いつも自分勝手でごめんなさい。いつも年下らしからぬ失礼なことを言って本当にごめんなさい。
この分の借りは必ず返しますので、どうかお許しください。
ペコペコと頭を下げながら、海のある方角に向かって謝罪の念を飛ばした。
「料理係がいないなら、お留守番する人達のご飯を考えなきゃね」
「そうね。何がいいかしら」
話し合いを再開した2人の後ろで、自分も作業を再開する。
お留守番……おじいちゃんとお父さんと智のことだよね? あとジョニーも。
毎食私達が作ってはいるけれど、冷蔵庫に食材はあるし、朝炊いたご飯もまだ残ってる。わざわざ作り置きしなくてもいいんじゃ……。
「おじいちゃん達、料理できないの?」
聞き流していたが、どうしても気になり、質問を投げかけた。
「ううん。全くできないわけじゃないの。むしろ昔は、一花ちゃんみたいによく作ってたほう。ね、お母さん」
「ええ。ただちょっと、加減が分からないだけなの」
苦笑いする2人。過去に作った料理で何かあったのだと見て取れた。
「昔、私達2人とも熱を出して寝込んだことがあってね。おじいちゃんが仕事を休んでお粥を作ってくれたのよ。だけど、塩を入れすぎたみたいで、ものすごく辛かったの」
「あったあった。あの時は辛すぎて1度戻したなぁ。懐かしい」
伯母の口から出た単語に目を丸くする。
戻した……⁉ 唐辛子を使った激辛料理で吐くのはバラエティ番組で何度か観たことはあるけど、お粥で吐くパターンは初めて聞いたよ⁉
「それ、味見してなかったんじゃない⁉」
「そう思うでしょ? だけどね、ちゃんと確認したそうなのよ。本当お粥とは考えられないくらい辛かったもんだから、しばらく観察して。そしたらようやく原因が分かったの」
「一体何だったの⁉」
「元から私達と味覚が違ったの」
原因を探るため、平日の朝と夜、土日は朝昼夜、食事するところを毎日観察し、メニューとともに記録していたという祖母。1週間観察を続けた結果、調味料を使う量が多いということに気づいた。
白ご飯やお刺身、豆腐、サラダなど、元から味付けされていない物に対してふんだんにかけていたらしい。
「何回も注意したんだけど、なかなか減らなくてね。結局健康診断で引っかかるまで治らなかったわ」
「そんなに濃い味が好きだったんだね」
「ええ。お医者さんからも厳しく言われて、それからは健康的な食事をするようになったの」
ここ1週間の祖父の食事中の様子を思い出す。
確かに、あまり揚げ物とかは食べず、私や智に譲ってくれてたな。台所にも、おばあちゃんを呼ぶ時以外はほとんど入ってなかった気がする。
つまり、本当はみんなに振る舞いたいけど、被害者を出してしまうから、我慢するためにあえて台所に近寄らないようにしていたのか。
家族のために作っても、自分しか楽しめなかったのはちょっと気の毒だな。
「大変だったんだね。でも、料理ならお父さんが得意だから、作り置きはしなくて大丈夫だよ!」
「「ええっ⁉」」
口にした途端、驚愕に満ちた声で返された。
「お父さんって、一昨日ベロンベロンに酔っぱらってたクニユキよね?」
「はい」
「グラスを割って、一花ちゃんお手製の料理までひっくり返した、暴れん坊のクニユキよね?」
「は、はい」
「次の日二日酔いで寝坊して、先祖に情けない姿を晒した、あのクニユキよね?」
「はい、そうですけど……」
逐一確認するように尋ねる伯母に気圧されて、徐々に声が小さくなっていく。
ジリジリと迫ってくるその顔には「嘘でしょ⁉」と書かれており、まるで信じられないという反応。
智にも似たようなことを話して驚かれたけど、ここまで血眼になっていない。
「一花ちゃん……本当なの?」
「本当だよっ。最近はあまりしないけど、お母さんの代わりにお弁当作ってくれた時もあったんだよ」
祖母も、お皿を持ったまま目を見開いて立ち尽くしている。
「そっか……あのクニユキが、お弁当を……」
丸くなった目にじわじわと涙が溜まり、溢れて頬を伝った。
男子組の昼食の心配はしなくていいって言っただけなのに。なぜか台所には、子の成長を喜ぶ感動のムードが漂っている。
お父さんも、おじいちゃんみたいに料理が苦手だったのかな。だけど、今も涙を流してしまうくらい酷いありさまだったの……?
