原因探しをする智だけど、私は真っ先に心情を考えてしまった。

 怖かっただろうなぁ。私だったら死を覚悟して遺書を書くと思う。

 でも、ひいおじいちゃんは最後まで諦めなかった。だって、もし諦めてたら陸に墜ちていたかもしれない。

 人々を巻き込まないように、迫りくる恐怖と闘いながらハンドルを操縦したのかなと思うと……。

「一花、大丈夫?」
「……うんっ。早く作っちゃおう。今日中に帰ってこれなくなっちゃう」

 指で涙を拭い、止めていた手を動かして作業に戻った。

 終戦後の話によると、病室で包帯を換えてもらっている最中に上官が訪れて、同期数人が亡くなったと知らされたのだそうだ。

「……一花は、いきなり友達が数人亡くなったって聞かされたら、どんな反応する?」
「んー……まず疑うかな。嘘でしょって」
「俺も。葬式で亡骸を見るまでは信じられないかも」

 作り上げた不格好な原付2台を仏壇の下のテーブルに飾る。

『一緒に戦おうと約束したのに破ってしまった』

 戦友を失った悲しみから自責の念に駆られ、食事ものどを通らなくなり、退院後も毎週のように通院するばかり。

 未来に希望を見出せなくなり、人生を投げ出すことまで考えたらしい。

 だけど、後輩、上官、亡き戦友の家族、妻である曾祖母から叱咤激励を受け、彼らの分まで生きることを決意した、と。

 お鈴を鳴らして手を合わせる。

 最後まで諦めず、生きることを選んでくれてありがとう。そして、命を繋いでくれてありがとう。

 沢山ごちそう作って待ってるから、安全運転で帰ってきてね。

 心の中で感謝を述べ、写真立ての中の曾祖父に微笑みかけた。

「ふあぁぁぁ〜っ」

 その直後、場の空気にそぐわない声が後ろで響いた。

「叔父さん! おはようございます!」
「おお〜っ、智くん。おはよぉ〜」

 布団の上であくびをする父に冷めた目を向ける。

 仲間のため、家族のため、懸命に生きた祖父の昔話が繰り広げられていたとはつゆ知らず、隣の部屋でぐーすかぐーすか。

 お盆初日から二日酔いで寝坊した孫の姿を、曾祖父は今、どんな顔で、どんな気持ちで見ているのだろうか。

「んんっ? なんか美味そうな物飾ってんな〜」
「ダメだよ食べちゃ! ひいおじいちゃんが帰ってこれなくなっちゃう!」

 うわぁ最低。悲しむどころかドン引きしたよね。それか呆れたかな。同じ子孫として恥ずかしい。帰ってきたら爪の垢をもらって煎じて飲ませてやりたいよ。

 だらしない姿で再びあくびをした父に、「お盆が終わるまでは指一本たりとも触るな」と厳しく釘を刺したのだった。





 昼食を挟み、化学のプリントに取り組むこと数時間。

 ピピッ、ピピッ。

 第2章の最後の問題を解き終えたのとほぼ同時にスマホのアラームが鳴った。宿題と筆記具を片づけて、海水浴に行く準備に取りかかる。

 まずは荷物部屋に移動し、昨夜洗濯しておいた水着とパーカーを持ってトイレに駆け込んだ。

 着替えた後は忍び足で洗面所に向かい、髪の毛をみつあみに。荷物部屋に戻り、リュックサックと帽子を持って玄関へ。

「あ、一花」

 スニーカーを履いていると、背後で若々しい声が響いた。

「また今日もネタ探し?」
「う、うん」

 なんで最後の最後で智が出てくるんだよ。外出するのは毎日のことなんだからいちいち声かけんなぁぁ。

 笑顔の裏で叫びつつ、そそくさと立ち上がって引き戸に手を伸ばす。

「ふーん、にしては随分オシャレだな。いつもは部屋着なのに」

 鋭く棘のある返答が飛んできた。恐る恐る振り向くと、足先から頭まで全身舐め回すように見ている。

 こいつの言う通り、初日と昨日を除いた3日間は部屋着で出かけていた。

 だけど今は、紺色のパーカーにワンピースタイプの赤い水着。おまけに麦わら帽子には、水着の色とお揃いの花飾り付き。

『前髪切った』『リップの色変えた』などの微々たる変化に鈍い人間でも、これほど系統が違えばさすがに気づくだろう。

 帽子の中で冷や汗が伝っているが、突っ込まれることは予想済み。事前に考えておいた台詞を返す。

「昨日、新しいの買ったから、着たくって」
「あー、そういえば何か買ってたな。でも、体型気にしてるわりには露出高くね?」

 上手くいったと思いきや、追及されてしまい、またも引き戸を開ける手が止まった。

 この野郎……っ、どうして今日に限って……っ!
 そんなにスカート穿いてるのが珍しい⁉ 私が悩んでること知ってるならまじまじ見るなよ!

「いいでしょ別にっ。智みたいにいじる人いないんだから。じゃあね」