「凪くんの馬鹿! 意地悪! チャラ男! ズルズルの男!」
「わぁ、酷い言われよう。ってかズルズルの男って何」
「女の子をドキドキさせるのが上手い、ズルい男ってことだよ!」
「ふはっ、とうとう開き直ったな」
両頬から手を離したかと思えば、「素直でよろしい」と笑い、頭の上に。
至近距離で頭をポンポンされて、顔の熱はさらに上昇。完全に凪くんのペースに呑まれている。
凪くんって、こんなに積極的だったっけ。
大人っぽい外見とは裏腹にお茶目な部分はあるけれど、こんなふうに迫ってきたり、スキンシップを取ってくることは滅多になかった。
家にいるから素の自分を出しているだけ? もしそうだとしたら、根はかなりの女たらし……⁉
「うわぁ、睨むねぇ。『凪くーん!』って満面の笑みで駆け寄ってきてた最初の頃と大違い。いつそんな小生意気になったの?」
「元から私は生意気なんですぅ」
「ふーん、じゃあ今まで猫被ってたんだ」
「いや、そういうわけじゃ」
「マジかぁ。ショックだなぁ。さっきまでは俺の上で気持ち良さそうに寝てたのに」
「だから違うって言っ……え?」
わざとらしく口を尖らせる彼に目を見開く。
今お尻の下に広がっているのは、冷たくて硬い床。だけど、寝ていた時、特に仰向けになった時は、そこまで硬さはなく。むしろ、ほどよい柔らかさと温かさを感じた。
……ということは、私が寝ていたのは、凪くんのひ、膝の……。
「凪くんの馬鹿っ! 変態!」
「ごめんって! 悪かったから勘弁してっ」
頭に乗っている手を払い、帽子でペシペシと叩いて反撃。
勝手に膝枕するなんて! もう悪いを通り越して危険な男だよ!
最後に思いっきり叩こうとしたら、家の奥からポーンポーンと音が聞こえてきた。
「これ……時計の音、だよね? 今何時?」
「多分11時じゃないかな。帰ってきたのは9時台だったけど、ここで1時間以上寝てたから」
時刻を知り、再びサーッと顔が青ざめる。
「そんな……今日おばあちゃん達と一緒にお昼ご飯食べに行く予定だったのに……」
「マジ? 何時から?」
「11時半にはお店に着いておきたいって言ってたから……今日は少し早く解散できないかって言おうと思ってたの」
出発予定時間まで残り10分。この家がどこにあるのかは不明だが、今急いで帰ったとしても、既に全員準備を終わらせて車に乗り込んでいるかもしれない。
約束したのに、破ってごめんなさい……。
「分かった。リュック持ってくるから待ってて」
「えっ、まさか今から行くつもり? 無理だよ、間に合わないよ」
立ち上がった凪くんに即答したら、なぜかデコピンを食らった。
「いったぁ……何するの!」
「やってもないのに無理って決めつけない。大丈夫、見慣れない場所だけど、裏道使えばすぐ着くから」
顔をしかめる私の額に触れて「ごめんね」と言い残し、障子を開けて荷物を取りに行った。
すぐ……? なら、意外と近所なの? でも、さすがに10分以内は難しいんじゃ……。
「うわぁ! なんで出てるの⁉」
すると、障子の向こうから驚く声が上がった。
「ポチ! ハウス! ほらっ、お願いだから入って!」
耳を近づけて様子をうかがうと、ドタバタと走り回る足音に混じって唸り声が聞こえた。
これは恐らく、ワンちゃんがケージから脱走したんだな。にしても、定番中の定番すぎる名前……。
付ける名前の種類が増えている現代でも、お年寄りの人にとっては、犬=ポチが定着しているみたい。
苦笑いしていたら、足音が近づいてきて障子が開いた。
「ただいま。はいどうぞ」
「ありがとう。大丈夫だった? さっきの、ワンちゃんの声だよね?」
「うん。鍵が最後までかかってなかったみたいで……ちょっと格闘してた」
笑顔で答える凪くんだけど、髪の毛が乱れてボサボサになっている。
ワンちゃんと暮らし始めて3週間。多少は慣れてきたとはいえども、やっぱり1人で3匹のお世話は大変だよね。昨日少し元気がなさげだったのも、疲れが溜まっていたからなのかな。
「あら、凪くん」
心の中で労いの言葉をかけ、靴を履いていると、庭の端に大きな荷物を持った女の人が現れた。
年齢は私の祖母と同じ70代前半くらい。上品で綺麗めの顔立ちをしている。
「ただいま」
「ばあちゃ、なんで……」
目を丸く見開いて固まる凪くん。凪くんのおばあさんだったようだ。
「早くない⁉ 早退したの⁉」
「ううん。今日この子のシャンプーの日だったの、すっかり忘れててね。今帰ってきたところなの」
うふふと笑うと、左手に持った荷物に視線を落とした。
話で聞いていた通り、笑い方が凪くんにそっくり。優しさをまとう柔らかな笑顔だ。
「どうりで1匹いないなと思ったら……先に言ってよ。ケージも空いてたから、逃げたか隠れてるのか分からなくてマジで焦ってたんだよ」
「ごめんね。それより……お客さん連れてきてたの?」
微笑ましく眺めていたら、彼に向いていた眼差しが私に向いた。
「こんにちは! はじめまして! 凪の祖母です」
「こちらこそはじめましてっ。凪くんのお友達をやらせていただいております、一花です。勝手にお邪魔してすみません」
「やだぁ、いいのよ! 凪くんと仲良くしてくれて本当にありがとね」
