煽り口調で返すと、ジョニーの頭から手を離して立ち上がった。
親に向かって口答えするなんて。反抗期だからって生意気すぎる。そんな声が聞こえてきそうなほど、険しい表情を浮かべている。
だけど、私達子どもも頑張ってるんだよ。
宿題の量に頭がパンクしそうになっても、苦手な問題や難しい問題にぶち当たっても、乗り越えようと毎日試行錯誤してるんだよ。
それを、大人の目線で「たった」の3文字で片づけないでほしい。
というか……親ならそこは、「よく頑張ったな!」って、努力を褒め称えるところだよね?
「……お父さんっていつもそうだよね。人の都合も考えないで、好き勝手言って」
「おい、話を逸らすな」
「この帰省もそうだよね。私の意見丸無視で勝手に話進めて。どこかに連れて行ってとは言ったけど、自分は仕事があるからって、10年近く帰ってない家に普通子供1人で行かせる?」
冷静を保っていたが、我慢の限界に達してしまった。怒りが声に表れていたのか、空気を察知したジョニーがクゥーンクゥーンと不安そうに鳴き始めた。
「高校生だからもう大丈夫だろうと思ったのかもしれないけど……私、伯母さんに会うまですごく不安だったんだよ?」
乗り場と時間をブツブツ唱えて。切符と電光掲示板をしつこく照らし合わせて。無事に乗ることができてホッとしたけれど、油断はできなかった。
降りる駅を間違えるといけないから、停車する度に駅の名前を確認して。乗り過ごしてしまうかもしれないからと、宿題で眠気を飛ばした。
「絵日記のことだって、こっちに来る前に、既に1回計画立て直してたんだよ⁉ なのに、そっちが勝手に決めるから、結局2回も立て直した……っ」
「えっ、そうだったのか?」
「そうだよ! あと、1週間も空いてたじゃないかって言ってたけど、じゃあそれが仕事の時だったらどうなの⁉」
「それは……」
早口でまくしたてると、バツが悪そうに黙り込んだ。
自分のことは棚に上げて偉そうに物を言う。これだから大人は理不尽で嫌なんだ。
そりゃあ、私自身もそこまで出来た人間じゃないから、偉そうなことは言えないけど……普通親は、子供のお手本にならなきゃいけない存在だよね?
あれこれ口出しする以前に、自分自身の言動は見直さないの⁉
「それなら、提案した時にすぐ言えば良かったじゃないか。嫌がってる様子じゃなかったから、てっきりいいのかと……」
「うるさい! 言い訳すんな! この呑んだくれの暴れん坊親父が!」
乱暴に吐き捨てた後、近くに転がっていたボールを拾い、父の顔めがけて投げて走り去った。
「たった」で済ませてほしくないとは言ったものの、そこは「ごめん」って、“たった一言”でもいいから謝ってほしかった。
あぁ、本当イライラする。朝から説教しやがって。しかもおでかけ前に。
そもそも、毎日の勉強で疲れきった心を癒やすために帰省したのに。疲れの元凶になった話題をここで出すか⁉
「お父さんのバカヤローーっ‼ クソ親父ーーっ‼」
止まることなく走り抜けて高台に登り、誰もいない閑静な海に向かって叫んだ。
「朝から元気だね」
すぐ後ろで声がして振り向くと、昨日と同じ格好をした凪くんが立っていた。
「なに、また喧嘩したの?」
「……聞いてくれる?」
「もちろん」
優しさに包まれた笑顔が現れ、燃え盛っていた怒りの炎が一瞬にして鎮火した。
はぁ……この安心感溢れる笑顔、癒やされる。
推しだから、顔がいいからとかは関係なく、元から凪くんの笑顔には、精神を安定させる不思議な力があるのかも。
そのままお決まりの場所に移動し、叫んだ理由を話した。
「確かに朝から説教はテンション下がるね」
「でしょ? 大人だって同じことされたら気分下がるくせに。何様だよ」
砂浜に座ってブツブツと鬱憤を漏らす。
