「シュッとしててかっこいい〜。消波ブロックも骨みたいで珍しいね!」
「う、うん……」
顔を合わせると、なぜか口を押さえて目を逸らされた。肩は小刻みに震えており、手で覆われた口元からはふふふと笑い声が漏れている。
「えっ……私、何か変なこと言った?」
「いや、骨って言うとは思わなくて……」
「ええっ⁉ 私は骨に見えるけど……見えない?」
「俺はダンベルに見える」
再度目を凝らす。ジョニーのおもちゃと形が似てたから、それに引っ張られちゃったのかも。
奥側の先端に向かい、灯台をメインに海岸の写真を数枚撮影。
今日の分のネタを収穫し終えて一安心した私は、その場に腰を下ろした。
「ありがとう。これで今日も安心して描ける」
「えっ、明日の分じゃないの?」
「明日は最終日だから、ちょっと違った物を描きたくて」
帰省期間は7泊8日。月曜日に来たので、こっちに泊まるのは明日の日曜日が最後。
「じゃあ、帰るのは明後日?」
「うん。午前中で掃除して、お昼に帰る予定なんだ」
凪くんと出会った日から今日までを振り返る。
スケッチさせてもらったり、悩みを聞いてもらったり、2人でおでかけしたり。短期間だったけど、すごく幸せだった。
明日はとことん楽しんで、凪くんとの思い出を心に刻みつけるぞ。
「一花ちゃん」
「ん?」
「急で悪いんだけど……明日、午前中に出てこれない?」
意気込んだタイミングで、突然集合時間の変更をお願いされた。
「マジごめん。宿題もあるのに、急だよね」
「大丈夫! 宿題は午後に回せばいいんだし! 何か用事思い出した?」
「うん。今朝、天気予報観てたらさ……」
申し訳なさそうな表情で話し始めた。
朝のニュース番組で天気を確認したら、昼から天気が荒れる恐れがあると言われ、戸惑ったらしい。
というのも、今日からお留守番しているワンちゃん達、みんな雷が苦手なのだそう。
「元々日曜は雨の予報だったけど、降水確率30%だったから大丈夫だろうと思ってた。でも、雷を伴う雨って言われてさ」
「それは心配だね。ケージはみんな同じ部屋に置いてあるの?」
「うん。横並びに置いてるから、心細さはないと思うんだけど……」
彼が心配しているのは、愛犬の心と身の安全。
昨夜、父が観ていたテレビで、犬のお留守番の様子が流れていた。
最初こそおとなしくベッドで寝ていたけれど、長くは続かず。お皿をひっくり返しては、トイレシートを噛みちぎって。しまいにはベッドまでも振り回して。1時間が経つ頃には、ケージの中がぐちゃぐちゃになっていた。
テレビに出ていたのは小型犬だったけど、凪くんの犬達は全員中型犬。体が大きいほど、数が多いほど、暴れ出すと激しい。
ひいおじいさんとおばあさんの大切な家族でもあるから、万が一のことがあったらいけない。
「分かった。なら明日は早めに集合する?」
「そうしてもらえると助かる。ありがとう」
手を合わせて何度も頭を下げている。
こんなにも責任感が強くて優しい人なのに……。
厄介だなと思ってしまった30分前の自分に、強烈なビンタをお見舞いしてやりたくなった。
「天気荒れるなら、ネタ探しは難しそうだなぁ」
「毎日外で探してるもんね。でも、雨の日ってチャンスだと思うな」
「チャンス?」
「うん。晴れの日は暑さでしおれていた花が、雨の日は元気を取り戻していたり。外に出たら、色とりどりの傘が歩いていたり。同じ場所でも、天気が違うだけで新しい発見がある。悩みや壁にぶち当たった時は、こうやって視点を変えてみるといいよ」
長々と語った後、助言で締めた凪くん。その瞬間、ハッと気づいて海岸に目を向けた。
今まで撮ってきたのは、海と空と砂浜だけの、陸視点の写真。
だけどさっき撮ったのは……海と空と砂浜に加え、階段と高台、消波ブロックと灯台が写った、海視点の写真。
同じ海岸でも、眺める場所や時間帯によって全く景色が異なる。
「……本当だ。全然違う」
「でしょ? これ、中学の頃、美術部の先生に言われた言葉なんだ」
すると次は、SNSを始める前、フウトになる前の話をしてくれた。
『同じ絵は絶対描かない』という強いこだわりを持っていた凪くんは、絵日記の宿題が出されなくなっても毎日違う絵を描いていた。
しかし、速筆だったため、中1の夏休みでネタ切れに陥ってしまったという。
「宿題も手につかなくなるくらい悩んでて。ちょうどお盆前に登校日があったから、放課後に相談しに行ったんだ。そしたら……」
『君は1度着た服は2度と着ないのか。1度食べたものは2度と食べないのか』
『1つの角度じゃなくて、色んな角度から見てみなさい』
蒸し暑い職員室前の廊下で、穏やかな声で言われたのだそう。
「先生は俺に足りないものを分かってた。それでも見守ってくれてたのは、口を挟むと意欲がなくなると思ったんじゃないかなって。俺、頑固だったから」
「素敵な先生だね。それが、こだわりを卒業できたきっかけだったんだ」
「うん。助言をもらった後は、考え方がガラッと変わった。ちょうどその時、部活で絵を描く宿題が出されてたんだけど、1から描き直したんだよ」