「わぁ、酷い言われよう。ってかズルズルの男って何」
「女の子をドキドキさせるのが上手い、ズルい男ってことだよ!」
「ふはっ、とうとう開き直ったな」
両頬から手を離したかと思えば、「素直でよろしい」と笑い、頭の上に。
至近距離で頭をポンポンされて、顔の熱はさらに上昇。完全に凪くんのペースに呑まれている。
凪くんって、こんなに積極的だったっけ。
大人っぽい外見とは裏腹にお茶目な部分はあるけれど、こんなふうに迫ってきたり、スキンシップを取ってくることは滅多になかった。
家にいるから素の自分を出しているだけ? もしそうだとしたら、根はかなりの女たらし……⁉
「うわぁ、睨むねぇ。『凪くーん!』って満面の笑みで駆け寄ってきてた最初の頃と大違い。いつそんな小生意気になったの?」
「元から私は生意気なんですぅ」
「ふーん、じゃあ今まで猫被ってたんだ」
「いや、そういうわけじゃ」
「マジかぁ。ショックだなぁ。さっきまでは俺の上で気持ち良さそうに寝てたのに」
「だから違うって言っ……え?」
わざとらしく口を尖らせる彼に目を見開く。
今お尻の下に広がっているのは、冷たくて硬い床。だけど、寝ていた時、特に仰向けになった時は、そこまで硬さはなく。むしろ、ほどよい柔らかさと温かさを感じた。
……ということは、私が寝ていたのは、凪くんのひ、膝の……。
「凪くんの馬鹿っ! 変態!」
「ごめんって! 悪かったから勘弁してっ」
頭に乗っている手を払い、帽子でペシペシと叩いて反撃。
勝手に膝枕するなんて! もう悪いを通り越して危険な男だよ!
最後に思いっきり叩こうとしたら、家の奥からポーンポーンと音が聞こえてきた。
「これ……時計の音、だよね? 今何時?」
「多分11時じゃないかな。帰ってきたのは9時台だったけど、ここで1時間以上寝てたから」
時刻を知り、再びサーッと顔が青ざめる。
「そんな……今日おばあちゃん達と一緒にお昼ご飯食べに行く予定だったのに……」
「マジ? 何時から?」
「11時半にはお店に着いておきたいって言ってたから……今日は少し早く解散できないかって言おうと思ってたの」
出発予定時間まで残り10分。この家がどこにあるのかは不明だが、今急いで帰ったとしても、既に全員準備を終わらせて車に乗り込んでいるかもしれない。
約束したのに、破ってごめんなさい……。
「分かった。リュック持ってくるから待ってて」
「えっ、まさか今から行くつもり? 無理だよ、間に合わないよ」
立ち上がった凪くんに即答したら、なぜかデコピンを食らった。
「いったぁ……何するの!」
「やってもないのに無理って決めつけない。大丈夫、見慣れない場所だけど、裏道使えばすぐ着くから」
顔をしかめる私の額に触れて「ごめんね」と言い残し、障子を開けて荷物を取りに行った。
すぐ……? なら、意外と近所なの? でも、さすがに10分以内は難しいんじゃ……。
「うわぁ! なんで出てるの⁉」
すると、障子の向こうから驚く声が上がった。
「ポチ! ハウス! ほらっ、お願いだから入って!」
耳を近づけて様子をうかがうと、ドタバタと走り回る足音に混じって唸り声が聞こえた。
これは恐らく、ワンちゃんがケージから脱走したんだな。にしても、定番中の定番すぎる名前……。
付ける名前の種類が増えている現代でも、お年寄りの人にとっては、犬=ポチが定着しているみたい。
苦笑いしていたら、足音が近づいてきて障子が開いた。
「ただいま。はいどうぞ」
「ありがとう。大丈夫だった? さっきの、ワンちゃんの声だよね?」
「うん。鍵が最後までかかってなかったみたいで……ちょっと格闘してた」
笑顔で答える凪くんだけど、髪の毛が乱れてボサボサになっている。
ワンちゃんと暮らし始めて3週間。多少は慣れてきたとはいえども、やっぱり1人で3匹のお世話は大変だよね。昨日少し元気がなさげだったのも、疲れが溜まっていたからなのかな。
「あら、凪くん」
心の中で労いの言葉をかけ、靴を履いていると、庭の端に大きな荷物を持った女の人が現れた。
年齢は私の祖母と同じ70代前半くらい。上品で綺麗めの顔立ちをしている。
「ただいま」
「ばあちゃ、なんで……」
目を丸く見開いて固まる凪くん。凪くんのおばあさんだったようだ。
「早くない⁉ 早退したの⁉」
「ううん。今日この子のシャンプーの日だったの、すっかり忘れててね。今帰ってきたところなの」
うふふと笑うと、左手に持った荷物に視線を落とした。
話で聞いていた通り、笑い方が凪くんにそっくり。優しさをまとう柔らかな笑顔だ。
「どうりで1匹いないなと思ったら……先に言ってよ。ケージも空いてたから、逃げたか隠れてるのか分からなくてマジで焦ってたんだよ」
「ごめんね。それより……お客さん連れてきてたの?」
微笑ましく眺めていたら、彼に向いていた眼差しが私に向いた。
「こんにちは! はじめまして! 凪の祖母です」
「こちらこそはじめましてっ。凪くんのお友達をやらせていただいております、一花です。勝手にお邪魔してすみません」
「やだぁ、いいのよ! 凪くんと仲良くしてくれて本当にありがとね」