家族の笑い声が耳障りに感じたり、授業中、当てられた問題を解くのが面倒に思えて、途中で放棄したり。些細なことでイライラするようになった。
何度も爆発したくなったけれど、みんなの前で感情任せに吐き散らかすわけにはいかない。
毎日毎日、家に着くまで必死に抑え込んだ。
そんなひたすら我慢の日々が続くこと数日──。
「じゃあ、よろしくね」
「はいっ。お任せください!」
金曜日の午後4時半。校内の室内プールにて。
テスト前最後の部活は、水泳部の活動で締めくくることに。
後輩の男の子に計測を頼み、ジャンプ台に登る。
「では行きますよ。よーい……」
背後でピッと短く笛が鳴り、プールに飛び込んだ。全身をしならせ、力強く進んでいく。
一昨日も計測したのだが、やはり調子は良くなく、自己記録に一歩届かずに終わった。まぁ、朝から雨で気分が滅入ってたのもあるかもだけど。
対して今日は曇り。それに晴れ間もあったから、気分は多少いいとは思う。
2回往復し、100メートルを泳ぎきった。
「どうだった?」
「……あの、先輩、最近どこか具合悪いんですか?」
ゴーグルを外すと、怪訝そうな顔でストップウォッチを見ていた。
「いや? 雨で気分は下がり気味だけど、体調面は特に何も。そんなに悪かった?」
「……前回よりも、下がってます」
見せてくれた画面には、一昨日よりも5秒以上遅れた数字が表示されていた。
嘘……なんで? 計測ミスじゃないよな? 普段通り泳いだのに、自己ベストの10秒近くも下回ってるなんて……。
突きつけられた現実。頭を鈍器で殴られたような感覚がした。
◇
「何かあった?」
「えっ?」
駐輪場を出て校門に向かう途中、理桜が顔色をうかがうように尋ねてきた。部活終わりに合流したため、一緒に帰ることになったのだ。
「最近、ふと見たらボーッとしてる時が多いからさ。珍しいなと思って」
理桜は小学生の頃からサッカーを習っていて、今ではサッカー部のエース。よく後輩の相談にも乗っており、技術も抜群で頼れる先輩だと人気なのだそう。
「俺ら、ユニセックスネーム同盟だろ? 話してくれよ。無理ない範囲でいいからさ」
ニカッと歯を見せて笑った理桜。その歯は空に浮かぶ雲よりも白い。
意外と周りを見ている理桜なら、俺が空元気だとすぐ見抜くのも当然だな。
「実はさ……」
自転車を押しながら、ここ数週間の出来事を話した。
「……なるほど。今の話聞いて、なんとなく予想ついた」
「マジ? 原因は何なの?」
「多分スランプだな。それも、進路の悩みで拍車がかかった厄介なやつ」
横断歩道に差し掛かり、立ち止まったところで原因を探る。
「まず、スランプの原因だけど、十中八九、性格だな」
ズバッと言い切られた言葉が胸に刺さった。
長年の仲だからって、遠慮なさすぎだろ……。
「お前は無駄に真面目なんだよ。あと頑張りすぎ」
「そうかな。鋼太郎に比べたら全然だと思うけど」
信号が青に変わり、歩き出すと、隣から呆れたような溜め息が漏れた。
「お前と鋼太郎の真面目は全くもって別物だ」
「違うの?」
「全然違う。あいつは人にも自分にも厳しいタイプ。でも凪は、自分に厳しく人に優しいタイプ。人として素晴らしいのかもしれないけど、そのうち精神蝕まれて心死ぬぞ」
再び飛んできた直球が今度は頭に直撃。
心が死ぬ⁉ 俺このままじゃ、うつ病まっしぐら⁉
「DMも。結局は迷惑メールと変わりねーんだから、いちいち律儀に返信するな。ってか、水関連の仕事に決めたんじゃねーの?」
「……最初はな」
中学時代──水泳教室と美術部の活動を両立していて、将来どっちの道に進むか迷っていた。
部活で毎年結果を残していたから、当時はかなり悩んだのだけれど……出した答えは、『水泳は水場じゃないとできないが、絵はどこでも描ける』。
結果、絵は趣味で続けることにし、高校は運動部が盛んな学校を選んだ。
ただ、毎日練習があるわけではなかったため、休日の火曜日は美術部で絵を描き、リフレッシュしていた。
他の文化部と比べて自由度が高かったので、かけ持ちしていても楽しく活動ができていたのだけど……。
「あんなに何度も来られたら……揺らいだんだよ」
高校に入り、友達作りの一環で始めたSNS。
初めて投稿したのは4月。入学式の日に撮ったローファーの写真だった。
それからは、部活で描いた絵や、休日に撮った写真を載せ始めて……気づいたら、フォロワーが5桁に到達していた。
あまり数は意識していなかったのだけど、ある日、デザイン系の学校からメールが届いて。ここで初めて、自分はそこそこ名が知られていたんだなと実感した。時期は高2の冬だったと思う。
最初は気軽に返信していたのだが……。
【来月説明会があるので、良かったら参加しませんか?】
【現在イラストレーターを募集しているのですが、興味ありませんか?】
高3に上がった途端、勧誘臭漂う内容が増えてきて。
ただでさえ学校の種類で迷っていたのに、執拗なスカウトのせいで、中学時代に消したはずの夢が復活してしまった。
とはいえ、今は副業も可能な時代。
