挨拶を済ませて家に上がり、居間へ向かう。襖を開けると、1匹のゴールデンレトリバーが駆け寄ってきた。
「可愛い〜。尻尾ブンブン振ってる〜」
「歓迎してくれてるのかなぁ。鋼太郎、そんなに怖がるなって」
「こ、怖がってないっ。少し大きいからビックリしただけだっ」
否定してるけど顔が強張ってるよ。あと声も、ビビってるの見え見えだよ。
ヒロマサさんいわく、名前はジョニーくんというらしい。
「こんにちは、はじめまして。凪で……うわぁっ!」
しゃがんで名乗ると、顔をペロッと舐められた。初対面なのにすごく積極的だな。
「もう、なに? 俺に一目惚れしちゃったの?」
「うわぁぁ、凪お前、チャラっっ!」
「人間の次は犬をたぶらかすとは……けしからん」
「さすが水泳部1のモテ男! ヒューヒュー!」
頭を撫でる俺に野次を飛ばす友人達。
チャラいって何だよ。たぶらかすって何だよ。あと、後輩に慕われてるだけで別にモテてるわけじゃないから。
「あらま、お客さんかい?」
客間の襖を開けて荷物を運んでいると、腰の曲がったおばあさんが部屋に入ってきた。
「こんにちは! 凪の友人の佐倉 理桜です!」
理桜が挨拶したのを筆頭に、鋼太郎と桃士も名乗り始める。
額にうっすら残る傷痕。当時小学生だった自分の記憶にもうっすら残っている。
「こんにちは。お久しぶりです。凪です」
「……ユキエ?」
曾祖母の元に向かい、数年ぶりに挨拶をした。
しかし……返ってきたのは、亡き祖母の名前。
「お母さん、違うよ。この子は凪くん。娘じゃなくてひ孫だよ」
「ひ孫……?」
「そうだよ。ごめんね、ここ数年で目が見えにくくなってるんだ」
「いえいえ。似てるとよく言われるので全然」
老眼ならば仕方ない。長年顔合わせてなかったし、それにひ孫も多いだろうし。
そう言い聞かせるも、心の片隅では、ちょっぴり寂しいなと感じたのだった。
◇
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。またいつでも来てね」
昼食を平らげて少し休憩した午後。
玄関で手を振るヒロマサさん達に深くお辞儀をし、曾祖母の家を後にした。帽子を被って目的地の海岸まで足を運ぶ。
「楽しかったなー。卵焼きも絶品だったし、凪が生粋の女顔だってことも分かったし!」
「おい、蒸し返すな。コンプレックスなんだぞ」
「え〜っ、品があるって素敵だと思うけどなぁ。ねぇ鋼太郎」
「そうだな。雰囲気が柔らかいのは少し憧れる」
頷きながら口を揃える2人。可愛い系の桃士ときつめの印象の鋼太郎からすると、俺の顔は羨ましいのだそう。
けど、昔はこの顔が原因で女みたいだとからかわれたことがあるので、正直複雑な気持ち。
「やっぱお前らもそう思う? 次来る時女装してみたら? 喜んでお小遣いくれるかもよ?」
「馬鹿。そこまでして欲しくねーよ」
隣を歩く理桜の脇腹を肘で突いた。
そんな騙し取るようなことしたら、ばあちゃんが悲しむ。というか、その前にひいじいちゃんに怒られるだろ。ったく、調子のいいやつなんだから。
炎天下の中、歩くこと十数分。海岸に到着した。
「凪! 撮って撮って!」
階段を下りるやいなや、浅瀬に直行した理桜。桃士と鋼太郎も、波に当たっては笑みをこぼしている。
小さな子どものようにはしゃぐ彼らを、スマホのカメラで撮影した。
本当は俺もあんなふうに入りたいけど、またクラゲに刺されるのは怖いから。代わりにあいつらの姿を写真に収めよう。
犬かきで泳ぐ理桜や、浅瀬でくつろぐ桃士、漂流物を観察する鋼太郎。
場所を変えて数十枚ほど撮った後、階段に腰を下ろした。リュックサックからスケッチブックとペンケースを取り出す。
写真撮影だけだと飽きると思い、時間潰し用に持ってきたのだ。
ページをめくり、塗りかけの絵に赤とピンクの色鉛筆で色を付けていく。
行きの電車の中でも塗っていた二花さんの絵。
中学卒業祝いのプレゼントに描いてほしいと頼まれて、今月で4ヶ月が経つ。そろそろ完成させないと。
「なーにしてるの」
突然頭上から声が聞こえてビクッと肩が揺れた。
顔を上げると、タオルを首にかけた理桜がペットボトル片手に手元を覗いていた。
「また塗り絵?」
「頼まれ物なんだよ。そっちは休憩?」
「おぅ」
隣に座った理桜と2人で海を眺める。
すると、浅瀬ではしゃぐ桃士が鋼太郎に容赦なく水をかけた。
ふはっ、ずぶ濡れ。これも写真に撮っておこうかな。
「あれ? ない。って、何してるんだよ!」
「んー? 忙しいお前の代わりに写真撮ってあげてる」
「馬鹿っ、返せ。また変な写真増えるだろ!」
奪うようにスマホを取り返した。
まったく……油断も隙もない。
理桜は俺のスマホで写真を撮るのが好きらしく、気づいたら、カメラフォルダに見に覚えのない写真が大量に保存されていることがしばしばある。
容量圧迫する前に消さないと……。
「あれ? 開かない。お前っ、またやりやがったな⁉」
