ハッと我に返り、口を慎む。

 そうだ、凪くんの姿は私にしか見えていない。傍からだと独り言を呟いている状態だ。

 誰もいないからってベラベラ話してたら、隣の部屋にいる家族達に聞こえてしまう。

「……でも、凪くんが問題児なのは事実だし。ご家族にちゃんと真の姿を教えないと!」
「おーい、勘弁してよ。最後なんだからもう少し優しくして」
「それなら凪くんもからかうのはやめ……え?」

 あまりにもサラッと口にするもんだから、聞き流すところだった。

「最後って……もう会えないの?」
「……多分。お盆の時期は帰ってくるけど、こんなふうに顔合わせて話せるかどうかは……」

 突然明らかになった現実が頭にゴンと響いて、脳内を揺らす。

「俺さ、車には触れなかったのに、海と砂浜には触れたんだよね。ずっとなんでだろうって思ってたんだけど……最近、やっと答えが分かった気がするんだ」
「それは、何なの?」
「……未練があったから。特に、一花ちゃんへの」

 緩んでいた表情から一変した、おふざけなしの真剣な表情。

 理桜さんやお友達、家族に対しての未練じゃなくて……?

「頼まれてた絵、贈れなかったから」
「あ……」

 目まぐるしい毎日に気を取られて、すっかり忘れていた。前回と同様、凪くんに言われないと気づけなかったくらい。

「ずっと言えなかったけど、実はもう完成してるんだ。スケッチブックに描いてるから、後で母さんに聞いてみて」
「……分かった。ありがとう」

 推しに描いてもらった絵を直接もらえるなんて、普通ならもっと笑顔を浮かべるはず。飛び跳ねたくなるほど、活き活きとした声でお礼を口にするはず。

 だけど、そのホッとしたような顔を見たら……。

 もう未練は消えたんだな。
 もうこの世界に留まる必要はないんだな。

 瞬間的に思って、嬉しくも悲しい気持ちになった。

 49日が終わっても、お盆が来ればまた会える。そう信じてたけど……なわけないよね。

 その理屈なら、帰省中、ひいおじいちゃんに会っているはずだから。

 何も気配を感じなかったということは……つまりはそういうことだ。

「一花」

 唇を噛んで込み上げてくる感情を抑えていると、凪くんは私の手の甲に手のひらを重ねてきた。

「これから先、社会に揉まれて、性格が尖ったりねじれたりするかもしれないけど、一花にはいつまでも素直で真っ直ぐでいてほしい」
「……分かった」
「お父さんもだけど、お母さんや弟くんとも仲良くするんだよ」
「っ……頑張る」

 凪くんお得意の優しい命令。最後の日までも、年上の権力を振りかざしてきた。

「俺、一花ちゃんに会えて良かった。今も、これからもずっと……一花ちゃんのことが大好きだよ」
「私も……っ、凪くんのこと、大好きだよ……っ」

 愛してやまない人からの告白に涙腺が崩壊しそうになった。けど、ここで泣いたら余計お別れが辛くなってしまう。

 凪くん自身もそれを分かっているみたいで、目は潤んでいるが、笑顔を浮かべている。だから私も、笑顔で伝えた。

「おいおい……散々俺に悪口ぶつけたのに?」
「だって……っ」

 そりゃそうだ。ついさっきだって、ドSだのチャラ男だの、好き勝手に吐き散らかしたもんね。

 でもね……好きになっちゃったんだよ。
 もちろん、画面越しで交流してた時から好きだった。

 だけど、こうやって直接顔を合わせる日が続くにつれて、自分でも気がつかないうちに、今までとは違う好きが芽生えたんだ。

 落ち着いた外見だけど、表情豊かだったり、器用に見えて不器用なところがあったり。

 大人っぽいと思ったらふくれっ面したりして、年相応なところもあったり。

 お茶目な笑顔や柔和な笑顔も。時には、真剣な表情をするところも。

 これだけ聞いたら、顔だけで好きになったのかって思われそうだけど、中身だって負けてない。

 前向き思考で、私が悩んでいた時や悲しんでいた時、隣で支えてくれた。

 最近はデコピンという可愛い暴力が目立つけど、なんだかんだ年下思いで、面倒見が良くて。

 希望と情熱に満ち溢れた太陽のように、私の心を温かく照らしてくれるところが好きになったんだよ。

 長々と想いを伝えると、涙で滲む視界の中で凪くんの顔がほんのり赤く染まった。

「それを言うなら、俺も。素直で元気なところとか、頑張り屋さんで家族思いなところとか。全部好きだよ」
「……顔も?」
「もちろん」

 ついでに尋ねると、「中身のほうが嬉しくない?」と笑われてしまった。顔面コンプレックスを持つ私にとってはそっちも重要なんだよ。

「一花がこっちの世界に来た時、正直、このまま時が止まればいいのにって思った。でも……大好きな人の人生を壊したくなかった。自分のわがままで、大好きな人の大切な人を悲しませたくなかった」

 1つ1つ言葉を紡ぐ彼が私の頬に手を伸ばす。

 感覚はほぼないけど、こぼれ落ちそうになる涙を拭っているのかな。

 胸の内を知り、愛の深さを実感して、じわりと目頭が熱くなった。

「最後にもう1度……いい?」
「……変態王子」
「次は王子かい。その王子様のことを好きなのはどなたですか?」
「……私です」

 ボソッと答えたら、ふふふっと笑う声が漏れた。