「1から⁉ 大変じゃなかった⁉」
「いや、それが不思議と苦じゃなくて。夢中になってたみたいで、気づいたら下描きが終わってたんだ」
驚きの声を上げたのも束の間、さらに目を丸くする。
たとえ描きかけでも、また最初から描くのは精神的にも堪えるはずなのに。なんて凄まじい集中力なんだ……。
「2学期に入る頃には調子が戻って、褒められる回数も増えてさ。賞も、入選や入賞を取れるようになったんだよ」
「おおお……眠れる獅子が起きたどころか、覚醒して無双しまくってる……!」
「ふはっ。そんな、眠れる獅子だなんて……」
顔を隠すように日傘が傾いた。照れ隠しの仕方が可愛いなぁ。
「ありがとう。初めて言われたからビックリした」
「えへへ。今も無双してるの?」
「いや……また、眠ったかな」
再び日傘が傾くも、現れたのは30分前に見たのと同じ顔。
「……スランプに、なって」
「そう、だったんだ……」
SNSの更新が止まっていたのは勉強が忙しいから。DMの返事ができなかったのはスマホが使えなくなったから。
しかし──真の理由、根本的な原因は別の場所にあった。
『乗り越えるためにあえて離れていた』という選択を、どうして考えられなかったのだろう。
趣味で描いている私でさえも、上手く表現できなくて悩んだ時期があったというのに。
「そんな悲しい顔しないで。まだ本調子じゃないけど、最近回復してきてるんだよ」
「そう……? 私の絵見てる時、辛くなかった?」
「全然。むしろ間近で見れたからテンション上がってたよ。ありがとう」
感謝されてしまった。
描けない自分に嫌気がさしていたんじゃないかなって不安だったけど……気分転換できていたのかな。
すると、ふわっと風が吹いて、潮の香りが私達の間を駆け抜けた。
「……いい景色。見れて良かった。教えてくれてありがとね!」
「どういたしまして。俺も、一花ちゃんと一緒に見れて良かった」
彼の目が三日月のように緩やかな弧を描いた。
出会った浅瀬、再会した波打ち際、奇跡が起きた階段、初めて絵を見せた砂浜、涙を流した高台。
1つ1つ回想しながら、思い出が詰まった海をもう1度目に焼きつけた。
◇
絶景を楽しんだ後、海岸に戻った私達。時間が来るまで砂浜に座って談笑することに。
「ねぇ、あそこ、何か浮いてない?」
話の途中で凪くんが海面を指差した。視線をたどると、打ち寄せる波に乗って細長い物が近づいてきている。
正体を考えている間に謎の物体は波打ち際に漂流。目を凝らしつつ恐る恐る拾う。
「……枝?」
「だね。先月末雨が酷かったから、その時に折れたやつが流れてきたのかも」
「そんなに酷かったの? 詳しいね」
「いや、詳しいもなにも、先月からこっちにいるし」
「あ、そうだったね」
水に濡れて焦げ茶色になった枝を眺める。
この枝、ちょっと大きいけど、そこそこ太さがあって持ちやすい。
「絵を描くのにちょうど良さそう」
「確かに。一緒に描く? ここで」
「いいの?」
「うん。他に流れ着いてるやつがあるか探してくる」
そう言い残して枝を探しに行った凪くん。
オススメスポットを教えてもらって、ためになる助言までくれて。なんだか今日はツイてる気がする。昨日たっぷり悲しんだからかな?
何かネタになる物はないかとキョロキョロしていると、遠くの砂浜で写真を撮る派手な髪色をした男女2人組を見つけた。辺りに人がいないのをいいことに、熱い抱擁を交わしている。
「……そうだ」
なぜかその姿にピンときて、砂浜を一筆書きでなぞる。
次に、お互いの名前を書いて……。
「できた……!」
ぎごちない手つきで書くこと数十秒。相合傘が完成した。
以前凪くんが私と智をカップルだと見間違えたように、私達も傍から見たら若者カップル。
別に、特に意味はなくて。ただ遊び心で描いただけ。例えるなら、推しの名前と自分の名前の相性を調べてみた感覚に近い。決して凪くんに下心があるわけでは……。
苦しい言い訳を考えていると、打ち寄せてきた波が足元と相合傘を覆った。
「……もう1回っ!」
波が引いて凹凸がなくなった砂浜を再度枝でなぞる。
今日のネタは得ているから絵日記には描かないし、もちろん日記にも書くつもりはない。けど……せめて写真には残したい。
「あっ! くそぉ、もう1回!」
懲りずに何度も書き直す私は、傍から見たら恋愛成就のおまじないに必死になっている痛い奴なのだろう。でもそんなことは気にせず果敢に挑み続ける。
「よし! できた!」
描いては消えてを繰り返すこと5回。ようやく完成した。急いでリュックサックからスマホを取り出す。
「ただいまー」
電源ボタンを押した直後、後方で凪くんの声が聞こえた。
「ごめん、枝なかった」
「あっ、そう?」
やばい、このままじゃ見つかる。
首だけ振り向いて返事をし、急いでカメラアプリを開いてピントを合わせたけれど。
「ああっ!」
シャッターボタンを押す前に波が来てしまい、またなめらかな砂浜に戻ってしまった。
そんなぁ、あとちょっとだったのに……。
