それだけでもビックリしたのに、顔めがけて飛んでくるという、恐怖のおまけつき。
『珍しい色のセミを見つけたから』と言われたのだけど……後で調べたら、羽化したばかりの状態のことで、全然新種じゃなかった。
セミについて詳しくなれたものの、この件をきっかけに、私は虫全般が苦手になってしまった。
「悪気はなかったんだろうけど、あの時すごく怖かったんだからね⁉」
当時は言えなかった胸の内を吐き出した。
翌年、理科の授業が始まった時、教科書を見るのが怖くて怖くて。授業がある日は、給食がのどを通らなくなるほど憂鬱だった。
今勉強している生物も、実は少しドキドキしながら授業を受けている。
「……そんなことあったっけ?」
「あったよ! 覚えてないの⁉」
「うーん……」
目を合わせたかと思えば、首を傾げて全く覚えていないそぶり。典型的ないじめっ子タイプだ。
「それよりさ、その前にまず挨拶じゃない? てか、わざわざ迎えに来て荷物も運んでやったのに、なんで俺怒られなきゃいけないの?」
「……そうですね」
並べられた正論に声をしぼませて返事をした。
ですよね。ついカッとなって口走ってしまったけれど、まずは「こんにちは」、そして「運んでくれてありがとう」だよね。
再会して早々失礼だったなと反省し、後部座席に乗り込んだ。
◇
街を抜け、木や田んぼに囲まれた道を走ること数十分。
「あ! 海だ!」
太陽の光に反射してキラキラと輝く海が見えた。その美しさに取り憑かれたかのように、窓に顔を近づける。
15年強の人生の中で、海には何度か行ったことはあったけど、こんなに綺麗な海は初めて見た。
「そんなに張りつく? 一花の地元って海ないの?」
「あるよ。でも、街中に住んでて距離あるから、気軽に行けなくて」
「うわぁ、サラッと都会自慢ですか」
……こいつ、さっきからなんなの?
学校の話をしても、世間話をしても、言葉の端々に棘を感じる。セミの件で怒ったこと、まだ根に持ってるとか?
サイドミラーに映った顔がものすごく腹立つ。けど、言い返したらより嫌味が増しそうだしな……。
「こら、八つ当たりしない。ごめんね一花ちゃん。この子、最近彼女と喧嘩したみたいで、ご機嫌ななめなのよ」
「バカ……っ! 勝手に教えんなよ!」
すると、出発前からやり取りを見ていた伯母が説明をしてくれた。
あんたもリア充だったのかよ。
はぁ、どうしてこんな意地悪なやつに恋人がいて、毎日コツコツ勉強を頑張ってる私にはいないんだろう。……まぁ、人のことをこんなやつ呼ばわりする自分も、決して性格がいいとは言えないけどさ。
住宅街に入り、右左折をしながら奥へ進むと、瓦屋根の大きな平屋が見えてきた。どうやらあれが曾祖母の家なのだそう。
駐車場に車を停めて荷物を運び出し、インターホンを押した。
「お母さん、お父さん、来たよ」
「はいはーい。今開けるからちょっと待ってて」
インターホンのカメラに向かって伯母が話しかけると、しばらくして曇りガラスに人影が現れた。ガラガラガラと音を立ててゆっくりと扉が開く。
「いらっしゃい。来てくれてありがとね」
出迎えてくれたのは祖母だった。
短く切り揃えられた明るめのブラウンヘアに、淡い黄色のカーディガンを羽織っている。夏っぽく爽やかな色合いがオシャレだ。
「智くんも一花ちゃんも、大きくなったねぇ」
「へへへっ。もうDKですから!」
「あらま、もうそんな年なんだねぇ」
「えっ、意味分かるの⁉」
にこやかに頷いた祖母に思わず口を挟んだ。
流行り廃りが激しい若者言葉なんて、絶対分かんないと思ってたのに。でも、この見た目からすると流行には敏感そうだし。もしかしたら聞いたことがあったのかも。
「お邪魔します」と挨拶をして家に上がり、別室に荷物を置いて祖父達が待つ居間へ。
「こんにちはー」
「こんにちはっ」
「おお、みんないらっしゃい」
智と一緒に襖を開けると、紺色のポロシャツを着た祖父が目を細めて迎えてくれた。
ひいおばあちゃんの姿を探そうと、辺りを見渡してみたのだけれど……。
「うおっ! なんか初めて見るのがいる!」
祖父の足元でくつろぐ1匹のゴールデンレトリバーが目についた。
「可愛い〜! 名前何?」
「ジョニー。先月7歳になったばかりの男の子だよ」
「へぇ〜! よろしくジョニー!」
わしゃわしゃと撫で始めた智を眺める。
まさか犬がいるとは……しかも大型犬。あまり犬と触れ合った経験がないから、仲良くできるかちょっと心配だな。
曾祖母は別室で寝ているみたいなので、先にお参りすることに。
仏壇のろうそくに火を点け、お鈴を鳴らして手を合わせる。
ひいおじいちゃん、お久しぶりです。一花です。
まだお盆の時期ではありませんが、心身のリフレッシュも兼ねて、一足先に帰省しに来ました。
自然を楽しみつつ勉強も頑張るので、応援してくれると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
心の中で唱えた後、仏壇の隣に立てかけられた写真に視線を移した。
これは……おじいちゃんの家族かな? 少しぼやけてて分かりにくいけど、確か4人姉弟の2番目だったはず。