「う、うん……」
顔を合わせると、なぜか口を押さえて目を逸らされた。肩は小刻みに震えており、手で覆われた口元からはふふふと笑い声が漏れている。
「えっ……私、何か変なこと言った?」
「いや、骨って言うとは思わなくて……」
「ええっ⁉ 私は骨に見えるけど……見えない?」
「俺はダンベルに見える」
再度目を凝らす。ジョニーのおもちゃと形が似てたから、それに引っ張られちゃったのかも。
奥側の先端に向かい、灯台をメインに海岸の写真を数枚撮影。
今日の分のネタを収穫し終えて一安心した私は、その場に腰を下ろした。
「ありがとう。これで今日も安心して描ける」
「えっ、明日の分じゃないの?」
「明日は最終日だから、ちょっと違った物を描きたくて」
帰省期間は7泊8日。月曜日に来たので、こっちに泊まるのは明日の日曜日が最後。
「じゃあ、帰るのは明後日?」
「うん。午前中で掃除して、お昼に帰る予定なんだ」
凪くんと出会った日から今日までを振り返る。
スケッチさせてもらったり、悩みを聞いてもらったり、2人でおでかけしたり。短期間だったけど、すごく幸せだった。
明日はとことん楽しんで、凪くんとの思い出を心に刻みつけるぞ。
「一花ちゃん」
「ん?」
「急で悪いんだけど……明日、午前中に出てこれない?」
意気込んだタイミングで、突然集合時間の変更をお願いされた。
「マジごめん。宿題もあるのに、急だよね」
「大丈夫! 宿題は午後に回せばいいんだし! 何か用事思い出した?」
「うん。今朝、天気予報観てたらさ……」
申し訳なさそうな表情で話し始めた。
朝のニュース番組で天気を確認したら、昼から天気が荒れる恐れがあると言われ、戸惑ったらしい。
というのも、今日からお留守番しているワンちゃん達、みんな雷が苦手なのだそう。
「元々日曜は雨の予報だったけど、降水確率30%だったから大丈夫だろうと思ってた。でも、雷を伴う雨って言われてさ」
「それは心配だね。ケージはみんな同じ部屋に置いてあるの?」
「うん。横並びに置いてるから、心細さはないと思うんだけど……」
彼が心配しているのは、愛犬の心と身の安全。
昨夜、父が観ていたテレビで、犬のお留守番の様子が流れていた。
最初こそおとなしくベッドで寝ていたけれど、長くは続かず。お皿をひっくり返しては、トイレシートを噛みちぎって。しまいにはベッドまでも振り回して。1時間が経つ頃には、ケージの中がぐちゃぐちゃになっていた。
テレビに出ていたのは小型犬だったけど、凪くんの犬達は全員中型犬。体が大きいほど、数が多いほど、暴れ出すと激しい。
ひいおじいさんとおばあさんの大切な家族でもあるから、万が一のことがあったらいけない。
「分かった。なら明日は早めに集合する?」
「そうしてもらえると助かる。ありがとう」
手を合わせて何度も頭を下げている。
こんなにも責任感が強くて優しい人なのに……。
厄介だなと思ってしまった30分前の自分に、強烈なビンタをお見舞いしてやりたくなった。
「天気荒れるなら、ネタ探しは難しそうだなぁ」
「毎日外で探してるもんね。でも、雨の日ってチャンスだと思うな」
「チャンス?」
「うん。晴れの日は暑さでしおれていた花が、雨の日は元気を取り戻していたり。外に出たら、色とりどりの傘が歩いていたり。同じ場所でも、天気が違うだけで新しい発見がある。悩みや壁にぶち当たった時は、こうやって視点を変えてみるといいよ」
長々と語った後、助言で締めた凪くん。その瞬間、ハッと気づいて海岸に目を向けた。
今まで撮ってきたのは、海と空と砂浜だけの、陸視点の写真。
だけどさっき撮ったのは……海と空と砂浜に加え、階段と高台、消波ブロックと灯台が写った、海視点の写真。
同じ海岸でも、眺める場所や時間帯によって全く景色が異なる。
「……本当だ。全然違う」
「でしょ? これ、中学の頃、美術部の先生に言われた言葉なんだ」
すると次は、SNSを始める前、フウトになる前の話をしてくれた。
『同じ絵は絶対描かない』という強いこだわりを持っていた凪くんは、絵日記の宿題が出されなくなっても毎日違う絵を描いていた。
しかし、速筆だったため、中1の夏休みでネタ切れに陥ってしまったという。
「宿題も手につかなくなるくらい悩んでて。ちょうどお盆前に登校日があったから、放課後に相談しに行ったんだ。そしたら……」
『君は1度着た服は2度と着ないのか。1度食べたものは2度と食べないのか』
『1つの角度じゃなくて、色んな角度から見てみなさい』
蒸し暑い職員室前の廊下で、穏やかな声で言われたのだそう。
「先生は俺に足りないものを分かってた。それでも見守ってくれてたのは、口を挟むと意欲がなくなると思ったんじゃないかなって。俺、頑固だったから」
「素敵な先生だね。それが、こだわりを卒業できたきっかけだったんだ」
「うん。助言をもらった後は、考え方がガラッと変わった。ちょうどその時、部活で絵を描く宿題が出されてたんだけど、1から描き直したんだよ」