だいぶ落ち着きは取り戻したが、思い出したらまた腹が立ってきた。
足を伸ばして波に当たり、火照った体の温度を下げる。
「すごく分かるよ。俺も似たようなことあったから。けど……物は投げちゃダメだよ」
共感してくれて嬉しいと喜んだのも束の間、穏やかな口調で指摘された。
「そのボールさ、多分ジョニーくんのおもちゃだよね? 大切な物を乱暴に扱われたら誰だって悲しむよ」
「……ですね」
途端にいたたまれない気持ちになり、視線を落とす。
いきなり怒り出して、ボール投げて、ビックリさせたよね。もし軌道がずれていたら、隣にいたジョニーに当たっていたかもしれない。
うなだれて顔を両膝に埋める。
最低だ。私も結局親と同じで、物に当たっているじゃないか。
「ごめんねジョニー……」
「いや、今ここで謝られても。とにかく、家に帰ったらお父さんにもちゃんと謝るんだよ」
「ええー……」
「ええーじゃない。たとえ相手が悪かったとしても、1割でも自分にも非があるなら謝って。文句を言っていいのは、相手が10割悪い時だよ」
その体勢のままチラッと顔を横に向けると、真剣な目つきと視線がぶつかった。
顔は全然似てないのに、説教する父の顔が重なって見えて、眉をひそめる。
確かにボールを投げたのは悪かった。それは認める。けど、先に謝るのはあっちじゃない?
空気を読まず余計な口出しをして、子の心に寄り添わないで言い訳した。充分私が触発する原因は作ってる。だからお父さんが先に謝るべきだ。
諭してきた彼に反抗するようにそっぽを向くと、突風が吹いた。
「ああっ! 帽子が!」
風に乗って飛んだ帽子は海の上へ。そんなっ、あの帽子お気に入りなのに……!
「取ってくる!」
「ええっ⁉ ちょっと待っ……」
制止する彼を無視して浅瀬に入り、平泳ぎで帽子を取りに向かう。
あれは凪くんが褒めてくれた花飾りが付いている特別な帽子。手放したくない。
波を横切りながら泳ぎ、帽子の元にたどり着いた。
「一花ちゃーん! 大丈夫ー⁉」
「うん!」
掴んだ帽子を高く上げ、保護したことを知らせた。手を振る凪くんの近くには、昨日見た赤い灯台が立っている。
わわっ、夢中になってたらこんなところまで来てたなんて。早く戻らなきゃ。
腕と足を使って方向転換。しかし、ここで、あるはずのものがないことに気づく。
……足場が、ない。
その時、右足の裏に張り裂けそうな痛みが走った。
嘘、つった……⁉
「凪く……っ」
右足を動かせないと判断し、咄嗟に名前を呼ぶも、背後から来た波に呑まれ、口の中に水が入った。
「っ……はっ」
息ができないっ、苦しいっ、助けてっ。
一瞬にして頭が真っ白になり、もがいて酸素を体内に取り込む。
「一花っ‼」
すると、上下に揺れる視界の端で、凪くんが防波堤から海に飛び込むのが見えた。綺麗なフォームで入水し、クロールで泳いでくる。
凪くん、ダメ。またクラゲに刺されちゃう。また苦しい思いしちゃうよ。
来ちゃダメだと心では言いながらも、腕と左足を必死に動かして耐える。しかし、負担をかけすぎたのか、最悪なことに左足までつってしまった。
その瞬間、再び背後から波が襲い、今度はのどの奥に水が流れ込んだ。
足裏に感じた時の何倍もの強烈な痛みが、のど全体に広がる。
その感覚が胸に移動すると、視界がぼやけ、青一色の世界に落ちた。
お母さん、毎日騒いでごめんなさい。
おじいちゃん、おばあちゃん、伯母さん、智、最後まで迷惑かけてごめんなさい。
楓も、お土産買ったのに持って帰れなくてごめん。
そして、お父さんも──。
走馬灯を見終えてまぶたを閉じると、冷たくなった体が何かに包まれた。
音が遮断された真っ暗な世界の中。誰かが私を引っ張っている……?