「へへーん。今回はそう簡単に消されてたまるかよー」
「あっ! おい!」
「可愛い〜。尻尾ブンブン振ってる〜」
「歓迎してくれてるのかなぁ。鋼太郎、そんなに怖がるなって」
「こ、怖がってないっ。少し大きいからビックリしただけだっ」
否定してるけど顔が強張ってるよ。あと声も、ビビってるの見え見えだよ。
ヒロマサさんいわく、名前はジョニーくんというらしい。
「こんにちは、はじめまして。凪で……うわぁっ!」
しゃがんで名乗ると、顔をペロッと舐められた。初対面なのにすごく積極的だな。
「もう、なに? 俺に一目惚れしちゃったの?」
「うわぁぁ、凪お前、チャラっっ!」
「人間の次は犬をたぶらかすとは……けしからん」
「さすが水泳部1のモテ男! ヒューヒュー!」
頭を撫でる俺に野次を飛ばす友人達。
チャラいって何だよ。たぶらかすって何だよ。あと、後輩に慕われてるだけで別にモテてるわけじゃないから。
「あらま、お客さんかい?」
客間の襖を開けて荷物を運んでいると、腰の曲がったおばあさんが部屋に入ってきた。
「こんにちは! 凪の友人の佐倉 理桜です!」
理桜が挨拶したのを筆頭に、鋼太郎と桃士も名乗り始める。
額にうっすら残る傷痕。当時小学生だった自分の記憶にもうっすら残っている。
「こんにちは。お久しぶりです。凪です」
「……ユキエ?」
曾祖母の元に向かい、数年ぶりに挨拶をした。
しかし……返ってきたのは、亡き祖母の名前。
「お母さん、違うよ。この子は凪くん。娘じゃなくてひ孫だよ」
「ひ孫……?」
「そうだよ。ごめんね、ここ数年で目が見えにくくなってるんだ」
「いえいえ。似てるとよく言われるので全然」
老眼ならば仕方ない。長年顔合わせてなかったし、それにひ孫も多いだろうし。
そう言い聞かせるも、心の片隅では、ちょっぴり寂しいなと感じたのだった。
◇
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。またいつでも来てね」
昼食を平らげて少し休憩した午後。
玄関で手を振るヒロマサさん達に深くお辞儀をし、曾祖母の家を後にした。帽子を被って目的地の海岸まで足を運ぶ。
「楽しかったなー。卵焼きも絶品だったし、凪が生粋の女顔だってことも分かったし!」
「おい、蒸し返すな。コンプレックスなんだぞ」
「え〜っ、品があるって素敵だと思うけどなぁ。ねぇ鋼太郎」
「そうだな。雰囲気が柔らかいのは少し憧れる」
頷きながら口を揃える2人。可愛い系の桃士ときつめの印象の鋼太郎からすると、俺の顔は羨ましいのだそう。
けど、昔はこの顔が原因で女みたいだとからかわれたことがあるので、正直複雑な気持ち。
「やっぱお前らもそう思う? 次来る時女装してみたら? 喜んでお小遣いくれるかもよ?」
「馬鹿。そこまでして欲しくねーよ」
隣を歩く理桜の脇腹を肘で突いた。
そんな騙し取るようなことしたら、ばあちゃんが悲しむ。というか、その前にひいじいちゃんに怒られるだろ。ったく、調子のいいやつなんだから。
炎天下の中、歩くこと十数分。海岸に到着した。
「凪! 撮って撮って!」
階段を下りるやいなや、浅瀬に直行した理桜。桃士と鋼太郎も、波に当たっては笑みをこぼしている。
小さな子どものようにはしゃぐ彼らを、スマホのカメラで撮影した。
本当は俺もあんなふうに入りたいけど、またクラゲに刺されるのは怖いから。代わりにあいつらの姿を写真に収めよう。
犬かきで泳ぐ理桜や、浅瀬でくつろぐ桃士、漂流物を観察する鋼太郎。
場所を変えて数十枚ほど撮った後、階段に腰を下ろした。リュックサックからスケッチブックとペンケースを取り出す。
写真撮影だけだと飽きると思い、時間潰し用に持ってきたのだ。
ページをめくり、塗りかけの絵に赤とピンクの色鉛筆で色を付けていく。
行きの電車の中でも塗っていた二花さんの絵。
中学卒業祝いのプレゼントに描いてほしいと頼まれて、今月で4ヶ月が経つ。そろそろ完成させないと。
「なーにしてるの」
突然頭上から声が聞こえてビクッと肩が揺れた。
顔を上げると、タオルを首にかけた理桜がペットボトル片手に手元を覗いていた。
「また塗り絵?」
「頼まれ物なんだよ。そっちは休憩?」
「おぅ」
隣に座った理桜と2人で海を眺める。
すると、浅瀬ではしゃぐ桃士が鋼太郎に容赦なく水をかけた。
ふはっ、ずぶ濡れ。これも写真に撮っておこうかな。
「あれ? ない。って、何してるんだよ!」
「んー? 忙しいお前の代わりに写真撮ってあげてる」
「馬鹿っ、返せ。また変な写真増えるだろ!」
奪うようにスマホを取り返した。
まったく……油断も隙もない。
理桜は俺のスマホで写真を撮るのが好きらしく、気づいたら、カメラフォルダに見に覚えのない写真が大量に保存されていることがしばしばある。
容量圧迫する前に消さないと……。
「あれ? 開かない。お前っ、またやりやがったな⁉」
「へへーん。今回はそう簡単に消されてたまるかよー」
「あっ! おい!」