全国の海を潜り、見た光景を絵にする……なんてことも、大人になったら可能なのだろう。
何度も爆発したくなったけれど、みんなの前で感情任せに吐き散らかすわけにはいかない。
毎日毎日、家に着くまで必死に抑え込んだ。
そんなひたすら我慢の日々が続くこと数日──。
「じゃあ、よろしくね」
「はいっ。お任せください!」
金曜日の午後4時半。校内の室内プールにて。
テスト前最後の部活は、水泳部の活動で締めくくることに。
後輩の男の子に計測を頼み、ジャンプ台に登る。
「では行きますよ。よーい……」
背後でピッと短く笛が鳴り、プールに飛び込んだ。全身をしならせ、力強く進んでいく。
一昨日も計測したのだが、やはり調子は良くなく、自己記録に一歩届かずに終わった。まぁ、朝から雨で気分が滅入ってたのもあるかもだけど。
対して今日は曇り。それに晴れ間もあったから、気分は多少いいとは思う。
2回往復し、100メートルを泳ぎきった。
「どうだった?」
「……あの、先輩、最近どこか具合悪いんですか?」
ゴーグルを外すと、怪訝そうな顔でストップウォッチを見ていた。
「いや? 雨で気分は下がり気味だけど、体調面は特に何も。そんなに悪かった?」
「……前回よりも、下がってます」
見せてくれた画面には、一昨日よりも5秒以上遅れた数字が表示されていた。
嘘……なんで? 計測ミスじゃないよな? 普段通り泳いだのに、自己ベストの10秒近くも下回ってるなんて……。
突きつけられた現実。頭を鈍器で殴られたような感覚がした。
◇
「何かあった?」
「えっ?」
駐輪場を出て校門に向かう途中、理桜が顔色をうかがうように尋ねてきた。部活終わりに合流したため、一緒に帰ることになったのだ。
「最近、ふと見たらボーッとしてる時が多いからさ。珍しいなと思って」
理桜は小学生の頃からサッカーを習っていて、今ではサッカー部のエース。よく後輩の相談にも乗っており、技術も抜群で頼れる先輩だと人気なのだそう。
「俺ら、ユニセックスネーム同盟だろ? 話してくれよ。無理ない範囲でいいからさ」
ニカッと歯を見せて笑った理桜。その歯は空に浮かぶ雲よりも白い。
意外と周りを見ている理桜なら、俺が空元気だとすぐ見抜くのも当然だな。
「実はさ……」
自転車を押しながら、ここ数週間の出来事を話した。
「……なるほど。今の話聞いて、なんとなく予想ついた」
「マジ? 原因は何なの?」
「多分スランプだな。それも、進路の悩みで拍車がかかった厄介なやつ」
横断歩道に差し掛かり、立ち止まったところで原因を探る。
「まず、スランプの原因だけど、十中八九、性格だな」
ズバッと言い切られた言葉が胸に刺さった。
長年の仲だからって、遠慮なさすぎだろ……。
「お前は無駄に真面目なんだよ。あと頑張りすぎ」
「そうかな。鋼太郎に比べたら全然だと思うけど」
信号が青に変わり、歩き出すと、隣から呆れたような溜め息が漏れた。
「お前と鋼太郎の真面目は全くもって別物だ」
「違うの?」
「全然違う。あいつは人にも自分にも厳しいタイプ。でも凪は、自分に厳しく人に優しいタイプ。人として素晴らしいのかもしれないけど、そのうち精神蝕まれて心死ぬぞ」
再び飛んできた直球が今度は頭に直撃。
心が死ぬ⁉ 俺このままじゃ、うつ病まっしぐら⁉
「DMも。結局は迷惑メールと変わりねーんだから、いちいち律儀に返信するな。ってか、水関連の仕事に決めたんじゃねーの?」
「……最初はな」
中学時代──水泳教室と美術部の活動を両立していて、将来どっちの道に進むか迷っていた。
部活で毎年結果を残していたから、当時はかなり悩んだのだけれど……出した答えは、『水泳は水場じゃないとできないが、絵はどこでも描ける』。
結果、絵は趣味で続けることにし、高校は運動部が盛んな学校を選んだ。
ただ、毎日練習があるわけではなかったため、休日の火曜日は美術部で絵を描き、リフレッシュしていた。
他の文化部と比べて自由度が高かったので、かけ持ちしていても楽しく活動ができていたのだけど……。
「あんなに何度も来られたら……揺らいだんだよ」
高校に入り、友達作りの一環で始めたSNS。
初めて投稿したのは4月。入学式の日に撮ったローファーの写真だった。
それからは、部活で描いた絵や、休日に撮った写真を載せ始めて……気づいたら、フォロワーが5桁に到達していた。
あまり数は意識していなかったのだけど、ある日、デザイン系の学校からメールが届いて。ここで初めて、自分はそこそこ名が知られていたんだなと実感した。時期は高2の冬だったと思う。
最初は気軽に返信していたのだが……。
【来月説明会があるので、良かったら参加しませんか?】
【現在イラストレーターを募集しているのですが、興味ありませんか?】
高3に上がった途端、勧誘臭漂う内容が増えてきて。
ただでさえ学校の種類で迷っていたのに、執拗なスカウトのせいで、中学時代に消したはずの夢が復活してしまった。
とはいえ、今は副業も可能な時代。
全国の海を潜り、見た光景を絵にする……なんてことも、大人になったら可能なのだろう。