「一花っ! しっかりしろ!」
顔に蒸し暑い空気が触れた。
けれど、もう意識が薄れていて確認する気力も残っておらず。
最後に唇に温もりを感じて意識を手放した。
親に向かって口答えするなんて。反抗期だからって生意気すぎる。そんな声が聞こえてきそうなほど、険しい表情を浮かべている。
だけど、私達子どもも頑張ってるんだよ。
宿題の量に頭がパンクしそうになっても、苦手な問題や難しい問題にぶち当たっても、乗り越えようと毎日試行錯誤してるんだよ。
それを、大人の目線で「たった」の3文字で片づけないでほしい。
というか……親ならそこは、「よく頑張ったな!」って、努力を褒め称えるところだよね?
「……お父さんっていつもそうだよね。人の都合も考えないで、好き勝手言って」
「おい、話を逸らすな」
「この帰省もそうだよね。私の意見丸無視で勝手に話進めて。どこかに連れて行ってとは言ったけど、自分は仕事があるからって、10年近く帰ってない家に普通子供1人で行かせる?」
冷静を保っていたが、我慢の限界に達してしまった。怒りが声に表れていたのか、空気を察知したジョニーがクゥーンクゥーンと不安そうに鳴き始めた。
「高校生だからもう大丈夫だろうと思ったのかもしれないけど……私、伯母さんに会うまですごく不安だったんだよ?」
乗り場と時間をブツブツ唱えて。切符と電光掲示板をしつこく照らし合わせて。無事に乗ることができてホッとしたけれど、油断はできなかった。
降りる駅を間違えるといけないから、停車する度に駅の名前を確認して。乗り過ごしてしまうかもしれないからと、宿題で眠気を飛ばした。
「絵日記のことだって、こっちに来る前に、既に1回計画立て直してたんだよ⁉ なのに、そっちが勝手に決めるから、結局2回も立て直した……っ」
「えっ、そうだったのか?」
「そうだよ! あと、1週間も空いてたじゃないかって言ってたけど、じゃあそれが仕事の時だったらどうなの⁉」
「それは……」
早口でまくしたてると、バツが悪そうに黙り込んだ。
自分のことは棚に上げて偉そうに物を言う。これだから大人は理不尽で嫌なんだ。
そりゃあ、私自身もそこまで出来た人間じゃないから、偉そうなことは言えないけど……普通親は、子供のお手本にならなきゃいけない存在だよね?
あれこれ口出しする以前に、自分自身の言動は見直さないの⁉
「それなら、提案した時にすぐ言えば良かったじゃないか。嫌がってる様子じゃなかったから、てっきりいいのかと……」
「うるさい! 言い訳すんな! この呑んだくれの暴れん坊親父が!」
乱暴に吐き捨てた後、近くに転がっていたボールを拾い、父の顔めがけて投げて走り去った。
「たった」で済ませてほしくないとは言ったものの、そこは「ごめん」って、“たった一言”でもいいから謝ってほしかった。
あぁ、本当イライラする。朝から説教しやがって。しかもおでかけ前に。
そもそも、毎日の勉強で疲れきった心を癒やすために帰省したのに。疲れの元凶になった話題をここで出すか⁉
「お父さんのバカヤローーっ‼ クソ親父ーーっ‼」
止まることなく走り抜けて高台に登り、誰もいない閑静な海に向かって叫んだ。
「朝から元気だね」
すぐ後ろで声がして振り向くと、昨日と同じ格好をした凪くんが立っていた。
「なに、また喧嘩したの?」
「……聞いてくれる?」
「もちろん」
優しさに包まれた笑顔が現れ、燃え盛っていた怒りの炎が一瞬にして鎮火した。
はぁ……この安心感溢れる笑顔、癒やされる。
推しだから、顔がいいからとかは関係なく、元から凪くんの笑顔には、精神を安定させる不思議な力があるのかも。
そのままお決まりの場所に移動し、叫んだ理由を話した。
「確かに朝から説教はテンション下がるね」
「でしょ? 大人だって同じことされたら気分下がるくせに。何様だよ」
砂浜に座ってブツブツと鬱憤を漏らす。