ティッシュで涙を拭う祖母を眺めていると、後方で曇りガラスの引き戸が開いた。
「母さーん、麦茶あるー? ……って、どうしたの」
やってきたのは、ほんのついさっきまで話題の中心になっていた父だった。
噂をすれば影がさす、という言葉があるけれど、まさか本当に来るなんて。廊下に聞こえてたのかな……。
「クニユキ……あなた頑張ったのね……」
「は? 何を?」
「なんでもない! 料理できるのすごいねって話してただけ!」
「え、おいちょっと、俺は麦茶を……」
「後で持ってくるから!」
頼むから空気を読んで。今はそっとしておいてあげて。
そう言わんばかりに父の背中を押して台所から退出させたのだった。
◇
誰もいない荷物部屋で、祖父母と曾祖母に借りた全身鏡の前で首を動かし、頭部全体を確認する。
みつあみにした髪の毛をくるんとまとめた耳下お団子ヘア。水に濡れて崩れないよう、持参したヘアピンを全部使ってしっかり固定した。
まだ少し時間は残ってるけど、凪くんが先に到着している可能性も考えて、今日は早めに出発しよう。
この分の借りは必ず返しますので、どうかお許しください。
ペコペコと頭を下げながら、海のある方角に向かって謝罪の念を飛ばした。
「料理係がいないなら、お留守番する人達のご飯を考えなきゃね」
「そうね。何がいいかしら」
話し合いを再開した2人の後ろで、自分も作業を再開する。
お留守番……おじいちゃんとお父さんと智のことだよね? あとジョニーも。
毎食私達が作ってはいるけれど、冷蔵庫に食材はあるし、朝炊いたご飯もまだ残ってる。わざわざ作り置きしなくてもいいんじゃ……。
「おじいちゃん達、料理できないの?」
聞き流していたが、どうしても気になり、質問を投げかけた。
「ううん。全くできないわけじゃないの。むしろ昔は、一花ちゃんみたいによく作ってたほう。ね、お母さん」
「ええ。ただちょっと、加減が分からないだけなの」
苦笑いする2人。過去に作った料理で何かあったのだと見て取れた。
「昔、私達2人とも熱を出して寝込んだことがあってね。おじいちゃんが仕事を休んでお粥を作ってくれたのよ。だけど、塩を入れすぎたみたいで、ものすごく辛かったの」
「あったあった。あの時は辛すぎて1度戻したなぁ。懐かしい」
伯母の口から出た単語に目を丸くする。
戻した……⁉ 唐辛子を使った激辛料理で吐くのはバラエティ番組で何度か観たことはあるけど、お粥で吐くパターンは初めて聞いたよ⁉
「それ、味見してなかったんじゃない⁉」
「そう思うでしょ? だけどね、ちゃんと確認したそうなのよ。本当お粥とは考えられないくらい辛かったもんだから、しばらく観察して。そしたらようやく原因が分かったの」
「一体何だったの⁉」
「元から私達と味覚が違ったの」
原因を探るため、平日の朝と夜、土日は朝昼夜、食事するところを毎日観察し、メニューとともに記録していたという祖母。1週間観察を続けた結果、調味料を使う量が多いということに気づいた。
白ご飯やお刺身、豆腐、サラダなど、元から味付けされていない物に対してふんだんにかけていたらしい。
「何回も注意したんだけど、なかなか減らなくてね。結局健康診断で引っかかるまで治らなかったわ」
「そんなに濃い味が好きだったんだね」
「ええ。お医者さんからも厳しく言われて、それからは健康的な食事をするようになったの」
ここ1週間の祖父の食事中の様子を思い出す。
確かに、あまり揚げ物とかは食べず、私や智に譲ってくれてたな。台所にも、おばあちゃんを呼ぶ時以外はほとんど入ってなかった気がする。
つまり、本当はみんなに振る舞いたいけど、被害者を出してしまうから、我慢するためにあえて台所に近寄らないようにしていたのか。
家族のために作っても、自分しか楽しめなかったのはちょっと気の毒だな。
「大変だったんだね。でも、料理ならお父さんが得意だから、作り置きはしなくて大丈夫だよ!」
「「ええっ⁉」」
口にした途端、驚愕に満ちた声で返された。
「お父さんって、一昨日ベロンベロンに酔っぱらってたクニユキよね?」
「はい」
「グラスを割って、一花ちゃんお手製の料理までひっくり返した、暴れん坊のクニユキよね?」
「は、はい」
「次の日二日酔いで寝坊して、先祖に情けない姿を晒した、あのクニユキよね?」
「はい、そうですけど……」
逐一確認するように尋ねる伯母に気圧されて、徐々に声が小さくなっていく。
ジリジリと迫ってくるその顔には「嘘でしょ⁉」と書かれており、まるで信じられないという反応。
智にも似たようなことを話して驚かれたけど、ここまで血眼になっていない。
「一花ちゃん……本当なの?」
「本当だよっ。最近はあまりしないけど、お母さんの代わりにお弁当作ってくれた時もあったんだよ」
祖母も、お皿を持ったまま目を見開いて立ち尽くしている。
「そっか……あのクニユキが、お弁当を……」
丸くなった目にじわじわと涙が溜まり、溢れて頬を伝った。
男子組の昼食の心配はしなくていいって言っただけなのに。なぜか台所には、子の成長を喜ぶ感動のムードが漂っている。
お父さんも、おじいちゃんみたいに料理が苦手だったのかな。だけど、今も涙を流してしまうくらい酷いありさまだったの……?
ティッシュで涙を拭う祖母を眺めていると、後方で曇りガラスの引き戸が開いた。
「母さーん、麦茶あるー? ……って、どうしたの」
やってきたのは、ほんのついさっきまで話題の中心になっていた父だった。
噂をすれば影がさす、という言葉があるけれど、まさか本当に来るなんて。廊下に聞こえてたのかな……。
「クニユキ……あなた頑張ったのね……」
「は? 何を?」
「なんでもない! 料理できるのすごいねって話してただけ!」
「え、おいちょっと、俺は麦茶を……」
「後で持ってくるから!」
頼むから空気を読んで。今はそっとしておいてあげて。
そう言わんばかりに父の背中を押して台所から退出させたのだった。
◇
誰もいない荷物部屋で、祖父母と曾祖母に借りた全身鏡の前で首を動かし、頭部全体を確認する。
みつあみにした髪の毛をくるんとまとめた耳下お団子ヘア。水に濡れて崩れないよう、持参したヘアピンを全部使ってしっかり固定した。
まだ少し時間は残ってるけど、凪くんが先に到着している可能性も考えて、今日は早めに出発しよう。