愛犬が入ったバッグを下に置いて私の両手を包み込むように握った。
素敵な人だなぁ。表情からも手のひらからも人柄が伝わってくる。凪くんは顔立ちだけじゃなくて、性格も受け継いでいるようだ。
「あの、その子ってワンちゃんですか?」
「ええ。あ、凪くんから話聞いてた?」
「はい。犬が3匹いると聞きました。この子は何の種類ですか?」
「日本スピッツよ。今ちょっと寝てて見えにくいんだけど、全身真っ白でふわふわしてるの。名前はね──」
おばあさんの手がバッグに伸びたその時、突如バッグがモゾモゾと動き出した。
私の声に反応して起きちゃったのかな。お休み中のところ邪魔してごめんね。
そう言わんばかりにしゃがんで顔を近づけると、キャンキャンキャン! と甲高い声が耳を貫いた。
「こらっ! シーくん! お客さんの前よ!」
叱る声が聞こえてくるけれど、あまりにも大きくて、耳に響くのはワンちゃんの吠える声のみ。
これがスピッツ……⁉ うるさっっ! 改良したんじゃなかったの⁉ それともこの子の性格が元気なだけ⁉
「一花、そろそろ行こう。時間なくなる」
眉をひそめたまま立ち上がると、凪くんに腕を掴まれた。愛犬を宥めるおばあさんに会釈し、植物でいっぱいの庭を後にする。
「ごめん、ちょっと走るよ」
「う、うんっ」
住宅街を全速力で駆け抜ける。
車が通っていない閑静な道路を通り過ぎると、のどかな田園風景が見えてきた。
右折してあぜ道に入ったところで、ようやくペースダウン。1度立ち止まり、膝に手をついて酸素を取り込む。
「急にごめんっ。うちのばあちゃん、おしゃべり好きだから、長引くと思ってさ」
「そう、なんだ……っ」
ゼエハアと呼吸を繰り返す私達。
生還したばかりなのに……とは思ったけど、瞳がキラキラ輝いてたし、声も弾んでた。スピッツくんが吠えなかったら、根掘り葉掘り聞かれて質問責めに遭っていたかもしれない。ありがとう、白き警報のワンちゃん。
休憩を終え、田んぼに囲まれたあぜ道を進むこと数分。
「ねぇ……裏道って、まさかここ通るの……?」
先導する彼の背中に恐る恐る問いかけた。
視線の先にそびえ立つ、草木が生い茂った山。
左右を見渡しても通れそうな道は1本もなく、真っ直ぐ続いている。
「うん。道路沿いだと遠回りになるから。ここが1番の近道なんだよ」
「えええ……」
小さく悲鳴を漏らすも、聞く耳持たず。「さ、行くよ」と言って、凪くんは山の中へ。
ううっ、そんなぁ。もっと明るくて地面が安定してる道はないの?
不満をこぼしたかったが、他に行く道もないため、意を決して後を追うことに。
「足元、気をつけてね」
「う、うん」
枯れ葉が散らばる土の道を、一歩一歩感触を確かめて進んでいく。
田舎の山といえば、鹿とか猪とかの野生動物が住み着いていて、気軽に立ち入れない印象がある。
けど……ここはそういう危険を示す看板が一切立っておらず、生き物が住み着いているとは到底思えないくらい静か。
響くのは枯れ葉を踏みしめる私達の足音だけで、まだ昼前なのに、すごく不気味に感じる。
「そういえばさ、さっきの自己紹介、『お友達をやらせていただいております』って何。シンプルに友達って言えば良かったのに」
「だって、画面越しでしか話したことなかったから。それに、推しを友達って言っていいのかなって」
「え、俺、推しなの?」
「そうだよ! 中2の頃からずっと推してる! 今年の夏で2年を迎える古参ファンなんだからっ」
「うわぁ、古参アピールって。地雷のにおいがプンプンするなー」
前を歩く彼の肩が小刻みに揺れている。
顔は見えないが、ふふふと笑い声が漏れていて、どんな表情をしているのか大体想像がつく。
「もう、失礼だなぁ! これでも一応、ネットリテラシーは勉強してるんだからね⁉」
「ごめん、冗談だよ。応援してくれてありがとね」
くるっと振り向いて、頭をポンポンと撫でてきた。
また子ども扱いして……と思ったけど、もしかして、恐怖心を和らげようとして……?
