◇
リュックサックを砂浜に置き、浅瀬に腰を下ろす。
「ひゃーっ、冷たーっ」
足を伸ばすと、下半身全体がひんやりした感覚に包まれた。
空から降り注ぐ真夏の暑さを和らげてくれる、冷たすぎずぬるすぎない絶妙な水温。最高に気持ちがいい。
「凪くんもおいでよ!」
首だけを後ろに向けて、波打ち際で突っ立っている彼に手招きした。が、先ほどと変わらず、表情に活気がない。
目を凝らすと、ちょっぴり強張っているようにも見える。
……まだ気にしているみたい。凪くんのことだから、間接的に関わっただけでも責任を感じたのかな。
「本当にもう大丈夫だから。遊ぶ時間なくなっちゃうよ?」
「……そうだね。ごめん」
ようやく口を開いたかと思えば。出てきたのは謝罪の言葉。
真面目で優しい性格は素敵だけど、度が過ぎると少し厄介だな……。
呼び寄せると恐る恐る海に入り、1人分の距離を空けて隣に座ってきた。
「凪くんって水泳部だったよね? 何泳ぎが得意なの?」
「クロール。その次はバタフライ」
「バタフライって1番難しそうなやつだっけ。どうやって泳ぐの?」
「んー、まずは潜る練習からかな。その次にキックで……形はこんな感じ」
足を揃えて波を蹴る凪くん。ドルフィンキックというらしい。
「あの……今ここで教えてもらえることって、できる?」
水しぶきが収まり、伏せられていた目が丸く開かれた。
水泳教室に通った経験はないが、幼い頃から運動を卒なくこなせていたため、学校の授業で平泳ぎまでは習得済み。全部マスターするのは難しくても、キックまでならいけるかもと思ったのだ。
「俺が先生役やるの?」
「うん! ダメ、かな?」
顔を覗き込むと、気まずそうに視線を逸らされた。
都合の悪さが全面に表れているこの顔──連絡先の交換を渋っていた時と少し似ている。
今まで無茶なお願いを聞いてくれた凪くんだけど、指導は荷が重かったかな……。
「ごめん。嫌ならいいから……」
「いや、全然。むしろ教えてあげたいくらい。……実は、昔クラゲに刺されたことがあって。海で泳ぐのがちょっと怖いんだ」
また言い訳が始まるのだろうかと構えていたが、返ってきたのは真面目な答えだった。
そういえば……出会った日、何かに刺されてないかって聞かれたような。あれ、クラゲのことだったんだ。
「だから、顔強張ってたの?」
「まぁ……うん。変なやつが浮いてないか確認してた。昨日、クラゲのニュース見てさ。ビビっちゃって」
恐る恐る海に入った理由が判明した。
凪くんも観たんだ。砂浜に打ち上げられたクラゲに刺されて、何人もの人が病院に緊急搬送されたってニュース。
現場は違うけど、毎日海に来ているし。警戒したのかもしれない。
だとしたら……あの時、恐怖と闘いながら止めに来てた……?
「申し訳ないけど、今日は浅瀬で水浴びでいい? 明日埋め合わせするから」
「うん! ありがとう」
感謝と喜びを噛みしめつつ、無鉄砲な行動をした過去の自分を深く反省した。
◇
ひとしきり海水に浸かって涼んだ後、水分補給をしに砂浜に戻った。
水筒の水をのどに流し込み、最後に塩アメを1つ。熱中症予防は水分だけじゃなく、塩分の摂取も大切だからね。
「凪くんは何も飲まなくていいの?」
「大丈夫。家出る前に味噌汁3杯飲んできたから。それより、今日のネタは見つかった?」
浅瀬でくつろぐ彼に尋ねたら、昨日とほぼ同じセリフで返された。
出た、味噌汁信者。体にいいのは分かるけど……本当に平気なのかな。今日は室内じゃなくて外だから、のどは確実に渇いているはずなのに。
……まさか、海の水で潤せばいいって考えてる?
