「おっ、凪」
わざとらしく足音を立てて階段を上っていると、踊り場に4歳年上の姉が現れた。
よれよれのTシャツに着古して柄が薄れたハーフパンツ。完全オフモードの部屋着ということは、今日はバイトは休みのようだ。
「おかえり〜。イライラしてるねぇ。またお母さんと喧嘩したの?」
「……どけよ」
短く吐き捨てて去ろうとするも、両手で壁を押さえて通せんぼ。
睨むように見上げると、食堂で見た理桜と同じくらい口角が上がっている。
「なに、またパンフレット絡み?」
「……どけって」
「分かる〜。私も特典の図書カード欲しかったもん。画材爆買いしまくる凪にとってはのどから手が出るくらい欲しいよね〜」
「どけっつってんだろ!」
体当たりして強引にバリケードを壊し、自分の部屋に駆け込んだ。
内定が出たからって調子に乗りやがって。万年金欠ではあるけれど、それ目当てで注文したわけじゃない。
バッグに詰めた封筒を開封して机の上に並べ、引き出しを開けて数を確認する。
大学は、スポーツもデザインも1校のみ。
短大は、スポーツが3つで、デザインは1つ。
専門は、スポーツとデザイン、共に2。
今日の分を合わせても、まだ12校か……。
引き出しを閉め、新しく届いたパンフレットを棚に入れていると、スマホの通知音が鳴った。
ロック画面に表示されていたのは、SNSアプリのアイコン。
その下には……【◯◯スクール】の文字と長文メッセージ。
「……チッ、またかよ」
舌打ちをしてスマホをベッドに放り投げた。
今月に入って3校目。高校生だとは名乗っているけれど、詳しい年齢は明かしていない。一体どこから俺が受験生だって知ったんだ。
あそこ、こないだ見学しに行ったけど、教師の目がギラついてたんだよな。このDMみたいに勧誘臭が強かった。設備は申し分なかったのに残念だ。
関わりたくないけど、無視するとまた来そうだから断ろう。
スマホを拾うと、再び通知音が鳴った。
またDMか? と思ったら、フォロワーの投稿通知だった。アカウントに移動し、最新投稿をチェックする。
「わぁ、美味そう……」
画面に映る、野菜スープと唐揚げ。夕食前なのもあってか、感想がポロッと口からこぼれた。
角度も色合いも配置もバッチリ。これはいいねボタンに自然と指が伸びる。
高評価ボタンを押し、アカウントを離れて待ち受け画面に戻った。
梅の花とのツーショットがアイコンの二花さんは、2年前に知り合った2歳年下の高校生。
今日は料理の写真だったけど、俺と同じく絵の写真も載せており、年齢も近いことから、去年の冬からDMでやり取りしている仲良しのフォロワーさんだ。
そういえば、去年、オススメ料理のレシピを教えてもらったな。醤油漬けにした鶏もも肉を使った親子丼、だったっけ。あれ、めちゃめちゃ美味かったんだよなぁ。
作ってSNSに載せたら、コメントとDMで返事もらって。べた褒めされたのが嬉しくて、2週間くらい上機嫌だった気がする。
「よし、久々に作るか」
善は急げ。保存しておいたレシピの写真を捜し、材料を確認。食事を済ませた後、明日の夕食に作れないかと相談した。
口答えをしたばかりだったからダメ元だったけど……なんと奇跡的にオッケー。
翌日、部活を少し早く切り上げて帰宅し、母と祖父と3人で作った。
姉には『カロリー高そう』と文句を言われたものの、父と兄には大好評で、見事完食。もちろん自分も完食し、おかわりもした。
これで今月末までは乗り切れそうだ。
そう安心していたが──自分でも気づかないうちに、相当疲れが溜まっていたようで。2週間はおろか、1週間も保たなかった。
火曜日の放課後。
部室奥の窓際にイーゼルを立て、見本の写真を参考にキャンバスに鉛筆を走らせる。
しかし、描いては消しての繰り返し。なかなか満足のいく線が描けない。
なんとか花びらを描き上げたのだが……変に力が入ってしまい、全く関係ない場所に線がついた。
「……あぁっ! もう!」
殴り書きするように鉛筆で絵を塗りつぶす。
……しまった。
我に返った時にはもう遅く。恐る恐る周りを見渡すと、部員のほとんどがこっちに目を向けていた。
「浅浜くん、大丈夫?」
「……はい。すみません」
顧問の三木先生が心配そうな顔を浮かべてやってきた。
はぁー……最悪。ここ、学校なのに。
周りに誰もいないならまだしも、部室で、しかも後輩と先生がいる前でブチギレるって。先輩失格だろ……。
謝罪して作業を再開したものの、場の空気を乱してしまったという罪悪感がどうしても拭えず。「体調が優れない」と嘘をつき、1時間が経過したところで早退させてもらった。
だがしかし……回復どころか、日を追うごとに悪化していった。
