──ミーンミンミンミンミーン……。
「んん……?」
夏を感じさせる鳴き声が耳に入り、眉間にシワを寄せながら目を開けた。
視界に入った、鉢植えの花と盆栽。
曾祖母の家の庭と構造が似てるけれど、飾ってある種類が少し違う。だとしたら、ここは誰かの家の庭……?
「あ、起きた?」
見慣れない場所に戸惑っていると、頭上から声が聞こえた。
「おはよう。よく眠れた?」
仰向けになり、まばたきを繰り返しながら、寝起き数秒の頭を起動させる。
前髪から覗く涼しげな目元、派手さはないが全体的に整った品のある顔立ち。
「……うえぇぇっっ⁉」
視界いっぱいに広がる顔が鮮明になり、慌てて起き上がった。
「おおっ。寝起きなのに元気いっぱいだなぁ。具合はどう? どこも痛くない?」
「う、うん。ピンピン、してます」
「なら良かった」
優しく笑う凪くんにぎこちなく返事をし、辺りを確認する。
左側には障子、右側には庭。どうやらここは縁側らしい。
「岸まで運んだんだけど、ぐったりしてたから家に連れて帰ったんだ」
「そう、なんだ。助けてくれてありがとう」
「いえいえ。あ、帽子あるから持ってくるね」
そう言って立ち上がり、凪くんは障子を開けて部屋に入っていった。
手のひらで頬をそっと包み込む。
溺れて、沈んで、走馬灯を見て。
私の人生もう終わりなのかなって死を覚悟してたけど……無事だったんだ。生きて帰ってこれたんだ。
「ただいま。はいどうぞ」
「ありがとう」
戻ってきた彼から帽子を受け取った。良かった。花飾りも無事だったみたい。
海水を含んで少し柔らかくなった帽子をギュッと抱きしめる。
「本当驚いたよ。こっち見て返事してたのに、次の瞬間溺れてるんだもん。クラゲか何かに刺されてひるんだ?」
「ううん。足がつって動けなかっただけ。それに、足場もなかったから……」
回想しながら帽子を抱きしめる力を強めた。
いつ波が来るか予測できない恐怖、のどと肺が水に埋め尽くされていく感覚。
何度足掻いても、状況は良くなるどころか、体力が失われていくだけ。
生きたいという希望が一瞬にして消え去り、絶望に塗り替えられた。
心臓が激しく音を立て始め、顔が青ざめていく。すると、背中に手が回り、そっと抱き寄せられた。
「……怖かったよね。でももう大丈夫」
小さな子どもをあやすように、背中をトントンしつつ擦ってくれた。
高台で号泣した時は壊れ物を扱うみたいな手つきだったけど、今はしっかり擦られていて、手のひらの温かさがハッキリと伝わってくる。
じわじわと涙が込み上げてきて、こぼれ落ちないように唇を噛みしめた。
「……あっ、ごめん」
その優しさに甘えたくなって自分も背中に手を回そうとしたのだけれど、惜しくも体が離れてしまった。
「いきなり、嫌だったよね」
「ううんっ。全然……」
そんなことないよ。そう小さな声で付け足すも、視線は彼ではなく帽子に。
おかしいな。高台で見つめられた時は安心感で満たされていたのに。今は胸がドキドキしてて、顔を合わせないで済むハグのほうがマシだと感じてしまっている。
とはいえ、ずっと俯いたままなのは失礼なので、恐る恐る顔を上げた。
「あの、助かったってことは、何か措置したんだよね?」
「うん。心肺蘇生して、水吐き出させたよ」
叱られた子供が親に向けるような眼差しでぎこちなく尋ねた私に、凪くんはすんなり答えた。
全く動揺しない堂々とした姿。いかに自分が自意識過剰で異性慣れしていないということを思い知る。
心肺蘇生って、心臓マッサージをして人工呼吸をするやつだったよね。
意識が飛ぶ直前、唇に何か温かいものが触れていたような気がしたから、もしかして……。
「……ちょっと、どこ触ってるの」
ハッと我に返り、口元に当てていた手を急いで離した。
「もう、こっちは必死で救助してたっていうのに」
「ううっ、すみませんっ」
ジリジリと凪くんとの距離が縮まる。近づいてくるジト目から逃れようと、帽子でガードするも……。
「そんな純情乙女みたいな反応されるとは思わなかったよ」
あっけなくひょいと取り上げられてしまい、熱くなった頬を両手で挟まれた。
「本当にピュアだねぇ、一花ちゃんは。もう笑っちゃうくらいピュアだよ」
「は、放してよっ」
「将来悪い男に引っかからないか心配だなぁ」
「かからないよっ。弟いるし、男の性質には詳しいほうなんだからっ」
「へぇ〜。じゃあどうして今お顔がりんごみたいに真っ赤なんですかー?」
「うっ、それは……」
指先を当てたままくるくる回して感触を楽しむ凪くん。海辺でからかってきた時と同じ、いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべている。
何が『引っかからないか心配だなぁ』だ!
年上の余裕をこれでもかってほど見せつけて、人生経験が少ない年下の心を弄んで! 凪くんが現時点で1番悪い男だよ!