優しい意図に気づき、反撃しようと上げた手を引っ込めた。
「ここから少し下り坂だから、気をつけてね」
「分かった」
注意喚起を受け、安全性を高めるために歩幅を小さくした。足裏の感触を念入りに確かめながら進む。
「ねぇ、本当にこの道で合ってるの?」
「うん。いつもこの辺りは暗いから。怖がらなくても大丈夫だよ」
またも心を読まれてしまい、赤面した。
帰省民とはいえ、グイグイ進むのなら土地勘ありそうだし、抜け道にも詳しいんだろうけど……。
すると、道を照らしていた太陽の光が雲によって遮られた。
お昼から雨の予報だからかな。雲の色が濃くなってきてる。
夜じゃないけど、気持ち悪いくらい静かだから、より一層不気味度が増していて怖い。
それに……なんだかどんどん道が狭くなっている気がする。
素敵な人だなぁ。表情からも手のひらからも人柄が伝わってくる。凪くんは顔立ちだけじゃなくて、性格も受け継いでいるようだ。
「あの、その子ってワンちゃんですか?」
「ええ。あ、凪くんから話聞いてた?」
「はい。犬が3匹いると聞きました。この子は何の種類ですか?」
「日本スピッツよ。今ちょっと寝てて見えにくいんだけど、全身真っ白でふわふわしてるの。名前はね──」
おばあさんの手がバッグに伸びたその時、突如バッグがモゾモゾと動き出した。
私の声に反応して起きちゃったのかな。お休み中のところ邪魔してごめんね。
そう言わんばかりにしゃがんで顔を近づけると、キャンキャンキャン! と甲高い声が耳を貫いた。
「こらっ! シーくん! お客さんの前よ!」
叱る声が聞こえてくるけれど、あまりにも大きくて、耳に響くのはワンちゃんの吠える声のみ。
これがスピッツ……⁉ うるさっっ! 改良したんじゃなかったの⁉ それともこの子の性格が元気なだけ⁉
「一花、そろそろ行こう。時間なくなる」
眉をひそめたまま立ち上がると、凪くんに腕を掴まれた。愛犬を宥めるおばあさんに会釈し、植物でいっぱいの庭を後にする。
「ごめん、ちょっと走るよ」
「う、うんっ」
住宅街を全速力で駆け抜ける。
車が通っていない閑静な道路を通り過ぎると、のどかな田園風景が見えてきた。
右折してあぜ道に入ったところで、ようやくペースダウン。1度立ち止まり、膝に手をついて酸素を取り込む。
「急にごめんっ。うちのばあちゃん、おしゃべり好きだから、長引くと思ってさ」
「そう、なんだ……っ」
ゼエハアと呼吸を繰り返す私達。
生還したばかりなのに……とは思ったけど、瞳がキラキラ輝いてたし、声も弾んでた。スピッツくんが吠えなかったら、根掘り葉掘り聞かれて質問責めに遭っていたかもしれない。ありがとう、白き警報のワンちゃん。
休憩を終え、田んぼに囲まれたあぜ道を進むこと数分。
「ねぇ……裏道って、まさかここ通るの……?」
先導する彼の背中に恐る恐る問いかけた。
視線の先にそびえ立つ、草木が生い茂った山。
左右を見渡しても通れそうな道は1本もなく、真っ直ぐ続いている。
「うん。道路沿いだと遠回りになるから。ここが1番の近道なんだよ」
「えええ……」
小さく悲鳴を漏らすも、聞く耳持たず。「さ、行くよ」と言って、凪くんは山の中へ。
ううっ、そんなぁ。もっと明るくて地面が安定してる道はないの?
不満をこぼしたかったが、他に行く道もないため、意を決して後を追うことに。
「足元、気をつけてね」
「う、うん」
枯れ葉が散らばる土の道を、一歩一歩感触を確かめて進んでいく。
田舎の山といえば、鹿とか猪とかの野生動物が住み着いていて、気軽に立ち入れない印象がある。
けど……ここはそういう危険を示す看板が一切立っておらず、生き物が住み着いているとは到底思えないくらい静か。
響くのは枯れ葉を踏みしめる私達の足音だけで、まだ昼前なのに、すごく不気味に感じる。
「そういえばさ、さっきの自己紹介、『お友達をやらせていただいております』って何。シンプルに友達って言えば良かったのに」
「だって、画面越しでしか話したことなかったから。それに、推しを友達って言っていいのかなって」
「え、俺、推しなの?」
「そうだよ! 中2の頃からずっと推してる! 今年の夏で2年を迎える古参ファンなんだからっ」
「うわぁ、古参アピールって。地雷のにおいがプンプンするなー」
前を歩く彼の肩が小刻みに揺れている。
顔は見えないが、ふふふと笑い声が漏れていて、どんな表情をしているのか大体想像がつく。
「もう、失礼だなぁ! これでも一応、ネットリテラシーは勉強してるんだからね⁉」
「ごめん、冗談だよ。応援してくれてありがとね」
くるっと振り向いて、頭をポンポンと撫でてきた。
また子ども扱いして……と思ったけど、もしかして、恐怖心を和らげようとして……?
優しい意図に気づき、反撃しようと上げた手を引っ込めた。
「ここから少し下り坂だから、気をつけてね」
「分かった」
注意喚起を受け、安全性を高めるために歩幅を小さくした。足裏の感触を念入りに確かめながら進む。
「ねぇ、本当にこの道で合ってるの?」
「うん。いつもこの辺りは暗いから。怖がらなくても大丈夫だよ」
またも心を読まれてしまい、赤面した。
帰省民とはいえ、グイグイ進むのなら土地勘ありそうだし、抜け道にも詳しいんだろうけど……。
すると、道を照らしていた太陽の光が雲によって遮られた。
お昼から雨の予報だからかな。雲の色が濃くなってきてる。
夜じゃないけど、気持ち悪いくらい静かだから、より一層不気味度が増していて怖い。
それに……なんだかどんどん道が狭くなっている気がする。