けど……現時点で、進学先は1つしか選べない。
入る順番や学校を間違えたら、それこそ夢から遠のきそうだし……。
歩くこと数分。再び横断歩道にやってきた。
「よし、分かった。とりあえず、お前は一旦進路のこと考えるのやめろ」
「えっ、なんで」
「焦る気持ちは分かる。けど……精神不安定な状態で、まともな判断ができるか?」
そう述べると、理桜は歩行者用のボタンを押した。3回目のストレートな発言を受けて、ハッと気づく。
普段元気な理桜でさえ、高校受験の時は志望校を変えようかギリギリまで迷っていた。
誰だって人生の岐路に立ったら、多少悩むに決まってるはずだ。
「考えても答えが出ない時は、一旦離れる。失せ物も、捜すのをやめたら出てきたって話、よく聞くだろ? ってことで、テスト終わったら海水浴に行こうぜ!」
「…………は?」
信号が変わり、小走りで後を追う。
「話は分かったけど……なんで海水浴?」
「気分転換だよ。壮大な景色を見たら、悩みがちっぽけに思えるかもしれねーだろ? もうすぐ海開きだし、だだっ広い海を見て癒やされようぜ!」
白い歯を見せて眩しく笑った理桜。
それ、単にお前が海に行きたいだけなんじゃ……。まぁでも、気分転換にはピッタリだし。それに高校最後の夏だし。思い出作りも兼ねて行くのもありか。
帰宅して早速、部屋のカレンダーに予定を書き込んだ。
◇
7月上旬。土曜日の朝。今日は待ちに待った海水浴の日。
メンバーは、理桜と俺と、鋼太郎と桃士。
急だったけど、事情を話したら『友のためなら!』と快く承諾してくれたんだ。
「凪くん、これ」
玄関で靴を履いていると、祖父が紙袋を渡してきた。
「ひいおばあちゃん達によろしくね。いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
お土産が入った紙袋を受け取って外に出た。自転車のかごに荷物を入れ、鍵を挿して動かす。
先月、海水浴に行きたいと相談した際、その海岸の近くに曾祖母の家があることが判明して。
祖父が連絡をすると、『近くに来るならぜひ会いたい』と言われたため、帰省も兼ねてお邪魔することになったのだ。
「凪っ、待って!」
サドルに跨がり、ペダルを踏もうとした瞬間、玄関のドアが開いて母が出てきた。
「これ、お弁当」
「いいよ、コンビニでパン買って食べるから」
「パン⁉ ダメよ! 成長期なんだから、ちゃんとバランス良く食べなさい」
差し出されたオレンジ色の巾着袋を押し返すも、そこは親子。少々乱暴にかごに突っ込んできた。
「……分かったよ」
「ひいおばあちゃん達に失礼のないようにね」
「ん」
「こまめに水分補給するのよ? 今日も30度超えるみたいだから」
「……ん」
「あと、日が長いからって、あまり長居しちゃダメだからね。遅くならないうちに帰ること。明日体験入学なんだから……」
「あぁもううるせーな! いちいち言われなくたって分かってるよ!」
長々と口出ししてくる母を一蹴して家を飛び出した。
あのクソババア、マジであり得ない。
長時間の遠出だから心配なのかもしれないけどさ……これから出発って時に、わざわざ明日の予定言うか⁉ あれ、完全に水を差す言動だったよな⁉ もう小学生じゃないんだし、「気をつけてね」で充分だろ!
怒りをペダルに乗せて漕ぐこと十数分、駅に到着した。全員揃ったところで切符を買い、電車に乗り込む。
「まさか凪のひいばあちゃんに会えるとはなー。何歳なの?」
「98。今年で99って言ってた」
「すご〜い。もうすぐ100歳だぁ」
「なるほど。数え年だと百寿か。だから少し高価なお土産なんだな」
「そうそう」
座席を向かい合わせにして座り、声を抑えて話す。
前回曾祖母の家に帰省したのは、曾祖父が生きていた頃。俺が小3の時に亡くなったから……9年くらい前になるのか。
覚えててくれてるかなぁ。「どちら様ですか?」なんて言われなきゃいいけど。
電車を乗り継ぎ、出発から約4時間。駅からバスに乗り、曾祖母の家がある町に到着した。
最寄りのバス停で降車し、地図を頼りに住宅街を歩く。
「おーい! 凪くーん!」
顔を上げると、前方に両手を大きく振るおじいさんの姿を視界に捉えた。
「久しぶり。長旅お疲れ様」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
駆け寄り、帽子を取って挨拶をした。
この人は祖母の弟のヒロマサさん。父の叔父で、俺からすると大叔父に当たる人だ。
案内する彼に着いていくと、瓦屋根の平屋が見えてきた。
懐かしい。結構大きな家だったっけ。部屋が多いから、従兄弟らしき人達と一緒にかくれんぼした記憶がある。
「ただいまー。連れてきたよー」
「はーい」
曇りガラスの引き戸に向かい、ヒロマサさんの後に続いて中に入ると、奥からおばあさんがやってきた。
「いらっしゃい。遠いところから来てくれてありがとね」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします。これ、お土産です」
「あらぁ! ありがとう!」
紙袋を嬉しそうに受け取った。
明るめのブラウンヘアにパステルオレンジのカーディガン。爽やかで若々しい印象のこの女性は、ヒロマサさんの妻のヒロコさん。大叔母に当たる人だ。
