簡潔にまとめた父に頷く。

 秘密にしていたけれど、家族を巻き込む大騒動となってしまったので、先週の出会いから今日までの出来事を、隠すことなく全て話した。

「にしてもすげーな! 推しと海で出会うって! 運命みてー! その人何て名前なの?」
「あー……フウトさん、っていうの」

 興奮状態になっている智に名前を明かした。

 本名を言おうか迷ったが、あくまでも智が尋ねているのはSNS上での名前。ひとまずここはペンネームで返しておいた。

「フウトかぁ。知らねーなぁ」
「そりゃ絵に興味ないからね。絵描きの世界では有名で、フォロワー5万人もいるんだよ」
「マジ⁉ ヤバッ! 俺100人しかいねーよぉ」

 若者言葉を連呼する智。

 あんたもSNSやってたのかよ。ってか私よりもフォロワー多いのかよ。後でフォローしようかなと思ったけど、調子に乗りそうだからやめようかな。

「フォロワー5万人の絵師の正体は、王子様系イケメン。芸能人だったら即バズるだろうな。どんな顔なの? 写真ある?」
「ないよ。顔出ししてないから写真NGなの。でも……絵なら描いてる」
「マジ⁉ 見たい!」

 瞳を輝かせて「早く早く!」と急かす智を落ち着かせ、日記帳を取りに別室へ向かった。

 色は塗っているものの、画質が高い写真と比べてそこまでハッキリしていないので、全体的な雰囲気を確認する程度なら大丈夫だろう。

 日記部分を下敷きで隠し、凪くんを描いたページを広げてテーブルの上に置いた。

「おお〜っ、確かにイケメンだな! 年は、20代くらい?」
「ううん。2つ上の高校生だよ」
「へぇ、大人っぽいな! 学校でめちゃめちゃモテてそう。あとこの白い犬可愛い〜」

 瞳孔を開いてはしゃぐ姿はまるで小学生。ジョニーの隣に描いたシロくんを指差し、「これ写真撮っていい?」とまで言い出した。

 呆れつつも了承し、周りに目を向ける。

 やけに静かだなと思ったら……曾祖母を除いた全員、目が真ん丸。長寿祝いの料理を見せた時以上に、絶句して微動だにしない。

 まさか、また何かやらかした? でも、人物と動物だし。特にタブー要素はないと思うんだけど……。

「……ユキエ?」

 異様な空気に困惑していると、曾祖母が沈黙を破った。

 ユキエ? 誰? 女の人?

 老眼のひいおばあちゃんまでも見間違えるとは。これなら過敏に反応するのも分か──。

「母さ……っ! 違うよ! この子は凪くんだよ!」
「ええっ⁉」

 祖父が慌てて訂正した後、出てきた名前に即座に反応した。

「おじいちゃん、凪くんのこと知ってるの⁉」
「まぁ……うん」

 膝立ちして顔を近づけるも、バツが悪そうに目を逸らされた。

 祖母も伯母も、そして父も、なぜか私と目を合わせようとしない。

 嘘っ、私また何か失言を……。

「……一花」
「は、はいっ」

 斜め前から低い声が飛んできて、背筋を正して座り直す。

「……本当に、この子と1週間、会ってたんだな?」
「はい。毎日会ってました」

 父の目を真っ直ぐ見据える。

 号泣して数時間が経過。赤みはだいぶ引いているけれど、まぶたの腫れはまだ治まっておらず。

 これ以上不安を煽りたくなかったが、ここで嘘を吐くと全貌を明らかにすることができない。

 帰省中の曾祖父も見守っている手前、偽りなく答えた。

「お父さんも知ってるの?」
「あぁ。この子は浅浜(あさはま) 凪くん。一花と智くん以外は、みんな1度会ってるんだ」

 少し目を伏せてフルネームを口にした父。

 へぇ、浅浜さんって言うんだ。初めて知った。だから智以外みんな反応してたんだ。やらかしたわけじゃなくて良かった……。

「ちなみに、どこで会ったの?」
「……葬儀場」
「えっ……もしかして先月会ってたの?」
「あぁ。実は彼とは遠い親戚なんだ。だけど──先月、ここの海で亡くなったんだよ」