田舎でも家の敷地外。いつ危険と出くわしてもおかしくない。

 無我夢中で追っていたらいつの間にか海岸にたどり着いていて。倒れている私を発見し、智のスマホで連絡したのだという。

 なぜジョニーが突然走り出したのか。海に向かったのか。

 謎だらけだけど……現時点で分かったのは、凪くんは私を岸まで運んだ後、姿を消したのだということ。

「他に人はいなかったの?」
「いなかったよ。ライフセーバーの人は来てなかったから、お父さんと智くんとジョニーだけだった」
「本当に? 若くて綺麗な男の人、見てない?」

 でも、そんなはずはない。瀕死状態の私を置いて帰るだなんて、凪くんに限って絶対あり得ない。

 だって凪くんは水泳部。水難事故については部活動でも教習してるだろうし、人一倍詳しいに決まってる。

 ファンの心を弄ぶちょっぴり悪い男だけれど、死にかけの人間を放ったらかしにするような人間ではない。

 もし根っからの極悪人なら、最初から助けず見捨てていたはずだ。

「若くて綺麗? 具体的にどんな?」
「細身で、全体的にクールな顔立ちで、でも笑った時の顔は柔和で、ふとした時の目が憂いを帯びている時があって……」
「にゅう、わ? うれい……?」

 眉根を寄せて首を傾げている。

「王子様みたいな大人っぽい人だったんだけど……」

 特徴を並べてもピンときていない様子だったので、シンプルにまとめた。

「いや……そんな少女漫画のヒーローみたいな人はいなかったぞ。そもそも、海にいたのはお父さん達と隊員の人だけで、野次馬もいなかったから」

 きっぱりと、最初からいなかったと言い切られた。その直後、恐ろしい考えが頭をよぎる。

 まさか、私を助けた後、力尽きた……? いや、砂浜に倒れていたのなら、確実に陸に上がっている。

 でも、力尽きて倒れた場所が浅瀬だったら……波に呑まれて流されたって可能性も……。

 認めたくないけど、仮にそうだとするならば……私が見ていた幸せな夢は、本当は夢じゃなくて、凪くんの──。

「失礼しまーす」

 ドアのノック音と看護師さんの声で我に返った。

 点滴を外してもらっている最中、私以外にも運ばれた人がいないかを尋ねたのだけれど、返ってきたのは、やはり父と同じ答え。

 智にも同じ質問をしたのだが、『そんな絶世イケメン、いたら記憶に残ってるに決まってるだろ』と一蹴されてしまった。

 別室に移動すると検査が行われた。

 数時間に及んだので心配していたが、早期発見だったためか、奇跡的に問題なしと診断をもらい、その日のうちに退院することができた。

 伯母に車で迎えに来てもらい、帰路に就く。

「ただいまー」

 引き戸を開けた父に続いて中に入ると、ドタバタと走ってくる足音が迎えにやってきた。

「一花ちゃん……!」

 泣き腫らした目をした祖父と祖母、そしてジョニーまでもが玄関に集まった。

「ごめんなさいっ、約束、してたのにっ」
「いいのよっ。ステーキよりも、一花ちゃんのほうが大事なんだから……っ」

 頭を撫でられ、背中を擦られ、体温に包まれて。収まった涙が息を吹き返す。

 鼻水が出てきたのでティッシュをもらおうとすると、ジョニーが立ち上がって抱きついてきた。

「ジョニー……っ、大事なボール、投げてごめんね……っ」

 途切れ途切れで謝罪する私の顔を、ペロペロと舐め始めた。

 大丈夫だよ、だからもう泣かないで。そう言うように涙を拭っているように思えて。

 全身で愛情表現をする健気な彼を抱きしめ、小さな頭を何度も撫でた。

 一昨日と同じく、祖母に手を引かれて居間へ。

 中に入ると、客間の襖が開いており、曾祖母が仏壇に向かって座っていた。

「ただいま。ひいおばあちゃん、帰ったよ」

 驚かせないよう、少し離れたところから声をかけた。

「……一花ちゃん、かい?」
「うんっ。一花だよ。ただいま」

 2日前に1年分流したばかりなのに。顔を合わせた途端、再び視界が涙で滲んでいく。

 現実世界と幻想世界の分を合わせたら、今日だけで1年半、いや2年分は泣いたかもしれない。

「何してたの……?」
「タダシさんにお願いしてたんだよ。一花ちゃんを助けてくださいって」

 しわがれた声で返事をした曾祖母にそっと抱きつく。

「ごめんなさい……っ、ありがとう」

 涙声で謝罪と感謝を伝えると、背中を優しく擦られた。

 せっかく休んでたのに、また心配かけて、最後まで人騒がせな子孫で本当にごめんなさい。

 ひいおばあちゃん、ずっと信じて待っていてくれてありがとう。

 ひいおじいちゃんも、ひいおばあちゃんの願いを叶えてくれてありがとう。

 後ろですすり泣く複数の声を耳にしながら、涙が収まるまで愛の温もりに浸ったのだった。





 壁掛け時計が鳴った午後3時。涙を流しきったところで軽く食事を取り、家族全員で居間のテーブルを囲む。

「……つまり、その若くて綺麗な王子様みたいな人が、SNSで繋がった友達で、溺れた一花を砂浜に運んでくれたんだな?」
「うん」