入る順番や学校を間違えたら、それこそ夢から遠のきそうだし……。
歩くこと数分。再び横断歩道にやってきた。
「よし、分かった。とりあえず、お前は一旦進路のこと考えるのやめろ」
「えっ、なんで」
「焦る気持ちは分かる。けど……精神不安定な状態で、まともな判断ができるか?」
そう述べると、理桜は歩行者用のボタンを押した。3回目のストレートな発言を受けて、ハッと気づく。
普段元気な理桜でさえ、高校受験の時は志望校を変えようかギリギリまで迷っていた。
誰だって人生の岐路に立ったら、多少悩むに決まってるはずだ。
「考えても答えが出ない時は、一旦離れる。失せ物も、捜すのをやめたら出てきたって話、よく聞くだろ? ってことで、テスト終わったら海水浴に行こうぜ!」
「…………は?」
信号が変わり、小走りで後を追う。
「話は分かったけど……なんで海水浴?」
「気分転換だよ。壮大な景色を見たら、悩みがちっぽけに思えるかもしれねーだろ? もうすぐ海開きだし、だだっ広い海を見て癒やされようぜ!」
白い歯を見せて眩しく笑った理桜。
それ、単にお前が海に行きたいだけなんじゃ……。まぁでも、気分転換にはピッタリだし。それに高校最後の夏だし。思い出作りも兼ねて行くのもありか。
帰宅して早速、部屋のカレンダーに予定を書き込んだ。
◇
7月上旬。土曜日の朝。今日は待ちに待った海水浴の日。
メンバーは、理桜と俺と、鋼太郎と桃士。
急だったけど、事情を話したら『友のためなら!』と快く承諾してくれたんだ。
「凪くん、これ」
玄関で靴を履いていると、祖父が紙袋を渡してきた。
「ひいおばあちゃん達によろしくね。いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
お土産が入った紙袋を受け取って外に出た。自転車のかごに荷物を入れ、鍵を挿して動かす。
先月、海水浴に行きたいと相談した際、その海岸の近くに曾祖母の家があることが判明して。
祖父が連絡をすると、『近くに来るならぜひ会いたい』と言われたため、帰省も兼ねてお邪魔することになったのだ。
「凪っ、待って!」
サドルに跨がり、ペダルを踏もうとした瞬間、玄関のドアが開いて母が出てきた。
「これ、お弁当」
「いいよ、コンビニでパン買って食べるから」
「パン⁉ ダメよ! 成長期なんだから、ちゃんとバランス良く食べなさい」
差し出されたオレンジ色の巾着袋を押し返すも、そこは親子。少々乱暴にかごに突っ込んできた。
「……分かったよ」
「ひいおばあちゃん達に失礼のないようにね」
「ん」
「こまめに水分補給するのよ? 今日も30度超えるみたいだから」
「……ん」
「あと、日が長いからって、あまり長居しちゃダメだからね。遅くならないうちに帰ること。明日体験入学なんだから……」
「あぁもううるせーな! いちいち言われなくたって分かってるよ!」
長々と口出ししてくる母を一蹴して家を飛び出した。
あのクソババア、マジであり得ない。
長時間の遠出だから心配なのかもしれないけどさ……これから出発って時に、わざわざ明日の予定言うか⁉ あれ、完全に水を差す言動だったよな⁉ もう小学生じゃないんだし、「気をつけてね」で充分だろ!
怒りをペダルに乗せて漕ぐこと十数分、駅に到着した。全員揃ったところで切符を買い、電車に乗り込む。
「まさか凪のひいばあちゃんに会えるとはなー。何歳なの?」
「98。今年で99って言ってた」
「すご〜い。もうすぐ100歳だぁ」
「なるほど。数え年だと百寿か。だから少し高価なお土産なんだな」
「そうそう」
座席を向かい合わせにして座り、声を抑えて話す。
前回曾祖母の家に帰省したのは、曾祖父が生きていた頃。俺が小3の時に亡くなったから……9年くらい前になるのか。
覚えててくれてるかなぁ。「どちら様ですか?」なんて言われなきゃいいけど。
電車を乗り継ぎ、出発から約4時間。駅からバスに乗り、曾祖母の家がある町に到着した。
最寄りのバス停で降車し、地図を頼りに住宅街を歩く。
「おーい! 凪くーん!」
顔を上げると、前方に両手を大きく振るおじいさんの姿を視界に捉えた。
「久しぶり。長旅お疲れ様」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
駆け寄り、帽子を取って挨拶をした。
この人は祖母の弟のヒロマサさん。父の叔父で、俺からすると大叔父に当たる人だ。
案内する彼に着いていくと、瓦屋根の平屋が見えてきた。
懐かしい。結構大きな家だったっけ。部屋が多いから、従兄弟らしき人達と一緒にかくれんぼした記憶がある。
「ただいまー。連れてきたよー」
「はーい」
曇りガラスの引き戸に向かい、ヒロマサさんの後に続いて中に入ると、奥からおばあさんがやってきた。
「いらっしゃい。遠いところから来てくれてありがとね」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします。これ、お土産です」
「あらぁ! ありがとう!」
紙袋を嬉しそうに受け取った。
明るめのブラウンヘアにパステルオレンジのカーディガン。爽やかで若々しい印象のこの女性は、ヒロマサさんの妻のヒロコさん。大叔母に当たる人だ。