だいぶ落ち着きは取り戻したが、思い出したらまた腹が立ってきた。
足を伸ばして波に当たり、火照った体の温度を下げる。
「すごく分かるよ。俺も似たようなことあったから。けど……物は投げちゃダメだよ」
共感してくれて嬉しいと喜んだのも束の間、穏やかな口調で指摘された。
「そのボールさ、多分ジョニーくんのおもちゃだよね? 大切な物を乱暴に扱われたら誰だって悲しむよ」
「……ですね」
途端にいたたまれない気持ちになり、視線を落とす。
いきなり怒り出して、ボール投げて、ビックリさせたよね。もし軌道がずれていたら、隣にいたジョニーに当たっていたかもしれない。
うなだれて顔を両膝に埋める。
最低だ。私も結局親と同じで、物に当たっているじゃないか。
「ごめんねジョニー……」
「いや、今ここで謝られても。とにかく、家に帰ったらお父さんにもちゃんと謝るんだよ」
「ええー……」
「ええーじゃない。たとえ相手が悪かったとしても、1割でも自分にも非があるなら謝って。文句を言っていいのは、相手が10割悪い時だよ」
その体勢のままチラッと顔を横に向けると、真剣な目つきと視線がぶつかった。
顔は全然似てないのに、説教する父の顔が重なって見えて、眉をひそめる。
確かにボールを投げたのは悪かった。それは認める。けど、先に謝るのはあっちじゃない?
空気を読まず余計な口出しをして、子の心に寄り添わないで言い訳した。充分私が触発する原因は作ってる。だからお父さんが先に謝るべきだ。
諭してきた彼に反抗するようにそっぽを向くと、突風が吹いた。
「ああっ! 帽子が!」
風に乗って飛んだ帽子は海の上へ。そんなっ、あの帽子お気に入りなのに……!
「取ってくる!」
「ええっ⁉ ちょっと待っ……」
制止する彼を無視して浅瀬に入り、平泳ぎで帽子を取りに向かう。
あれは凪くんが褒めてくれた花飾りが付いている特別な帽子。手放したくない。
波を横切りながら泳ぎ、帽子の元にたどり着いた。
「一花ちゃーん! 大丈夫ー⁉」
「うん!」
掴んだ帽子を高く上げ、保護したことを知らせた。手を振る凪くんの近くには、昨日見た赤い灯台が立っている。
わわっ、夢中になってたらこんなところまで来てたなんて。早く戻らなきゃ。
腕と足を使って方向転換。しかし、ここで、あるはずのものがないことに気づく。
……足場が、ない。
その時、右足の裏に張り裂けそうな痛みが走った。
嘘、つった……⁉
「凪く……っ」
右足を動かせないと判断し、咄嗟に名前を呼ぶも、背後から来た波に呑まれ、口の中に水が入った。
「っ……はっ」
息ができないっ、苦しいっ、助けてっ。
一瞬にして頭が真っ白になり、もがいて酸素を体内に取り込む。
「一花っ‼」
すると、上下に揺れる視界の端で、凪くんが防波堤から海に飛び込むのが見えた。綺麗なフォームで入水し、クロールで泳いでくる。
凪くん、ダメ。またクラゲに刺されちゃう。また苦しい思いしちゃうよ。
来ちゃダメだと心では言いながらも、腕と左足を必死に動かして耐える。しかし、負担をかけすぎたのか、最悪なことに左足までつってしまった。
その瞬間、再び背後から波が襲い、今度はのどの奥に水が流れ込んだ。
足裏に感じた時の何倍もの強烈な痛みが、のど全体に広がる。
その感覚が胸に移動すると、視界がぼやけ、青一色の世界に落ちた。
お母さん、毎日騒いでごめんなさい。
おじいちゃん、おばあちゃん、伯母さん、智、最後まで迷惑かけてごめんなさい。
楓も、お土産買ったのに持って帰れなくてごめん。
そして、お父さんも──。
走馬灯を見終えてまぶたを閉じると、冷たくなった体が何かに包まれた。
音が遮断された真っ暗な世界の中。誰かが私を引っ張っている……?
「一花っ! しっかりしろ!」
顔に蒸し暑い空気が触れた。
けれど、もう意識が薄れていて確認する気力も残っておらず。
最後に唇に温もりを感じて意識を手放した。