…こいつ、どうする気なんだ。

さすがにさっきの事がある手前、ソウスケは慎重になっていた。
あくまでサトルの出方を伺う。先行になるとダメな気がする。

『もう元気になったんですね?よかったです。ところで結局教えていただけませんでしたが、お姉さんのお好みのお花はなんだったんですかね?』

「……っ!?」

いや、違う。
なにも聞こえてない。こいつはなにも喋っていない(●●●●●●●●●●●●●)。だって口が一切動いてない。腹話術?そんな訳。

「ソウスケっ?どうしたんですか!?」

アイの声。アイには聞こえてないらしい。つまり観客にも。俺だけ?いや、俺にも聞こえていない。

『教えていただけないんですか…。それじゃあ違うことにいたしましょう。お姉さんの亡くなられた時のお気持ちは?』

目だ。こいつの、目だ。
この目が俺を追い詰めようとして、話しかけてきてるんだ。

…そうわかったところで逸らそうとしてもなぜか目を逸せない。なんでだ…?

『だんまりですか…あ、混乱してましたけど、そろそろ気づいた頃ですかね?まぁある種のテレパシーですよね〜。…これなら、私のことは知ろうとしなくたって知れますね〜?あ、好きな食べ物ですか?うーんババロアですかねぇ。』

んなこと聞いてねぇ。黙れ。黙れ黙れ黙れ!

衝動のままにソウスケは駆け出し、サトルに殴りかかる。しかし軽やかにそれは避けられる。何度も何度も当てようとしても、全て躱されてしまう。

『なんで当たんないんでしょうね〜いつもは強いのに?気づいてますか?精神のコントロールが効いてないから、動きが雑で予備動作も大きい。今のあなたなんて誰でも倒せちゃいます。まるでミヨリさんに頼り切っていた頃のあなたそっくりですね。』

煽られてるのはわかってる。
それに乗ってしまってる自分もわかってる。
けど…っ!!
どうしても姉ちゃんのことは、歯止めが効かなくなるんだ…っ!

脂汗をかいて、ソウスケは思わず膝から落ちた。
ダメだ。ここでまた倒れたら、負けだ。
ソウスケは遠のく意識を必死で手繰り寄せた。


********

────ソウスケが乱雑にサトルを殴り始めた頃。

(あれ…?なんか、ソウスケが変です。いつもはもっとこう、相手を見て的確に急所に入れていくスタイルで無駄がないのに、無駄まみれと言うか…。)

アイはソウスケのペアとしてステージ横の座席で観戦していたが、ソウスケの異変に気がついていた。

感情のままに動いているソウスケは周りが見えていないらしい。

(大丈夫、でしょうか…。)

「あっ…」

ソウスケが、膝をついた。
何かを考える前にアイは走り出していた。

(何か声をかける…?いや、なにも私には言えません。ソウスケなら…ソウスケならきっと、)

「ソウスケっ!!目、覚ましてくださーーーーい!!」

バチーン!!

思いっきり叫ぶと同時にアイはソウスケにビンタした。
生まれて初めてのビンタである。

「……っ!?あ、アイ!?」
「起きてください!」
「……ありがと。」

(あ、目が戻りました…っ!)

どことなくぼやっとしていた目がキリリと鋭く戻る。

「あれ。調子が戻った感じかな?」

今度は紛れもない、サトルの声である。
ソウスケはいつも通りの機敏な動きでサトルに突っ込み、目にも留まらぬ速さで後ろへ回り込む。サトルは精神戦メインなので基礎的な戦闘力はあまり強くないらしい。ソウスケよりも遥かに動きが鈍い。
ソウスケはそのままサトルの後ろから高くジャンプし、サトルに強烈な踵落としを入れた。

「……っ!!」

あまりの痛みに目を見開き、そのままサトルは崩れ落ちた。

〈…っあ、さ、サトルさん戦闘不可!ソウスケの勝ち!!〉

シン、と静まり返っていた観客が、アナウンスの声で我に帰る。VIPを倒した、と言う偉業を成し遂げたソウスケに、会場に大きな歓声が響いた。


「ソウスケっ!おめでとうございます!」
「やったな。」

アイはソウスケの元に駆けて行きハイタッチをする。

「あ、これ湿布です!」
「ありがと。」
「お揃いですねっ!」

ふふふ、と笑ってそう言った。
ソウスケは自分がやった罪悪感から微妙な顔をしているが。