「うん。今着てる水着と花飾りと、今朝おじいちゃんと従兄と一緒に作った精霊馬を描こうと思ってる」
いや、さすがにそれはないか。成績、中の上だもん。飲んじゃいけないことくらい知ってるはずだ。
「そっか。なら良かった。まだ時間は大丈夫?」
「うん。あと1時間半は遊べるよ」
スマホの時計は午後3時30分。海に来て30分が経過したところ。
このままのんびりするのもいいけど……ずっと同じ景色を眺めるのは、正直ちょっと退屈。
ノートは置いてきちゃったし、記念写真を撮ろうにも、凪くんは写真NGだし。ボールとか水鉄砲とか、遊ぶ物を持ってくれば良かったな。
「1時間半か。それなら、今から探検に行かない?」
「探検? どこに?」
「防波堤」
おもむろに立ち上がると、砂浜に戻ってサンダルを履き始めた。
「前来た時にスケッチしたことがある場所でさ。個人的にオススメスポットなんだけど……どう? 行く?」
「行く!」
瞬時に返事をし、いそいそとリュックサックを背負う。推しのオススメと言われたら、行く以外の選択肢はないでしょう。
案内する彼の後を着いていくこと数分。消波ブロックに囲まれた防波堤が見えてきた。
形は先端が二手に分かれたT字型。手前側の先端には、赤い灯台がポツンと孤立するように立っている。
リュックサックを砂浜に置き、浅瀬に腰を下ろす。
「ひゃーっ、冷たーっ」
足を伸ばすと、下半身全体がひんやりした感覚に包まれた。
空から降り注ぐ真夏の暑さを和らげてくれる、冷たすぎずぬるすぎない絶妙な水温。最高に気持ちがいい。
「凪くんもおいでよ!」
首だけを後ろに向けて、波打ち際で突っ立っている彼に手招きした。が、先ほどと変わらず、表情に活気がない。
目を凝らすと、ちょっぴり強張っているようにも見える。
……まだ気にしているみたい。凪くんのことだから、間接的に関わっただけでも責任を感じたのかな。
「本当にもう大丈夫だから。遊ぶ時間なくなっちゃうよ?」
「……そうだね。ごめん」
ようやく口を開いたかと思えば。出てきたのは謝罪の言葉。
真面目で優しい性格は素敵だけど、度が過ぎると少し厄介だな……。
呼び寄せると恐る恐る海に入り、1人分の距離を空けて隣に座ってきた。
「凪くんって水泳部だったよね? 何泳ぎが得意なの?」
「クロール。その次はバタフライ」
「バタフライって1番難しそうなやつだっけ。どうやって泳ぐの?」
「んー、まずは潜る練習からかな。その次にキックで……形はこんな感じ」
足を揃えて波を蹴る凪くん。ドルフィンキックというらしい。
「あの……今ここで教えてもらえることって、できる?」
水しぶきが収まり、伏せられていた目が丸く開かれた。
水泳教室に通った経験はないが、幼い頃から運動を卒なくこなせていたため、学校の授業で平泳ぎまでは習得済み。全部マスターするのは難しくても、キックまでならいけるかもと思ったのだ。
「俺が先生役やるの?」
「うん! ダメ、かな?」
顔を覗き込むと、気まずそうに視線を逸らされた。
都合の悪さが全面に表れているこの顔──連絡先の交換を渋っていた時と少し似ている。
今まで無茶なお願いを聞いてくれた凪くんだけど、指導は荷が重かったかな……。
「ごめん。嫌ならいいから……」
「いや、全然。むしろ教えてあげたいくらい。……実は、昔クラゲに刺されたことがあって。海で泳ぐのがちょっと怖いんだ」
また言い訳が始まるのだろうかと構えていたが、返ってきたのは真面目な答えだった。
そういえば……出会った日、何かに刺されてないかって聞かれたような。あれ、クラゲのことだったんだ。
「だから、顔強張ってたの?」
「まぁ……うん。変なやつが浮いてないか確認してた。昨日、クラゲのニュース見てさ。ビビっちゃって」
恐る恐る海に入った理由が判明した。
凪くんも観たんだ。砂浜に打ち上げられたクラゲに刺されて、何人もの人が病院に緊急搬送されたってニュース。
現場は違うけど、毎日海に来ているし。警戒したのかもしれない。
だとしたら……あの時、恐怖と闘いながら止めに来てた……?
「申し訳ないけど、今日は浅瀬で水浴びでいい? 明日埋め合わせするから」
「うん! ありがとう」
感謝と喜びを噛みしめつつ、無鉄砲な行動をした過去の自分を深く反省した。
◇
ひとしきり海水に浸かって涼んだ後、水分補給をしに砂浜に戻った。
水筒の水をのどに流し込み、最後に塩アメを1つ。熱中症予防は水分だけじゃなく、塩分の摂取も大切だからね。
「凪くんは何も飲まなくていいの?」
「大丈夫。家出る前に味噌汁3杯飲んできたから。それより、今日のネタは見つかった?」
浅瀬でくつろぐ彼に尋ねたら、昨日とほぼ同じセリフで返された。
出た、味噌汁信者。体にいいのは分かるけど……本当に平気なのかな。今日は室内じゃなくて外だから、のどは確実に渇いているはずなのに。
……まさか、海の水で潤せばいいって考えてる?
「うん。今着てる水着と花飾りと、今朝おじいちゃんと従兄と一緒に作った精霊馬を描こうと思ってる」
いや、さすがにそれはないか。成績、中の上だもん。飲んじゃいけないことくらい知ってるはずだ。
「そっか。なら良かった。まだ時間は大丈夫?」
「うん。あと1時間半は遊べるよ」
スマホの時計は午後3時30分。海に来て30分が経過したところ。
このままのんびりするのもいいけど……ずっと同じ景色を眺めるのは、正直ちょっと退屈。
ノートは置いてきちゃったし、記念写真を撮ろうにも、凪くんは写真NGだし。ボールとか水鉄砲とか、遊ぶ物を持ってくれば良かったな。
「1時間半か。それなら、今から探検に行かない?」
「探検? どこに?」
「防波堤」
おもむろに立ち上がると、砂浜に戻ってサンダルを履き始めた。
「前来た時にスケッチしたことがある場所でさ。個人的にオススメスポットなんだけど……どう? 行く?」
「行く!」
瞬時に返事をし、いそいそとリュックサックを背負う。推しのオススメと言われたら、行く以外の選択肢はないでしょう。
案内する彼の後を着いていくこと数分。消波ブロックに囲まれた防波堤が見えてきた。
形は先端が二手に分かれたT字型。手前側の先端には、赤い灯台がポツンと孤立するように立っている。