむくれるアイにソウスケはスッとバームクーヘンを差し出す。

「ごめんて。な?」
「…しょうがないのでバームクーヘンに免じて許してあげます」

むぐむぐとバームクーヘンを頬張るアイを見てほっとソウスケは息をつく。

「なぁ…汗かいたし汚れたし、銭湯いかねぇ?」
「銭湯…ですか?」
「あー、風呂風呂。公衆浴場って言えば伝わる?」
「お風呂ですか!私も行きたいです!」
「んじゃ、それ食い終わったら行くぞ。」
「はい!」

********

(ど、どうすればいいのでしょう…。)

アイは銭湯の前で佇んでいた。
ソウスケは「…入り方は他の人見て。あ、これお風呂セット代。」とだけ言い残し、アイにお金を渡して行ってしまった。

キョロキョロと周りを見渡すも、皆楽しそうに話して銭湯に入って行ってしまい、話しかけるタイミングがない。

「あれれ〜今日の奪い合いイベントの子じゃ〜ん!見てたよー。すごかったねー!」

アイは突然女の子に話しかけられた。振り返るとそこにいるのはくすみピンクの髪の毛をツインテールにした明るい子。年下っぽいが、態度は砕けていて年上に対する恐れが微塵もなく、何よりそのモルガナイトのような透き通っていて力強いピンク色の目がどこかただものではないようなオーラを発していた。

アイがその目に圧倒されて黙っていると、女の子は「ん?どうしたの?」と不思議そうに首を傾げる。その声にハッとし、アイは慌てて返事をする。

「えっ、あ、ありがとうございます!」
「こんなところに突っ立ってどうしたの?」
「いや、あの、お風呂に入りたいんですか、銭湯に入ったことなくて…ソウスケには置いて行かれてしまいまして…。」
「あははっ、そりゃそうだよだってソウスケくん男湯だもん!おいで!私も入るから一緒に入ろう!」

何も知らないことが恥ずかしくなり、もじもじとしてアイは白状した。
すると女の子は弾けるようにケラケラと笑った。そして笑顔でアイの手を掴んで銭湯の入り口へと引っ張る。

「ありがとうございます…!」

女の子に手を引かれるままにアイは人生初銭湯へと入って行った。


********

「銭湯ってすごいんですね…!色んな人と一緒にお風呂に入るって面白いです!」
「ふふふ、初めてだと珍しいよね。」
「はい!コーヒー牛乳も初めて飲みましたけどとっても美味しいです!」

お風呂から上がり、2人はロビーでくつろいでいた。
初めてのお風呂に最初は緊張していていたアイも、お風呂でリラックスしてふにゃふにゃになっている。

女の子の名前はヤエと言った。
なんとアイより一つ年下なのにも関わらず闘技場のVIPなんだそうで。
その幼なげな見た目に反するオーラはそのせいかとアイは納得した。

「ヤエちゃん手伝ってくれてありがとうございました!ヤエちゃんがいなかったらどうなってたことか…。」
「ふふふ〜どういたしまして!」

満足気にニコニコしているヤエを見てかわいいなぁとアイはほっこりする。
しかしこれを言うと年下扱いされてるとヤエが機嫌を損ねるので心の中に留めておく。

「あっ、忘れてた今日私依頼入ってたんだった!ごめん行くね!バイバイアイちゃん!」
「あ、はい!頑張ってください!ありがとうございました!」


ヤエが行ってしまい、アイはどうしたらいいのかわからない。
ソウスケはまだ来ないのか。あまり長風呂するタイプには見えないし、そもそもアイはヤエとおしゃべりしながら入っていたのでかなり長く入っていた。

(…もしかして長すぎて置いていかれちゃいました…!?)

アイは慌てて外に出ようとして、トンっと人にぶつかった。

「わっ、ごめんなさい!」
「ん?アイ?どこいくんだよ。」
「ソウスケ…!?」

そこには腕に大きな箱を抱えてソウスケが。訝しげな顔でアイを見ている。

「ソウスケに置いて行かれちゃったかと思って…。」
「置いてかねーよ。」
「…そうですよね、すみません。」
「いや。…これ、好みかは知らんけどとりあえずお前の生活用品揃えたから。」

そういって箱の中を開けて見せる。基本モノトーンなチョイスはいかにもソウスケだ。しかしシンプルなので誰でも使いやすい。アイはびっくりしてソウスケを見る。

「ここで暮らして、いいんですか…っ!?」
「…そゆこと。はい、帰るよ。」
「…はい!」

そっぽ向いてさっさと歩き出すソウスケをアイは嬉しそうに小走りで追いかける。

「あ、私お友達ができたんですよ!」
「…へぇ。そうなんだ。よかったね。」
「あ!見てください!朝日です!」
「はいはい、ほら段差。こけるよ。」
「もう、そんな子供扱いされなくても大丈夫ですー…ひゃぁっ!!」
「フラグ回収早すぎだろ。」
「むぅ〜…。」

ジト目を作ったソウスケとわざとらしく膨れっ面をしたアイは目を合わせるとお互いの変顔に吹き出した。

「ソウスケの笑った顔初めて見ました!」
「そうか?仕事の時はいつも笑顔って言われるけどな。」
「えーこわー…。」
「引くなよ〜。」

朝日が差す街を2人は楽しげに歩いていく。
そんな2人を街の人々は微笑ましげに見ていた。