「いや、それが不思議と苦じゃなくて。夢中になってたみたいで、気づいたら下描きが終わってたんだ」
驚きの声を上げたのも束の間、さらに目を丸くする。
たとえ描きかけでも、また最初から描くのは精神的にも堪えるはずなのに。なんて凄まじい集中力なんだ……。
「2学期に入る頃には調子が戻って、褒められる回数も増えてさ。賞も、入選や入賞を取れるようになったんだよ」
「おおお……眠れる獅子が起きたどころか、覚醒して無双しまくってる……!」
「ふはっ。そんな、眠れる獅子だなんて……」
顔を隠すように日傘が傾いた。照れ隠しの仕方が可愛いなぁ。
「ありがとう。初めて言われたからビックリした」
「えへへ。今も無双してるの?」
「いや……また、眠ったかな」
再び日傘が傾くも、現れたのは30分前に見たのと同じ顔。
「……スランプに、なって」
「そう、だったんだ……」
SNSの更新が止まっていたのは勉強が忙しいから。DMの返事ができなかったのはスマホが使えなくなったから。
しかし──真の理由、根本的な原因は別の場所にあった。
『乗り越えるためにあえて離れていた』という選択を、どうして考えられなかったのだろう。
趣味で描いている私でさえも、上手く表現できなくて悩んだ時期があったというのに。
「そんな悲しい顔しないで。まだ本調子じゃないけど、最近回復してきてるんだよ」
「そう……? 私の絵見てる時、辛くなかった?」
「全然。むしろ間近で見れたからテンション上がってたよ。ありがとう」
感謝されてしまった。
描けない自分に嫌気がさしていたんじゃないかなって不安だったけど……気分転換できていたのかな。
すると、ふわっと風が吹いて、潮の香りが私達の間を駆け抜けた。
「……いい景色。見れて良かった。教えてくれてありがとね!」
「どういたしまして。俺も、一花ちゃんと一緒に見れて良かった」
彼の目が三日月のように緩やかな弧を描いた。
出会った浅瀬、再会した波打ち際、奇跡が起きた階段、初めて絵を見せた砂浜、涙を流した高台。
1つ1つ回想しながら、思い出が詰まった海をもう1度目に焼きつけた。
◇
絶景を楽しんだ後、海岸に戻った私達。時間が来るまで砂浜に座って談笑することに。
「ねぇ、あそこ、何か浮いてない?」
話の途中で凪くんが海面を指差した。視線をたどると、打ち寄せる波に乗って細長い物が近づいてきている。
正体を考えている間に謎の物体は波打ち際に漂流。目を凝らしつつ恐る恐る拾う。
「……枝?」
「だね。先月末雨が酷かったから、その時に折れたやつが流れてきたのかも」
「そんなに酷かったの? 詳しいね」
「いや、詳しいもなにも、先月からこっちにいるし」
「あ、そうだったね」
水に濡れて焦げ茶色になった枝を眺める。
この枝、ちょっと大きいけど、そこそこ太さがあって持ちやすい。
「絵を描くのにちょうど良さそう」
「確かに。一緒に描く? ここで」
「いいの?」
「うん。他に流れ着いてるやつがあるか探してくる」
そう言い残して枝を探しに行った凪くん。
オススメスポットを教えてもらって、ためになる助言までくれて。なんだか今日はツイてる気がする。昨日たっぷり悲しんだからかな?
何かネタになる物はないかとキョロキョロしていると、遠くの砂浜で写真を撮る派手な髪色をした男女2人組を見つけた。辺りに人がいないのをいいことに、熱い抱擁を交わしている。
「……そうだ」
なぜかその姿にピンときて、砂浜を一筆書きでなぞる。
次に、お互いの名前を書いて……。
「できた……!」
ぎごちない手つきで書くこと数十秒。相合傘が完成した。
以前凪くんが私と智をカップルだと見間違えたように、私達も傍から見たら若者カップル。
別に、特に意味はなくて。ただ遊び心で描いただけ。例えるなら、推しの名前と自分の名前の相性を調べてみた感覚に近い。決して凪くんに下心があるわけでは……。
苦しい言い訳を考えていると、打ち寄せてきた波が足元と相合傘を覆った。
「……もう1回っ!」
波が引いて凹凸がなくなった砂浜を再度枝でなぞる。
今日のネタは得ているから絵日記には描かないし、もちろん日記にも書くつもりはない。けど……せめて写真には残したい。
「あっ! くそぉ、もう1回!」
懲りずに何度も書き直す私は、傍から見たら恋愛成就のおまじないに必死になっている痛い奴なのだろう。でもそんなことは気にせず果敢に挑み続ける。
「よし! できた!」
描いては消えてを繰り返すこと5回。ようやく完成した。急いでリュックサックからスマホを取り出す。
「ただいまー」
電源ボタンを押した直後、後方で凪くんの声が聞こえた。
「ごめん、枝なかった」
「あっ、そう?」
やばい、このままじゃ見つかる。
首だけ振り向いて返事をし、急いでカメラアプリを開いてピントを合わせたけれど。
「ああっ!」
シャッターボタンを押す前に波が来てしまい、またなめらかな砂浜に戻ってしまった。
そんなぁ、あとちょっとだったのに……。