「答えられないってことは、つまり」
「違う! 別に凪くんにドキドキしてるわけじゃないから!」
「……俺まだ何も言ってないんだけど」
「…………」
黙り込むと、目の前の彼からふふふっと笑い声が漏れた。
焦ったがゆえに墓穴を掘ってしまった……。
「んん……?」
夏を感じさせる鳴き声が耳に入り、眉間にシワを寄せながら目を開けた。
視界に入った、鉢植えの花と盆栽。
曾祖母の家の庭と構造が似てるけれど、飾ってある種類が少し違う。だとしたら、ここは誰かの家の庭……?
「あ、起きた?」
見慣れない場所に戸惑っていると、頭上から声が聞こえた。
「おはよう。よく眠れた?」
仰向けになり、まばたきを繰り返しながら、寝起き数秒の頭を起動させる。
前髪から覗く涼しげな目元、派手さはないが全体的に整った品のある顔立ち。
「……うえぇぇっっ⁉」
視界いっぱいに広がる顔が鮮明になり、慌てて起き上がった。
「おおっ。寝起きなのに元気いっぱいだなぁ。具合はどう? どこも痛くない?」
「う、うん。ピンピン、してます」
「なら良かった」
優しく笑う凪くんにぎこちなく返事をし、辺りを確認する。
左側には障子、右側には庭。どうやらここは縁側らしい。
「岸まで運んだんだけど、ぐったりしてたから家に連れて帰ったんだ」
「そう、なんだ。助けてくれてありがとう」
「いえいえ。あ、帽子あるから持ってくるね」
そう言って立ち上がり、凪くんは障子を開けて部屋に入っていった。
手のひらで頬をそっと包み込む。
溺れて、沈んで、走馬灯を見て。
私の人生もう終わりなのかなって死を覚悟してたけど……無事だったんだ。生きて帰ってこれたんだ。
「ただいま。はいどうぞ」
「ありがとう」
戻ってきた彼から帽子を受け取った。良かった。花飾りも無事だったみたい。
海水を含んで少し柔らかくなった帽子をギュッと抱きしめる。
「本当驚いたよ。こっち見て返事してたのに、次の瞬間溺れてるんだもん。クラゲか何かに刺されてひるんだ?」
「ううん。足がつって動けなかっただけ。それに、足場もなかったから……」
回想しながら帽子を抱きしめる力を強めた。
いつ波が来るか予測できない恐怖、のどと肺が水に埋め尽くされていく感覚。
何度足掻いても、状況は良くなるどころか、体力が失われていくだけ。
生きたいという希望が一瞬にして消え去り、絶望に塗り替えられた。
心臓が激しく音を立て始め、顔が青ざめていく。すると、背中に手が回り、そっと抱き寄せられた。
「……怖かったよね。でももう大丈夫」
小さな子どもをあやすように、背中をトントンしつつ擦ってくれた。
高台で号泣した時は壊れ物を扱うみたいな手つきだったけど、今はしっかり擦られていて、手のひらの温かさがハッキリと伝わってくる。
じわじわと涙が込み上げてきて、こぼれ落ちないように唇を噛みしめた。
「……あっ、ごめん」
その優しさに甘えたくなって自分も背中に手を回そうとしたのだけれど、惜しくも体が離れてしまった。
「いきなり、嫌だったよね」
「ううんっ。全然……」
そんなことないよ。そう小さな声で付け足すも、視線は彼ではなく帽子に。
おかしいな。高台で見つめられた時は安心感で満たされていたのに。今は胸がドキドキしてて、顔を合わせないで済むハグのほうがマシだと感じてしまっている。
とはいえ、ずっと俯いたままなのは失礼なので、恐る恐る顔を上げた。
「あの、助かったってことは、何か措置したんだよね?」
「うん。心肺蘇生して、水吐き出させたよ」
叱られた子供が親に向けるような眼差しでぎこちなく尋ねた私に、凪くんはすんなり答えた。
全く動揺しない堂々とした姿。いかに自分が自意識過剰で異性慣れしていないということを思い知る。
心肺蘇生って、心臓マッサージをして人工呼吸をするやつだったよね。
意識が飛ぶ直前、唇に何か温かいものが触れていたような気がしたから、もしかして……。
「……ちょっと、どこ触ってるの」
ハッと我に返り、口元に当てていた手を急いで離した。
「もう、こっちは必死で救助してたっていうのに」
「ううっ、すみませんっ」
ジリジリと凪くんとの距離が縮まる。近づいてくるジト目から逃れようと、帽子でガードするも……。
「そんな純情乙女みたいな反応されるとは思わなかったよ」
あっけなくひょいと取り上げられてしまい、熱くなった頬を両手で挟まれた。
「本当にピュアだねぇ、一花ちゃんは。もう笑っちゃうくらいピュアだよ」
「は、放してよっ」
「将来悪い男に引っかからないか心配だなぁ」
「かからないよっ。弟いるし、男の性質には詳しいほうなんだからっ」
「へぇ〜。じゃあどうして今お顔がりんごみたいに真っ赤なんですかー?」
「うっ、それは……」
指先を当てたままくるくる回して感触を楽しむ凪くん。海辺でからかってきた時と同じ、いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべている。
何が『引っかからないか心配だなぁ』だ!
年上の余裕をこれでもかってほど見せつけて、人生経験が少ない年下の心を弄んで! 凪くんが現時点で1番悪い男だよ!
「答えられないってことは、つまり」
「違う! 別に凪くんにドキドキしてるわけじゃないから!」
「……俺まだ何も言ってないんだけど」
「…………」
黙り込むと、目の前の彼からふふふっと笑い声が漏れた。
焦ったがゆえに墓穴を掘ってしまった……。