わざとらしく足音を立てて階段を上っていると、踊り場に4歳年上の姉が現れた。
よれよれのTシャツに着古して柄が薄れたハーフパンツ。完全オフモードの部屋着ということは、今日はバイトは休みのようだ。
「おかえり〜。イライラしてるねぇ。またお母さんと喧嘩したの?」
「……どけよ」
短く吐き捨てて去ろうとするも、両手で壁を押さえて通せんぼ。
睨むように見上げると、食堂で見た理桜と同じくらい口角が上がっている。
「なに、またパンフレット絡み?」
「……どけって」
「分かる〜。私も特典の図書カード欲しかったもん。画材爆買いしまくる凪にとってはのどから手が出るくらい欲しいよね〜」
「どけっつってんだろ!」
体当たりして強引にバリケードを壊し、自分の部屋に駆け込んだ。
内定が出たからって調子に乗りやがって。万年金欠ではあるけれど、それ目当てで注文したわけじゃない。
バッグに詰めた封筒を開封して机の上に並べ、引き出しを開けて数を確認する。
大学は、スポーツもデザインも1校のみ。
短大は、スポーツが3つで、デザインは1つ。
専門は、スポーツとデザイン、共に2。
今日の分を合わせても、まだ12校か……。
引き出しを閉め、新しく届いたパンフレットを棚に入れていると、スマホの通知音が鳴った。
ロック画面に表示されていたのは、SNSアプリのアイコン。
その下には……【◯◯スクール】の文字と長文メッセージ。
「……チッ、またかよ」
舌打ちをしてスマホをベッドに放り投げた。
今月に入って3校目。高校生だとは名乗っているけれど、詳しい年齢は明かしていない。一体どこから俺が受験生だって知ったんだ。
あそこ、こないだ見学しに行ったけど、教師の目がギラついてたんだよな。このDMみたいに勧誘臭が強かった。設備は申し分なかったのに残念だ。
関わりたくないけど、無視するとまた来そうだから断ろう。
スマホを拾うと、再び通知音が鳴った。
またDMか? と思ったら、フォロワーの投稿通知だった。アカウントに移動し、最新投稿をチェックする。
「わぁ、美味そう……」
画面に映る、野菜スープと唐揚げ。夕食前なのもあってか、感想がポロッと口からこぼれた。
角度も色合いも配置もバッチリ。これはいいねボタンに自然と指が伸びる。
高評価ボタンを押し、アカウントを離れて待ち受け画面に戻った。
梅の花とのツーショットがアイコンの二花さんは、2年前に知り合った2歳年下の高校生。
今日は料理の写真だったけど、俺と同じく絵の写真も載せており、年齢も近いことから、去年の冬からDMでやり取りしている仲良しのフォロワーさんだ。
そういえば、去年、オススメ料理のレシピを教えてもらったな。醤油漬けにした鶏もも肉を使った親子丼、だったっけ。あれ、めちゃめちゃ美味かったんだよなぁ。
作ってSNSに載せたら、コメントとDMで返事もらって。べた褒めされたのが嬉しくて、2週間くらい上機嫌だった気がする。
「よし、久々に作るか」
善は急げ。保存しておいたレシピの写真を捜し、材料を確認。食事を済ませた後、明日の夕食に作れないかと相談した。
口答えをしたばかりだったからダメ元だったけど……なんと奇跡的にオッケー。
翌日、部活を少し早く切り上げて帰宅し、母と祖父と3人で作った。
姉には『カロリー高そう』と文句を言われたものの、父と兄には大好評で、見事完食。もちろん自分も完食し、おかわりもした。
これで今月末までは乗り切れそうだ。
そう安心していたが──自分でも気づかないうちに、相当疲れが溜まっていたようで。2週間はおろか、1週間も保たなかった。
火曜日の放課後。
部室奥の窓際にイーゼルを立て、見本の写真を参考にキャンバスに鉛筆を走らせる。
しかし、描いては消しての繰り返し。なかなか満足のいく線が描けない。
なんとか花びらを描き上げたのだが……変に力が入ってしまい、全く関係ない場所に線がついた。
「……あぁっ! もう!」
殴り書きするように鉛筆で絵を塗りつぶす。
……しまった。
我に返った時にはもう遅く。恐る恐る周りを見渡すと、部員のほとんどがこっちに目を向けていた。
「浅浜くん、大丈夫?」
「……はい。すみません」
顧問の三木先生が心配そうな顔を浮かべてやってきた。
はぁー……最悪。ここ、学校なのに。
周りに誰もいないならまだしも、部室で、しかも後輩と先生がいる前でブチギレるって。先輩失格だろ……。
謝罪して作業を再開したものの、場の空気を乱してしまったという罪悪感がどうしても拭えず。「体調が優れない」と嘘をつき、1時間が経過したところで早退させてもらった。
だがしかし……回復どころか、日を追うごとに悪化していった。