『珍しい色のセミを見つけたから』と言われたのだけど……後で調べたら、羽化したばかりの状態のことで、全然新種じゃなかった。
セミについて詳しくなれたものの、この件をきっかけに、私は虫全般が苦手になってしまった。
「悪気はなかったんだろうけど、あの時すごく怖かったんだからね⁉」
当時は言えなかった胸の内を吐き出した。
翌年、理科の授業が始まった時、教科書を見るのが怖くて怖くて。授業がある日は、給食がのどを通らなくなるほど憂鬱だった。
今勉強している生物も、実は少しドキドキしながら授業を受けている。
「……そんなことあったっけ?」
「あったよ! 覚えてないの⁉」
「うーん……」
目を合わせたかと思えば、首を傾げて全く覚えていないそぶり。典型的ないじめっ子タイプだ。
「それよりさ、その前にまず挨拶じゃない? てか、わざわざ迎えに来て荷物も運んでやったのに、なんで俺怒られなきゃいけないの?」
「……そうですね」
並べられた正論に声をしぼませて返事をした。
ですよね。ついカッとなって口走ってしまったけれど、まずは「こんにちは」、そして「運んでくれてありがとう」だよね。
再会して早々失礼だったなと反省し、後部座席に乗り込んだ。
◇
街を抜け、木や田んぼに囲まれた道を走ること数十分。
「あ! 海だ!」
太陽の光に反射してキラキラと輝く海が見えた。その美しさに取り憑かれたかのように、窓に顔を近づける。
15年強の人生の中で、海には何度か行ったことはあったけど、こんなに綺麗な海は初めて見た。
「そんなに張りつく? 一花の地元って海ないの?」
「あるよ。でも、街中に住んでて距離あるから、気軽に行けなくて」
「うわぁ、サラッと都会自慢ですか」
……こいつ、さっきからなんなの?
学校の話をしても、世間話をしても、言葉の端々に棘を感じる。セミの件で怒ったこと、まだ根に持ってるとか?
サイドミラーに映った顔がものすごく腹立つ。けど、言い返したらより嫌味が増しそうだしな……。
「こら、八つ当たりしない。ごめんね一花ちゃん。この子、最近彼女と喧嘩したみたいで、ご機嫌ななめなのよ」
「バカ……っ! 勝手に教えんなよ!」
すると、出発前からやり取りを見ていた伯母が説明をしてくれた。
あんたもリア充だったのかよ。
はぁ、どうしてこんな意地悪なやつに恋人がいて、毎日コツコツ勉強を頑張ってる私にはいないんだろう。……まぁ、人のことをこんなやつ呼ばわりする自分も、決して性格がいいとは言えないけどさ。
住宅街に入り、右左折をしながら奥へ進むと、瓦屋根の大きな平屋が見えてきた。どうやらあれが曾祖母の家なのだそう。
駐車場に車を停めて荷物を運び出し、インターホンを押した。
「お母さん、お父さん、来たよ」
「はいはーい。今開けるからちょっと待ってて」
インターホンのカメラに向かって伯母が話しかけると、しばらくして曇りガラスに人影が現れた。ガラガラガラと音を立ててゆっくりと扉が開く。
「いらっしゃい。来てくれてありがとね」
出迎えてくれたのは祖母だった。
短く切り揃えられた明るめのブラウンヘアに、淡い黄色のカーディガンを羽織っている。夏っぽく爽やかな色合いがオシャレだ。
「智くんも一花ちゃんも、大きくなったねぇ」
「へへへっ。もうDKですから!」
「あらま、もうそんな年なんだねぇ」
「えっ、意味分かるの⁉」
にこやかに頷いた祖母に思わず口を挟んだ。
流行り廃りが激しい若者言葉なんて、絶対分かんないと思ってたのに。でも、この見た目からすると流行には敏感そうだし。もしかしたら聞いたことがあったのかも。
「お邪魔します」と挨拶をして家に上がり、別室に荷物を置いて祖父達が待つ居間へ。
「こんにちはー」
「こんにちはっ」
「おお、みんないらっしゃい」
智と一緒に襖を開けると、紺色のポロシャツを着た祖父が目を細めて迎えてくれた。
ひいおばあちゃんの姿を探そうと、辺りを見渡してみたのだけれど……。
「うおっ! なんか初めて見るのがいる!」
祖父の足元でくつろぐ1匹のゴールデンレトリバーが目についた。
「可愛い〜! 名前何?」
「ジョニー。先月7歳になったばかりの男の子だよ」
「へぇ〜! よろしくジョニー!」
わしゃわしゃと撫で始めた智を眺める。
まさか犬がいるとは……しかも大型犬。あまり犬と触れ合った経験がないから、仲良くできるかちょっと心配だな。
曾祖母は別室で寝ているみたいなので、先にお参りすることに。
仏壇のろうそくに火を点け、お鈴を鳴らして手を合わせる。
ひいおじいちゃん、お久しぶりです。一花です。
まだお盆の時期ではありませんが、心身のリフレッシュも兼ねて、一足先に帰省しに来ました。
自然を楽しみつつ勉強も頑張るので、応援してくれると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
心の中で唱えた後、仏壇の隣に立てかけられた写真に視線を移した。
これは……おじいちゃんの家族かな? 少しぼやけてて分かりにくいけど、確か4人姉弟の2番目だったはず。